カワイイじゃないアイデンティティ

最近、黒猫さんに変化があります。
猫ですから、もう何をしていてもかわいいので、
当方、「かわいい」が口癖になってしまっているのですが、
「僕はかわいいじゃないぞ」と思っているフシがあります。
「僕はカッコイイでいきたい」的な。

カッコイイねえ、素敵だねえ、クールだねえ。
大人だねえと相変わらず、本気で猫と対峙しているわけですが。

こういうアイデンティティは、どこから出てくるのでしょうね。
あと、猫飼いの方のエッセイなどに出てきますが、猫は大変わかりやすく、
気持ちを伝えてきます。
旦那がふざけて「しっぽが落ちていた」って触ったら、
「やっちゃダメってわかっているよね?」的な非難の目で見つめていました。

この絶妙な目の色、非難の声、キャッチする側が合わせているのか、
猫が学んで合わせているのか……、はてさて、どちらなのでしょう?

駆け引きもしますし、演技もします。

うちの黒猫さんは、毎晩「パトロールに行かせろ」と騒ぐのですが、
もしかしたら、単に外の空気が吸いたい、雑草を味見したいというよりも、
我が家を外敵から守るために頑張ってくれているのかもしれません。

黒猫さんを抱いて、マンションの共有部分から外を眺めるとき、
幸せだなあと感じます。グルさまのお尻をトントンしているときも、
幸せだなあと感じます。wi-fiで家のどこにいても通信が出来るのも、
幸せだなと感じます。最近、幸せがいっぱいです。

余談ですが、うちの黒猫さんは、カッコイイ路線に向かうと、
任侠っぽくなります。
別名「若頭」。眼光鋭く、やるときはやる面構えです。

 

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