東京タロット美術館&三菱一号館美術館

26日に綱渡りだった仕事が一段落したので、
東京タロット美術館と三菱一号館美術館へ行ってきました。
ま、出先で「あれ、オーダーしたのと内容が違いませんか?」メールをいただいたのは想定外です。発注メールをちゃんと読んでいない私がいました。
ぎゃあああ! というわけで、昨日は「早く帰って書かなくちゃ」ももれなく
ついてきたのですが。まあ、よし。

昨日は、
1.東京タロット美術館
2.三菱一号館美術館「イスラエル博物館所蔵 印象派・光の系譜展」
3.シネスイッチ銀座「世界で一番美しい少年」という三本立て
プラス、浅草橋でチャームキャスティング占いのチャームを買う、
銀座でお年賀を買うというミッションつきでした。

話の順番が前後しますが、お年賀、もう地獄図ですね。
三越、松屋、和光、グランスタと行きましたが、力尽きそうでした。
GINZA6は、微妙に遠く感じるんですよね。実家系だから、
そんなに頑張らなくていいし。
高くて珍しいものよりも、ひよこが喜ばれる世界ですよ。
来年はさくっとオンラインで取り寄せようと思いました。
3軒分、プラス、お世話になった方用、何かあった用に買うだけで、
しかも、出来るだけコンパクトなサイズを選んだのに、
もう手がちぎれそうでした。疲れた、死んだ。

チャームキャスティングは、あとは、魚が欲しいかなー?
なんでメジャーなのは、フィッシュボーンなのかな?
状況の整理というのは、いまどきの解釈だろうしなー。
なぜ、チャームに入っているんだろう?
生命力、豊穣のシンボルってことか。

東京タロット美術館は、ニチユーさんの入場料つき販売会場という印象でした。
展示もあるけれど、ほんの一角。
あとはほぼ物販。
デットストックのカードも並ぶから効率よく探せるというのはありそう。
タロットや占い関係の本が少々、です。

お茶を出してくださるという話でしたけれど、席が座りにくくてねー。
他のお客様が忖度しながら座っているから、自分の場所を確保しにくい。
お友達と一緒に行ったら違うのでしょうけれど。で、面倒くさくなってきて、
「帰ります」しちゃった。
あと、土足厳禁です。
でも、入り口の目立つところに書いてないから、そのまま上がってお願いされちゃいました。大恐縮。でもなー、スリッパに履き替えて欲しいなら、スリッパを
玄関のたたきに置いておくべきですよ。私みたいな客いっぱいいると思うな。
お茶を飲まずに帰ったのは珍しいと思うけれど。
でも、10:00から一時間半枠で、10:40くらいに入って、外に出て11:10くらいで。30分はいたんだから、お茶を出すならさっさと出せと思うのですよ。
失礼だったかなーと微妙に反省しながら外に出て、でも、11:30までの枠で、あと20分程度しかないんだから、今更出されたって飲めないじゃんはありますよね。わかるよ、私が座らなかったからでしょう? でも、それは、ニワトリとタマゴの問題でさ、「お席はどちらにします?」と声をかけてくれたら席を取りやすい。他のお客様の動きも曖昧過ぎて、もらった紙をテーブルに広げて場所取りしているつもりの人がいたりしてねー。どこが空いているのかわかんないよ!
ぶーぶー。いや、いつもなら「どちらに座ればいいですか?」とか聞けるだろうけど、こっちももう出がらしなんでね。

席をある程度指定してくれないと座りにくい空間、満席にはしてないかもだけど、4人掛けの席をジャックしている人たちは大変満ち足りていているようにも見え、「いやー、この隙間に座っていいのかな? アクリル板ないのに、普通に隣の席じゃん???」がありつつ、冬だからコートを脱いだら持って歩くのかな?問題とかいろいろ出てくるじゃないですか。ぶーぶー。

まあ、いいや。
私のコンディションがダメだったから仕方ない。
無理して行かなきゃよかったなーと思いました。
なんか勝手に、もっとタロットの世界に感覚的に入れるのかなって思っていたので、ちょっと違った。

で、チャームを買って。パーツクラブさんと小さなパーツ屋さん。
二軒目は、経営が大変なんでしょうね。半分、韓国食品になっていて、
驚きました。近くに神社があったので、ご挨拶をして、お蕎麦屋さんでお昼を食べて、三菱一号美術館へ。

混んでいました。

印象派だしねー、年末だしねー、無理もないかも。
でも、予約制にしていて、この牛歩かと思ったら、いろいろイヤになってしまって、さくさく進んで、パッと出ました。

よかったのは、シネスイッチで映画を見る前の喫茶店です。
ほどよく空いていて、アイリッシュコーヒーがおいしくて幸せでした。
こういう空き時間にご飯を食べる、ゆっくりお茶を飲むをここ数ヶ月やってなくて。昨日のカフェタイムが一番幸せでした。

そして、やっと映画「世界で一番美しい少年」と相成るわけですが。
一晩寝てから反芻しても、やはり消化しきれません。
まぎれもない名作、その主演、神に天界に連れてこられたトロイアの王子のように。
でも、神は、自分の作品つくりが終わったら、彼を放り出した。
狂乱の世界の中へ。

今、66歳だというビョルン・アンドレセンの中に、
孤独と絶望と期待と愛情、そして、それを覆い尽くすような虚無が混在していて神話の中の人物と出会ったら、きっとこんな感じなのだろうと思わせる亜空間があって。

みんな、恋をしていたのでしょう。当時の人々は。
そして、美のコンテンツとして消費され、貪り尽くされて、
生身の自分が残って。

同じようなことは、きっと未だに起こっていて。
でも、レベルが違う。
今、「ベニスに死す」が世界を制したら、彼はうまく乗り切れたでしょうか?
ファッション業界、ステージ、音楽、そうね、ありとあらゆる可能性が用意されて、でも、本質的にはたいして変わらないのかも。

日本のカルチャーが、小説、漫画が、ビスコンティ監督の美意識からインスパイアされて、発展していく。彼は神話の中に連れていかれて、銀幕の中では年を取らない永遠の美少年で、アイコンで。イメージだけ剥ぎ取られて、本人はリアルに取り残されていく。

それでも、頼れる人との出会いはあり、信頼に足る相手もゼロではなかったに違いなく、私が体験することない栄光と賞賛と狂乱の中で幸せもあり、絶望もあり、本当に生きる神話のような人で。

50年前、サマー・オブ・ソウルの時代と思えば、まあ、いろいろ説明もつくようなつかないような。生きるって、残酷で不思議。
幸せは、自分が持たないもので出来ているのかもね。

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2021年12月28日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃