日々のこと
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お守り、回収の巻
きょうは、実にマヌケな一幕がありました。
喘息の定期検診で病院に行ったのですけれど、病院の入り口でちょっとした
イベントをやっていて募金の人が立っていたのでした。
朝、ぼーっとしていて時間がなくなるパターンで、もう予約の時間だったので、
大急ぎで前を通ったら、「ヒロシマ、ナガサキ」というフレーズが耳に入ってきて、
それは大事!と引き換えし、お財布の中にあるコインを全部、募金箱に入れました。
「ワー、うれしい」
いやいや、コインだけですから。
で、上に上がって、ハッと気づきました。
「しまった! お守りまで入れちゃった!」
受付だけ済ませて、相当迷いました。
動物園の檻の中のクマのように、行ったり来たり……。
お守りの効用はキレたってことで、いいかなー?
いや、募金の人も驚くし、絶対私のだってわかっちゃうし!
(個人は特定できなくても、「ああ、あの有り金入れた!」みたいになっちゃうでしょ?)
恥を忍んで、回収にいきました。
「お守りも入れちゃって」
「あら、お守りも!」
当然、注目を集めます。
「どうしたの?」
「この方、お財布の中身を全部いれてくださったんだけど、お守りまで入れちゃったんですって」
「あらあら、ぜんぶ!」
「そうぜんぶ!」
やーん、もうやめてー!!! 1,000円も入ってないから!!!
箱をあけていただいて、中から無事に取り戻しました。
ふふふ、なんのお守りか気になるでしょ? ふ・ふ・ふ。
ふふふ、もちろん、内緒ですよ。ふ・ふ・ふ。
みなさまも、急いでいる時の募金にはお気を付けあそばせ。
そういえば、前にもそれが欲しくてわざわざ映画の前売り券を買って手に入れた
幸福のコイン、50円とまちがって使っちゃたんでした。
いつのまにかなくなっていて、知らないうちに贋金使いになっていたという!
まあ、無事に回収したので、めでたしめでたしでございます。
魅惑のコスチューム バレエ・リュス展
やっぱり気になったので、再び乃木坂を目指しました。
『魅惑のコスチューム バレエ・リュス』展。
1909年にデビュー、そして、一世を風靡したバレエ・リュス。
バレエ・リュス、私は、ニジンスキーだった気がします。入口は。
もっともバレエ少女ではなく、演劇少女だったので、市村正親さんの芝居から入っています(一日も早い回復を!)。
首藤康之さんがバレエ担当で出演なさっていました(バレエ通の友人に「いいもの見たね」とホメられました)。
一本の芝居がフックになって、バレエ・リュスは気になるキーワードとなりました。
過去にも関連の美術展を見た記憶があります(というか、ポストカードがうちにあります)。
要は、20世紀のロシアのバレエ団の衣装の展示なのですが。
ものすごく、ドラマチック。そして、カラフル、ダイナミック。
私は踊れないのでわからないのですが、結構重そうに見えますね。
イヤホンガイドを聞けば、その辺わかったかなー???
まあ、すてき!なものは、全部チラシに載っていて、今回の美術展の企画者さんとは気が合うなーと
ホクホクしました(よくわからない感想?)。
フリフリの「キアリーナ」の衣装とか、素朴に来てみたいですよ。いや、似合うルックスに生まれたらですよ?
「眠り姫」の衣装もあって、そうだよ、眠り姫だよ!と思いました。
マレフィセントのオーロラ姫は、なぜ眠らないのだ?(まだひっかかっているらしい)。
眠れる森の美女、眠り姫、いばら姫。
子供のころは、なぜいろいろな呼び方があるのかわかりませんでした。
いばら姫が強く残ったのは、バーン=ジョーンズの絵のせいですね。きっと。
つむで刺されることが、すなわち破瓜を表すとか、諸説ありますよね。
だいたい、100年後の王子と巡り合って、目覚めて果たしてうまくいくかどうか。
その前に、そもそも、100年眠れないですね。
そこも、おとぎ話だったりするわけで。
久しぶりにクラッシックバレエを見たくなりました。
しかし、やはりこちらは1人で行ってよかったです。
むりやり友人を誘っていたら、温度差があり過ぎてダメだったと予測します。
バレエや服飾、20世紀初頭のアートが好きな人、ピカソやマティスファンくらい???
お客様の中にも、何人もピッとキレイに髪をまとめている方々がいらして、眼福な企画展でした。
余談ですが、バレエとフラメンコの客層って、違うんですよ。
フラメンコの客層って、とにかく強いんですよ! バレエは、客席もしなやかですねー。
で、ピッとしているのです。
私ひとりが調和を乱している気がしますが。まあ、いいや。それは、考えないでおきましょう。
説話社さんの本
説話社さんの本を2冊買いました。
一冊は、あとがきを読んで、「おおお、彼女が作ったのか!」で。
もう一冊は、あまりのマニアックぶりに驚いて。
前者は、「鏡リュウジの占い大事典」。よくもまあ、こんなに詰め込みましたでございます。
お疲れ様でございます。
後者は、「スペルズ 世界のおまじない事典」。こちらは、専門書価格ですね。
スペルズ、楽しいんですよ。世界のおまじない、わんさかなんですよ。
書店で見て欲しくて。でも、高くて、ちょっとためらって、やっと買いました。
占いつながりで。
最近買ったもの。
星座のメモ帳に、星座の切手です。
誰か賢い人がいたのでしょう。星座シリーズ、今回から仕切り直しで、
蟹座3枚、獅子座3枚、乙女座3枚におまけ1枚という大変
実用的な組み合わせとなっております。
こちらは、うっとりのいただきもの。
ホロスコープティーです。
宝石みたいな輝きですよね。素敵です。
「お誕生会に使ってください」っていただいたのですけれど、んー、
人数的に回らないかも~。
最近、新しい占いを考える会なるものが結成されたので、
そこに持って行きますかねー? 参加者は見事生まれ星座が
バラバラなのでちょうどいいかも。
占い好きな乙女心をくすぐるシリーズでございます。
え、乙女じゃないだろうって? ま、よいではないか。
加速する日常
見えないターボエンジン搭載とか、まあ、何かあるんだと思います。
睡眠時間は伸びましたが、何かと予定が入りやすく、「お休み」って感じになりません。
それとも、これが「お休み」なのでしょうか?
昨日、義実家に顔を出したら、お盆に来なかったことを責められました。
えっと、うち、新盆だったって忘れています???
言えばやりこめられたでしょうけれど、そこは、沈黙を選びまして。
ただ、耳を疑うようなことも言われました。
「だから、年寄り二人で暮らすなんて無理だと思わない?」
じゃあ、土地を離れるのですか?
まさか引っ越して来いとはいいませんよね?
義実家ドリームがありまして。
子供たちは、親の快適のために生きるものだという。
たとえば、旅行の帰りには、子供が駅に迎えに来て当然というのもあります。
同い年の義妹がいるのですが、もう嫁いで子供もいるのにですよ。
そこは、タクシーではダメなんですかね?
実際問題、舅と姑だけの暮らしは、危なっかしいことは確かなのですけれど、
同居なんてうまくいくわけがありません。
毎週のように、離れた場所に暮らす息子が顔を出して何かと気にかけてくれる
暮らし、季節ごとにどこかに連れ出してくれて、日ごろの疲れをいたわってくれる
暮らしを夢見ているようですが、それならば、まず、そういう風に育てなければ
いけなかったんじゃないかなー?と思います。
あなたたちの息子さん、相当な面倒くさがりで不出来なヨメがおしりたたかないと
実家に行こうとしませんよ?
不出来ヨメ、これでも必死で「ホラいくよ」と仕向けているんですよ?
やっと確保した「なにもない日曜日」を「ずっとやりたい家の掃除」を棚上げして
義実家孝行にあてる誠意を買って欲しいところですが、
まったく値段がつきません。むしろ、キズを責められます(涙)。
思えば、結婚したお祝いも何ももらってないんですけれど。
そりゃ、結婚式はやりたくなくてやらなかったけれど、それで出鼻をくじかれたのか、
一切、お祝いなしでしたねえ。
近所の中華屋で、ご飯奢ってもらったくらいでしょうか?
それだって、ちっちゃっかった姪に泣かれてだいなしでしたが。
親戚へのお披露目は会ったこともない親族の葬儀の席となるので、
結婚式はやったほうがいいですよ。
面倒くさくても、お金がかかっても、目立つのがキライでも。経験からそう思います。
喪服着て、挨拶まわりとかないから! 相当イヤですから。
若い時は思い至りませんでした。
時代が違えば、石女とか言われて離縁されるか、認めてもらえないか。
そういうレベルのことを平気でしていて、生活の便宜のために手元に置きたがるのです。
まあ、わかりやすいからいいんですけれどね。
義実家のドリームは、昔の日本のドリームかもしれません。
いまどきは、結婚しない人も多いし、40代後半になっても親がかりとか、ザラですし。
家族の在り方、雇用形態、社会の形が変わっていて、全体像がボヤけたまま、
目先の生活に背一杯で。
世界は世界で加速して、戦争とか、革命とか、キナくさい感じになっています。
ホントはひとつなぎなんですけれど、どうも遮断されていて、意図的に報道されないとか、
知らなくていいことは知らせないとか、知らないことを知らないでいると情弱とか、なんだか
もう生き辛いったらありません。
やれることをやればいいんじゃないですかね?
とりあえず、7月は義実家に顔を出したってことで、自分的には合格です。
それ以上言われても、キャパオーバーだし、仮に義実家ドリームをかなえたところで、
不平不満が今以上に爆発することは火を見るよりも明らかです。
舅や姑を見ていると、自分の住む場所が世界の中心みたいな意識があることがわかります。
それは、ハタ迷惑な発想ではあるのですが、個人を確立するのには、これ以上の安定は
ありません。
自分のいる場所が世界の中心。
多くの現代人が心からそう感じることが出来たら、たくさんの不安が消えるのではないでしょうか?
同時に、他者との協調とか、融合が難しくなるという一面はあるのですけれど。
義実家は海と暮らしていて、そこに人生がありまして。
きっと、多くの物語はいらないんですよね。海と風とおてんとうさまと。
さて、私も私の人生の中心を自分のいる場所に戻しますか。月曜日です。
空白の時間
今年は、やらなければいけないことに追われていて、軸が自分にないのでした。
正月早々に父の死、そこから吹きだす家族のことがひとつあり、
通常よりも手のかかる児童書占い本のお仕事が続いて、本当に時間がありませんでした。
ふと気づいたら、もう7月も終わりで、恐ろしい気がします。
この7ヶ月、私はどうやって生きてきたのでしょう? 記憶がハッキリしません。
後半戦という自覚もなく、もう折り返しを過ぎています。
ここ何年も書かせていただいたBLENDAの休刊もネットで知る時代、
忙しさにショックが紛れているだけで、あとから来たら怖い気がします。
いや、ショックをショックとして体感しないほうが怖いでしょうか?
季節をすっ飛ばしている気がするので、春から初夏の体験がほとんどなくて。
ああ、そういえば、華厳の滝を見に行ったのがひとつの区切りで、あれが5月、
アラスカ在住の友人が来るって言っていたな~で、そういえば、もう会ったんだっけ?みたいな
変なズレ方をしております。山梨に行ったこととか、全部夢の中の出来事のような気がします。
肉体は重く下降し、精神は、勝手に浮遊して戻ってこない感覚があります。
ようやく、空白の時間が巡ってきて、何をしたかと言えば、一日寝ました。
「スパに行きたいなー。一日岩盤浴で寝たいなー」と思いながら、とにかく寝ました。
きょうはどうしましょうか。ブログの書き溜めとかしたい反面、休みたい気持ちとせめぎ合っています。
ただ、休んだら、もう廃人になりそうで。
8月までのわずかな時間が、久しぶりの休息です。大事に使いたいと思います。


