日々のこと
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救急車に乗って
人生で2回目の救急車に乗りました。※3回目でした!
かかりつけの病院が満床で、転院することになって、
救急車搬送となりまして。
「えっと、歩けますし、自力で行けますよ?」
「何かあるといけないから」
結果、受け入れ先のドクターがサバけていて、
「これ、入院しなくていいっしょ」って言ってくださったので、
今日は帰って来られました。
明日、内視鏡検査をするのですが、うっかりすると、
入院コースもまだ消えてなく。
ただ、「いいっしょ」ドクターだから、大丈夫だといいなあ。
何があったかといえば、下血です。
ドバーッと血が出て、生理かと思いました。
下腹部の痛みも、似てますね。
ちょっと懐かしい。
今朝は、ドバーッはなかったので、母の見張り番に行き、
一応、水曜日の予約を取ったら、
「体が血が流れ続けているということ。すぐに来て」と言われましたぞ。
というわけで、下血は、病院へ。
結果、癌とか、ポリープではなさそう。
大腸憩室症という病気らしいです。
なんか友達のお父さんたちがかかっているのですが!!!
明日、内視鏡検査になったので、ガッツで頑張ります。
救急搬送された病院だから、うちから1時間くらいかかるよぉぉぉ。
遠いよぉぉ。でも、「1週間から10日の絶食で血が止まったら退院」を
思うと、「いいっしょ」ドクターとの出会いはありがたかったですね。
頑張って行ってきます。その前にウワサの下剤を大量に飲まないと。
猫たちがヤバいと思いましたが、反面「病院の管理下で10日間の絶食、痩せちゃう」と思いました。あはは。
心配が「パソコン、どうすっかな?」ですからね。なんか私、強いや。
ただ、体はズタボロ。これ、春の胃潰瘍の仲間ですよね。内蔵からストップがかかる。面白い(面白い話ではない)
みなさまも、ご自愛ください。
※救急車1回目は20代、友達と同居中に。2回目は30代、宝塚で。結構、病弱ですね。
ああ、土鍋!!!
昨日、久しぶりに日本橋にお客様がいらして、
ちょっとだけ土鍋を使ったんです。
第一陣がお帰りになった後に、
別の人が「いるなら、行きたい」とおっしゃるので、
「どうぞ」して。
また、抹茶占いとかして楽しかったのですが。
今朝起きて、うっかり、土鍋を洗い忘れたことに気づき、
「うー」ってうなりながら、日本橋に行きました。
土鍋、救出は大正解。数日経っていたら、完全に腐敗コースでしたよ。
昨日使った食器を片づけ、土鍋を洗ったら帰ろうと思ったのですが、
「ひつまぶし、行っとくか」という気になって、三越の地下の
イートインへ。
「銀座にもお店があります。美味しかったら、ぜひ」的なことを言われて、
「はーい」で食べたら、美味しかったです。
他のウナギ屋さんよりも、香ばしい気がします。
で、ひつまぶしよりも、普通に山椒で食べる方が美味しいかも。
まるや本店 | ”焼き“が違う。名古屋名物ひつまぶし (maruya-honten.com)
なんだかまた食べたくなる味でした。ごちそうさまでした。
猫ねこタイム
きょうは、一歩も外に出ないと決めて、
いえ、くーの散歩は別ですが、仕事をしています。
末っ子の大は、私の事を好きすぎるため、「どこにもいかないで」で
仕事しているデスクの上にやってきます。
「どこにも行かないから、安心して寝なさい」で、やっと寝ました。
この前の日帰り旅行が祟って、眠くて仕方がありません。
ダメージが抜けないのがトシかもしれませんね。
まあ、仕方ない。
週末に社交を入れてしまったので、がんばって働いています。
もう自由に動ける日にちが絶望的になくて。ぞっとします。
今日も友人に「いつがいい?」と聞かれたけれど、
全然日にちが出せません。
無理もない。
実母に1日、旦那を義実家派遣で2日、旦那の夜勤が週にマックス2日となったら、残りは2日ですよ。
しかも、来月のシフトは、来月にならないとわからないわけ。
頼むから、シフト出して! 旦那の職場のシフト担当の人の手の遅さに本当にイライタしています。
事前に休みを入れてしまえばいいのですけれどね。なかなかね。
うちの猫たちは、冷房がキライで、冷房入れて出かけても、その部屋には誰もいなかったりします。マメに室温調整しないといけないので、夏場はなかなかうちを空けにくい。ハッ、老母に同じ優しさを向けろよ、私!
ま、そんなもんですね。やれやれですね。
アート、神社と笙、占いと猫
ここ10年を振り返ったら、道なき道を歩いている気分でしたが、
ご縁を手繰り寄せて今に至っていることに気づきます。
庭園美術館でみた「鹿の窓」が忘れがたく、
ルイス・C・ティファニー美術館が出来ていると気づいて、出雲行きを決めて。
同年、三回出雲に行っているみたいで。美保、諏訪、東国三社巡りとかやっていて。
神社本庁に入ってみたいというミーハーな気持ちでプライベート雅楽講座を受けて、笙を習う流れになって。家の事情で離れているうちに、先生が亡くなってしまって。でも、まあ、易を習い始めて、そっちが大変だったから、戻れなかったというよりも、戻らなかったのですね。音楽の才能、ないしなー。
そうこうするうちに、スピリチュアルのドアを開けたら、その先に、つくだ煮みたいにスピな人がいて。
スピリチュアル、基本は、惑わされてる人が多くて。
選民意識を持っている人は、ダメだなって思います。
俺ってすごくね? 私、特別じゃない?みたいなやつ。一緒にいるだけで、こちらが苦しくなっていきます。
大きな神社、有名な神社は、土地の人たちのもので。
この東の果ての土地、日本に渡来したタイミングで、民族争いがあって、
それが神話化されているだけのことで。
そんなに頑張ってお参りしなくていいと気づいて。行かなくなりました。
ああ、色情にまみれた友人がツテを持っていて神官になり、私はなれそうになもないと気づいたのも、「なんだかなー」で離れるきっかけでしたね。きっと今頃は、「あのころ」みたいに昔話になっていると思いますが。
神社が好きすぎて、一時期ちょっとおかしかったですね。
入れ替わるように猫が来て。
媽祖様のお導きで、鍼に通い、仕事が増えて。
易も始めて、破門になって、今に至るわけですが。
母の認知症きっかけで、子供の頃の「おま、いいかげんにしろよ?」な怒りが湧き、制御して。
ざっくり言えば、家庭内暴力な父がいて、母は被害者ヅラしていたのですが、
後年、「いや、父を煽っていたのは、母だな」と気づいてしまって。
自分がヒロインになるために、彼女は、父の圧政を強調し、子供たちを味方につけて。
でも、同性だから、そういうカラクリ、気づいちゃうじゃないですか。
私は、実家に戻るだけで、「父が弟を殺してしまった」という悪夢を見るのですが、母は父と別れる気なんてさっぱりなかった。親である前に、女でしたね。
という心の闇が出てきて、今度は、ここ10年、20年の棚卸し。
なんでしょう、これ。私、死ぬの? そろそろ???
まあ、面白かったです。
心残りは、猫たちを見送れないこと。いなくなって寂しいは、私の役割にしたい。
あと、人生後半も、自分の物語を書きたいなと思います。
なんかそっちに流れが動いている気がしますけれどね。
スペイン、フランス、中国にも行ってみたいなあ。中国は茶で、チャンスがありそうなんだけど。
毎回思うのは、ハマると、パンッと扉があくことですね。
お茶も今年の立春からスタートの割には、「あれ?」なくらい材料が揃っていて。なかなかおもしろいです。ま、うっかり死んじゃっても、「章月さんだからねえ」で。猫たちを頼みます。それだけ!
ここ10年のこと
「最後に飛行機に乗ったのはいつなんだろう?」で頼れるmixiにアクセスしたら、「たぶん、同行者が行けなくなった出雲が最後」とわかってくる。
が、その最後に行った出雲の記録は、見当たらない。
あれは、いつのことなんだろう?
2010年、2011年は、神保町に部屋を持っていて。
たぶん、部屋をキープするだけで、経済的に精一杯だったはず。
その分、めちゃくちゃ美術展に行っていて。
2012年、出雲の岸田屋さんで私についたあだ名は、「すずかけ」さん。
これ、思い出せなくて。調べたら、すずかけとは、プラタナスのこと。
プラタナスの花言葉は、奇才、天才だそうだ。
知っていれば、ご機嫌だったのに。
京都吉田山のお茶会に初めて行ったのは、2013年。 その後、もう一回行っている。2015年くらいだと思う。
2013年、八芳園で手相占いをしてもらい、47、48歳で仕事運が大きく開ける的なことを言われたらしく、あれ、これ、当たっていない???
2016年から中華街の鍼に通っている。媽祖様とご縁ができたタイミングで、
ここで、仕事運は変わった。ハッキリと。
2015年にくーがうちにやってきて。
そっか、鍼よりもくーのほうが先でしたか。
くーが、カギ尻尾で、いろいろ引っかけてきてくれたのかもしれない。
1991年23歳 ルイス・C・ティファニー展「鹿の窓」
2006年38歳 初出雲(出雲大社&鹿の窓目当て)
2008年40歳 6月2日 初伊勢
2009年41歳 7月9日 笙を習い始める〜2016
2010年42歳 12月10日 神保町に部屋を借りる。
2012年44歳 5月31日 神保町撤退。
2014年46歳 グルと出会う〜2017
2015年47歳 9月29日くーがうちにやってくる。
2016年48歳 中華街の鍼、媽祖廟に通い出す。
2017年49歳 2月23日ジジ家族になる。7月易を学び始める〜2023
2018年50歳 12月映画100本チャレンジ開始
2019年51歳 10月29日チャム家族になる。
2022年54歳 夏至部屋借りる。8月9日大家族になる。
2024年56歳 三越前の部屋、更新する。
ふーむ。
鹿の窓、そんなに前かなー? わからんな。
1995年27歳、2001年33歳あたりは宝塚観てましたからね。うーむ。