なぜ、いま、魔女なのか。

これをずっと考えています。

魔女の秘密展が、今週末からスタートし、初日にのぞきに行くつもりなのですが、
それに先立ち、鏡リュウジ先生の書籍発売記念のセミナー、そして、
西村佑子先生との対談を聞きにいったわけですが。

ずっと考えているのは、なぜ今なのだろうかってこと。

西村先生のお話の中に「ドイツとスペインの魔女迫害が激しかった」とあり、
スペインにひっかかって、会場でお目にかかった桜井在真先生に
「スペイン、わかります?」ってうかがったところ、異端審問のことだろうと
教えていただきました。
イギリスでの魔女迫害の様子もよくわからなくて、「?」になっていたら、
「『イギリス魔法衰退史』を読むといいかも」とさらに情報をいただきました。
毎回思うのですが、本当になんでもご存知ですよ。桜井先生は。

で、さっそく図書館で借りてきまして。
民俗学の棚にアタリをつけていったら、見当たらなくて、検索かけたら
イギリス史の棚でした。この住み分けって、どうなっているのかなあ?
おっと、また好奇心が横道にズレそうです。修正、修正。

で、読み始めているのですが……。
19日までに読み終わるかなあ??? 頑張ります。

冒頭の問いは、ずっと考えています。
今って、めっちゃヒーラーさんが多いんですよね。
そして、占い師になりたい人もいっぱいで。
魔女と占い師とか、ヒーラーは、また別ジャンルになってくる気もしますが、
もしも、魔女迫害の時代に生まれていて、今の仕事をしていたら、
おそらく私も裁判に呼ばれた気がするので、あえてごっちゃで書きますと。

時代が立ち戻っているのでしょうねえ。
過去から学べ、と。

魔女の秘密展を見て自分がどう変化するか、非常に楽しみなのです。
同時に、怖さに身がすくんでいるんですが、ここは、立ち向かわなくてはいけないと思っています。

で、占い師になりたいみなさまにぼんやり思うことは、
私ですら、20年以上、この仕事をしているので、なりたければなれると思うのです。
でも、運の流れを見る目、生かす力は、やっぱり必要なのでしょう。
それは、非常にデリケートなもので、現実の世界から離れてはいけないし、同時に、
縛られ過ぎてもいけなくて。
その辺のバランスとか、占いでわかったことを生かす知恵やアイデアこそが、
占い師の腕であり、価値であり、存在理由な気がするのです。

20年以上、占いと向き合って、ずっと幸運とは何かと考えているため、
不幸に対しても、どこか前向きな部分が私にはあります。ある種の達観と共感、共鳴。
そのあたりがおそらく、私の存在理由なのだと感じています。

木曜会でやっていることは、一緒に考えてみましょうかってこと。
私が占いから出た視点をお話しするので、みなさまの経験とか価値観とミックスさせて、
今を乗り切る方法を模索してみましょうかってことなのです。
1対1の対面ではないため、他の価値観も入ったりします。
そういうことの積み重ね、試しにやってみましょうかと。

なぜ、いま、魔女なのか。
そして、なぜ、今また、この国がぼんやりとスピリチュアルな方向へ流れているのか、
そのあたりが興味深いのです。
なんでしょうねえ。何か目覚めみたいなことが起こるのかなあ?
きっとそれは、夢見る人たちが望んでいるほど劇的なことではなく、日常の延長にあって、
ある種の納得、腑に落ちる感覚として現れる気がするのですが。

その立場によって、現れ方はさまざまですが、きっとみんな同じ夢を見ているのだと思います。
深いところで意識はつながっていて、本当は優越なんてないのでしょう。
誰かが退屈して、差をつけよう、誰かが思い上がって、自分は上、そんな風に言いだしたから、
世界はややこしく見えるだけで。

きれいな景色、清らかな流れと同じもので自分を作っていきたいです。
既成概念に捉われ、つらいなら、そんなもの、ぶっ壊してしまえ!と思います。
ぼんやりと、回帰の方向へ。ぼんやりと融合の方向へ、向かっている気がするのです。

うーん、我ながら、観念的な日記ですね。ま、たまには、よろしいでしょう。

 

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