小朝・秀太郎 落語、端唄でたどる広重 名所江戸百景

せっかく、三越劇場の近くに拠点があるのだから、気になるやつは行ってみようと思い、落語と端唄で辿る江戸百景、よさげ、みたいなノリで行ってみました。

幕が開くと、三人が三味線を持っていて、ずらっと鎮座。おお、かっこよ。
屏風が何双かならんでいて、下手に掛け軸っぽく、ずっとピンライトが当たっていましたが、席が遠すぎて、オペラを使ってもなんだかよくわかりません。
曲に合わせて、上手に広重の絵と字幕が映って、大変わかりやすいのです。

本日は、一階の後方席。
結構見やすいのですが、目の前に大柄な男性が来ると、視界が潰れますね。座席がフラットなのね。

窓口で、来月の雅楽の演奏会のチケットも「ご一緒にお持ちになりますか?」で発券されていたりして。ちょっと気恥ずかしい。いや、合理的で素晴らしい。

公演は大変面白かったのですが、客席が怖かったですねえ。
開幕前、真後ろのご婦人たちが「あの方は、怖い人」と言い出して、「怖い人」といういい方がすでに不穏ではないですか。どうやら共通のお知り合いの話で、そこから息をするように悪口へ。ひゃー。

右隣の方は、お連れ様が「パンフレットの文字が小さいわねえ」とおっしゃるのに対して、「若い人が作ったんでしょう」とバッサリ。いや、言い方!

やーん、もう帰っていい? この席、怖すぎる!
まあ、おっしゃる通りで、「客層考えて、12Qとか、14Qでも問題ないぜ」な感じですけれどね。ああ、Qは文字の大きさの単位です。

いや、おっしゃる通りなのですが、その切り捨て方が私のまわりにはいなくて。
でも、雰囲気はシャンとなさっていて、それがまた、恐ろしいわけ。

端唄は、粋ですねえ。短い上に字幕があるから、迷子にならずに済みます。いろいろ研究なさって、今の形なのでしょう。
江戸の人は物見遊山が好きだったとか、朝早くに起きて、お昼にはもう仕事が終わってゆったり暮らしていたとか、品川は月の名所、袖ケ浦まで見えたとか。広重の絵の中に、ずっと富士山があり、本当に今よりもずっとどこからも、見えていたのでしょうねえ。建物で隠すなんざ、本当にもったいないことでございます。

が、落語と組み合わせる意味があったのかどうか。
一席ありまして、それはそれでよいのですが、「江戸」みたいな共通点だけで、
せっかく、あちこち、旅をしていたのに、お茶屋さんの小部屋に入って終わりました。

小朝師匠も「普通なら盛り上げていただくところを、鳥の歌というしんとした歌で」みたいに、ちょっと小言が入っていて、端唄の構成としては悪くないけれど、確かにつなぎはよろしくないと思いました。もっとも、私も落語家さんとの掛け合いで江戸を旅する感じなのかな?というラフさで行ったのですから、落語がないと、世界をのぞくことすらできなかったわけですが。

なんというのでしょうねえ。「吉原に着きました」で、落語へ、「品川に参りましょう」ならば、ありかなあ?
実際には、高座のセッティングがあるから、難しいのでしょうが。

鳥の歌は、一幕の終わりでもいいかもしれませんね。と、余計なことを考えたりして。反戦の歌で、三味線をオリエンタルに弾かれて、大変な名曲だと思いますが、確かに落語の前にやると、場がしんとしちゃいますね。

休憩で、場に疲れて七階の文具博を見に行き、文具というよりも、スタンプ博だよねえと思いながら、一応トイレに行っておくかで、思いがけない人を見つけてお声がけをしてしまいました。

でも、先方も「え? どなた?」みたいな感じなわけ。無理もない。もう10年くらいご無沙汰しています。
もうこちらも、「田島先生の!」というのが精一杯で、自分の名前を名乗るのも忘れていました。田島先生の所属されていた雅楽の団体の方でした。

あとから、お名前を検索して思い出して。
ああ、そうそう、そうだった、なんでお名前失念しているのに、お声がけをしちゃったんだろう?で、地獄に仏だったからか!と思い至りました。
大変失礼しました。でも、お目にかかれて、嬉しかったです。

端唄は大変楽しかったです。覚えて、浅草行く時とかに口ずさめたら、幸せでしょうね。しかし、お姐様たちがちょっと恐ろしすぎるかも?
もうね、本当に品がよろしいの。でも、「怖い人」とか言い出すのよ。

「怖い人」って使います? 角川映画で聞くか聞かないか。
そういう感覚が日常の中にあるってこと。
これも文化ですよねえ。ぞっとしたけれど、ちょっとクセになる何かがありますね。仏もいらしてよかった!

いやいや、今月は本当にたいがいで。
端唄に落語、歌舞伎と、どこのお大尽でしょうか。そのうちに、話し方が変わってきちゃうかも?

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2026年2月19日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃