10年超しの……

憧れて、憧れて、10年経ち、やっとうかがえました。
代々木上原、カエサリオン。
カウンターだけのバーです。

一杯目は、無難にジン・トニックを。二杯目に、本命の「上海」。

憧れて、憧れて。
10年目の「上海」です。

きっかけは、『マイ スタンダード カクテル』という本でした。三人のバーテンダーのレシピを集めた一冊でした。その中で、田中利明さんのコメントは、異彩を放っていました。

少し、抜粋しましょうか。
「マラスキーノという酒に男性は、ちょっと口紅のような化粧品臭を感じる。マティーニにチェリー・ブランデーが入ったようなキッス・イン・ザ・ダークというカクテルがあるが、暗い中で飲んでみると少しそれが感じられ、きかせすぎるとべっとりとして、口紅をつけたウイスキー好きの女性とのキスを思い出せる」

どうですか、この隠しきれない遊び人くささ(笑)。
私がカクテルが好きなのは、そこに物語があるからです。

でも、さすがに口紅を感じるカクテルには、そそられず……。
憧れは、上海になりました。

「ダーク・ラムのダイキリにアニゼットが入る感じで、少し混沌とした雰囲気を持つカクテル。アジア地域の雰囲気には、ラムやブランデーのイメージがある。ダーク・ラムは、使いやすいマイヤーズを使っている。アニゼットの量はこれがギリギリだろう。日本人はこれぐらいでも充分感じ取れる」

今、読み返すと、「どうして、これだけで、憧れカクテルになったの?」ですが(笑)。

マラスキーノのくだりで、「こんなに手強いバーには、とても行けない」となぜか思い込み、代わりに、あちこちでオーダーしました。しかし、上海を作れるバーは、あまりありません。アニゼットが非常にマイナーで、すぐに劣化するため、なかなか置いてないのです。生意気な客、無理を言う女として、あからさまにイヤな顔をするお店も多かったです。アニゼットの代用品で、代わりに作ってくれるバーもありましたが、あちこち試して、一軒あったか、なかったか。上海は、半ば、忘れさられたカクテルなのです。古い、古い、古いレシピ。

カエサリオンのことは、すっかり忘れていたのですが、あるとき、ふと思い出しました。
五反田のレストラン併設のバーで、バーテンダーさんとお話ししていたら、昔の私は、相当マニアックにカクテル本を読んでいたことがわかったのです。

「昔、お酒5本でカクテルを作る本があって、私はこの本はすごいと思っていたんですが、ほぼ自費出版みたいな感じだったんですよね。そしたら、すぐに大手がパクッたんですよ」
「え、どうして、その話、ご存じなんですか?」
「だって、本、持っているから」
「ふつうは、知らない話ですよ」

自覚しているより、かなりマニアックにカクテル本を集めていたことに気づきました。

で、そんな流れから、「そういえば、憧れていたバーがあったなー」と思い出しまして……。
でも、そのときは、タイトルが出てこなくて……。

そこから、また、半年くらい経って、やっとの訪問になりました。
静かに浸りたいし、逆に、少しお話もしたかったのですが……、連れが恋の話を始めたので、それが酒のつまみになりました。

アニゼットの足が早いのを知っているため、三杯、四杯目は、アニゼットで、リクエストしました。
クイーンエリザベス、あと、名前を聞いたけど、忘れてしまったアニゼットいっぱいのカクテル。
10年間、憧れ続けたバーテンダーの田中さんが、「アニゼットがお好きなのですか?」と言います。違います。私は、アニゼットの足が早いことを知っているだけです。

昔の本の話から始め……これは連れのはからいで。4杯もカクテルを飲み、ろくに話もしないで、帰っていく。なんだか、ハードボイルドの主人公みたい。でも、これで、いいのです。十分です。
いろいろうかがいたいことはあるのですが、片思いが長すぎて、どこから切り出したら、よいのやら。

恋を語り続ける友人がよい隠れ蓑、私は静かに、盃を重ねるだけ。
こんな夜、なかなかないです。

やっと、『マイ スタンダード カクテル』の上海を飲めました!

マイ スタンダード カクテル 五本でできるカクテル講座
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