日々のこと

章月綾乃の日々のこと。

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真人間計画。

真人間になりたいと願うようになりました。

一昨日、チャイを導入したことで、「アル中じゃないの?」くらい飲み続けていたお酒を「あ、きょう、いらないや」って思えるようになったのです。
飲まないようにしようとかではなく、「いらない」。

え? それが普通ですって? そうなのです。
ダメ人間のカホリがするでしょ?
目指すところは、真人間なので。真人間は、ゴールです。

私が考える真人間。
1.働く
2.自炊して、栄養バランスのいい食生活を送る
3.運動する
4.モーニングページをやって、創造的に生きる
5.笙を吹く

昨日は、朝からジジに膝の上をジャックされ、そのまま、ジジは爆睡、つられて、私も寝るという流れになり、だいぶ予定が狂ってしまったのですが、午後になり、仕事を仕上げて、銀行の通帳記載がてら、テクテク歩くことにしました。が、落とし穴があって、銀行は撤退してましたとさ。むー!!!

それでも、1万歩歩けたので、よしとしましょうか。

きょうは、黒猫セレナーデで起こされまして。
朝5時半ですよ。なんなんだ、一体?
猫ごはんを用意して、神棚とグルさまをやって……となると、あっというまに、7時になりました。

あると、なにかと便利とわかったので、朝から鮭を焼きました。昨日から作っているインドカレーは、どうもスパイスの調合がダメみたいで、あとでルーを買ってこようと思います。ちょっとした敗北です。
まあ、どうせ銀行行かないといけないし。電車乗っていかないといけないんだけど。

御飯は、昨日の朝に炊いた一合をチマチマエンドレスで食べています。
インド風カレーにするために、トマト缶も開けたので、ちょこっともらってトマトスープを作り、それをアレンジして、残り御飯で雑炊にしました。
これは、美味しかったのですが、今朝、校正をやっていたら、ついうっかり火を入れ過ぎて、土鍋を焦がしました。大丈夫かな? 土鍋。

チャイは、「山椒を入れたらどうだろう?」と思い付き、検索かけたら、そんなことは、世の中の人はみんな、やってました。チャイ飲むと、眠りが深い気がしますね。紅茶はカフェインなのに、牛乳がよいのでしょうか?

チャイは、こんな風に作っています。
1.少な目の水で、潰したカルダモン、シナモン、クローブ、ブラックペッパー、スライスジンジャー(凍らせてます)を煮ます。
2.スパイスを入れた水に色がついたら、紅茶を投入。濃く煮出します。
3.適当に牛乳を入れ、朝だけは、砂糖OKにして、濾して出来上がり。

スパイシーなやつを飲みたいので、少しずつ、研究してみるつもりです。
八角とか入れたほうがいいのかなー??? 悩ましいけど。

一日分、先にスパイスだけ煮てしまったらどうだろう?と思ってやってみましたが、これはダメみたい。味が薄く感じるし、ちょっとつまんない。多分、あのチマチマ煮るのが、ちょっとしたトランス状態、ストレス解消になっているのでしょうね。味付き高級氷砂糖も流行っているようですが、手作りすればよし!でございます。

ジジは、きょうも朝から乗ってきて、胸の上に寝るという荒業に出たわけですが、
角度なのか、態度なのか気に食わなかったらしく、すねてこたつの中に入っていきました。ジジを乗せながら、モーニングページ、読書をすればいいと気づいたので、いろいろいい感じです。

あとは、笙ですねえ。どこで復活させるか。もうちょいかなー。
今月はまだ、中華街行ってないので、これも、どこに入れるか考えてみまーす。

 

 

有言実行

昨日は、伊勢丹へ行き、ホールのカルダモン、買いました。そこから、先生のお宅まで、トコトコ歩きました。

おにぎりは、神田川沿いで、むしゃむしゃ食べました。

勢いがあるため、駅の反対側のスーパーが夜遅くまでやっていると気づきました。20年近く住んでいて、初めて行きました。

帰宅して、チャイを作りました。微妙に薄かったです。

今朝は、朝からチャイ再挑戦! スパイスを煮出す水を控えめにし、かなりいい線いきました。「ハルとアオのお弁当箱」の鮭と大葉の混ぜご飯、「きのう、何を食べた?」の白だしの卵焼きで、朝ごはんなぞ。

白だし玉子焼は、やばいですね。おいしい! 鮭と大葉の混ぜごはんは、塩を少々、あと、金ごまを散らすと完成度が高まります。

仕事をしようとお茶を淹れ直したら、猫たちが仮眠から覚め、お昼のお世話を。黒猫さんは、おやつをたしなみ、ジジは、ちょっと私の上に乗るのですが、うっかり毛布の下に入る?と聞いたら、断るかと思ったのに素直に入り、寝ました! まさかの爆睡です。

朝からチャイ二杯、緑茶二杯で完全覚醒したはずの私も、いま眠くて、眠くて、眠くて。寝ます。抗えそうにあらませんっ。

 

飛躍のための下降。

あらー、どうしてこんな簡単なことがわからなかったのでしょうか?
ある意味、まだ、若く、伸びしろがあるということでしょうか。
達観には、まだ遠いですよ。私。

昨日は、十三夜。
顔を出したいイベントはあったのですが、イージーに外へ向けず、力を溜めたほうがいい気がして、家にいました。

そして、気づいたのですが、「ああ、追われていないから、落ち着かないのだ」と。
これ、大変な矛盾なんですね。
だって、ずっと「追われない毎日」に憧れていたから。

いざ、夢がかなったら、途端に不安になるってなんでしょうね?
バカなの? アホなの?

まー、いろいろなものの助けを借りました。
底上げになったのは、よしながふみさんの『昨日何を食べた』ですね。全13巻、大人買いしました。名作に癒されました。人恋しさは、これでなんとか消えました。

わあ、私、寂しいんだ!な自覚をして。
人には会っているし、ついこの間も、幻のようなランチに、幻のような飲みがあって、温かい気持ちにはなっているのです。でも、それが、なんか届かない。もっと、病巣が奥にあるイメージです。

あとは、根本さんの「未来療法」に行くか、相当迷ったのですが、前世療法のグループレッスンの経験から言えば、私の場合、個人セッションを選ばないと、たぶん、役に立ちません。見え過ぎてしまうし、何か探る段階にきているからなのだと思います。

昨日は、やっと『休む技術』を買いました。
あと、ぱっと目についた『人生、このままでいいの?』も。

めっちゃくちゃ、引き潮がかかっているのだと思います。
病む、こんなの!

同時に、すごく贅沢なことも起こっていて。先日の庭園美術館のこととか、まさかの最前列での鑑賞とか……。

いいことがいっぱい起こっているのに、そっちに目が向かないってなんでしょうね?
私、ずっと運の流れについて考えてきたのに。
まんまと飲まれていました。

というわけで、ちょっと抜けた気がしますよ。

「昨日、何食べた?」の中で、シロさんが「こういうものに、つるっとお金を使ってしまう」は、まんま、私にも当てはまっていて、本当に気を付けようと思いました。

で、影響されて、きょうは、塩鮭をコンロで焼いて、すごくおいしそうに出来まして。ああ、幸せだなあと。
これを持って、歩きたいなあと。
話がアチコチ飛んで恐縮なのですが、チャイを飲みたくて、でも、うちのまわりには、カルダモンは、粉末でしか売ってなくて。ホールで作りたいので、それなりの場所で探そうと思っていました。

成城石井あたりに行けば、余裕でありそうなのですが。
ココは、伊勢丹にしてみて。で、伊勢丹から易の先生のお宅まで行くとしたらを調べたら、わずか39分でした。えええ、そんなもんなの?

もうちょっとしたら、焼きたての鮭といただきものの新米で海苔のお結びを作って、カルダモンを買いに出かけようと思いますよ。

こういうちょっとしたことですよねえ。
追われてないなら、先取りで仕事を進めればいいわけで、何を落ち込んでいるのか、自分でも自分のことがよくわからなくなりました。でも、まあ、視野が狭くなって、まわりが見えなくなって、ロックがかかるというのも、いかにも、さそり座の木星期っぽい。

そして、射手座は飛躍を表します。この飛躍に向けて、一度しゃがむわけですよ。
ここ、結構大事。一度、沈まないと高く飛べない。

ということを、アメブロにも書こうと思いますぞ。では、浮上しました。
もうちょっとグニグニしそうな予感もしますが、それも、必要なことかと。

私たちは、同じ船に乗っている。波の高低、気分の浮き沈み、いろいろありますが、
大丈夫ですよ! ちゃんとやれていますよ。ほぼ重複になりそうですが、続きは、アメブロへ。

 

ポコッと穴が。

ご心配をおかけして、申し訳ありません。
元気です。

元気ですが、ポコッと穴が空いたような感じですね。

この前、faniconで、久しぶりに自分のホロスコープを見て理解したのですが、
どうも惑星の並び方が見事に生まれた時の配置を刺激しているようで。

ここ10年くらいなかった穴が、また空いた感じです。
不安感、焦燥感、失望感が今、どさっと来た気がします。

金曜に、友人と飲むことになって、ひとりが車で送ってくれるというので、お言葉に甘えて、だらだらしていたら、妙に楽しくなって、なんだか幻のような夜だなあと思ったのですが。

まー、ダメージを引きずること!!!
笑っちゃうくらい!

もう無理が効きません。楽しかったけれど、寝ないのは無理、飲み過ぎるのも無理。

穴が空いている感じ、落ち着かないのですけれど。
でも、なんというか、実はこれは大事なことなのだろうと感じます。
そうそう、私は、穴が空いている人間だったんだよ!!!って。
ここを大事にしないといけないのだろうと思います。ちょっとキツいけれど、この原点返り、そう悪くはないのかもしれませんね。

 

ルーベンス展

この秋のアート界の大きな目玉、ルーベンス展。

早いタイミングで行かないと!で、昨日のぞいてきました。

収穫は、リヒテンシュタイン展で見た作品に再会できたこと。
ルーベンスも、イメージの原型を求めるのが大変だったのかーと当たり前のことに気づいたこと、でしょうか。

もう巨匠中の巨匠、ビックネーム過ぎて、ひとりの人間である前提を忘れていますよ。あはは。

国立西洋美術館の安定、安心。

感想ですか?
うーん、そうね、常設をのぞくパワーが残っていました。
いつも「この感動を持ち帰りたい」でパスしちゃうんだけど。

後半の一枚の中にあった青ざめたマリアが印象的でしたが、「コレ!」はなかったかなー? 最後の5つの乳房は、相当キテレツで、私が依頼主でこの絵が来たら、微妙な気持ちになるだろうなあと思ってしまいました。なんの目的で、異端な構成なのか、逆に、知りたいです。

足のトゲを抜く少年の像が、1世紀、もしくは、16世紀という表記に驚き、慌てて図録を見ちゃいました。

「うん、見た」な凡庸な感想で、すみません。まあ、巨匠展、あるあるですね。