日々のこと
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芋づる式にくること。
介護うつ。
心療内科、当日予約が難しい。
とりあえず、オンラインで申し込んだけれど、初診15分だという。
15分、スマホ越しに話しても、ただの気休めにしかならないだろう。
並行して、リアルな病院を探さないと。
でも、物は考えようで、いきなり母が死んでしまったら、
救いはないわけ。もう愛を注ぐべき対象がいないから。
でも、グループホームに適応してくれて、面会とか出来るようになったら、
また話が変わってくる。
母が適応することで、救われる部分が出てきて、
気持ちが落ち着くはず。
よかれと思ってやっていたことが、よくなかった……という思い、
本当に不憫だ。よくやっていたよ、要介護4を相手に。
というわけで、診療内科探しのターンです。ふー、なかなか先が長いぜ。
母まわりのこと
今日は、母のグループホームが契約している訪問医療との契約に行ってきました。
細々とやることが多くて、大変!
あるはずの書類が行方不明だったり、
追加で必要なものが増えたり(血圧を下げる薬、医療情報提供書のお願い)
あいさつ回りもこなしてきました。
お隣さん、行きつけのスーパー、デイサービス。
グループホームのスタッフさんにもお目にかかれたので、
契約時にお持ちするお菓子をとらやにしたりしました。
(洋菓子よりも和菓子って感じでしたねー)
あっというまに、日が暮れましたとさ。
ああ、また、母関連で一日が溶けた!
腸閉塞をやってから、一気に認知症が進んで、今回、入所前に
再認定をかけてもらっていたのですが、要介護1が4にハネあがりました。
これは、診断書を書いてくださった病院の受付の人も驚いていました。
でも、我が家はだいぶ順調だと思うんですよ。
順調なのに、この大変さは一体なんなんだ??
しかし、特養にエントリーできるようになっていたとは!
びっくり。
新春浅草歌舞伎
元クライアントさまのご招待でうかがいました。
「ご招待しますね」の段階では仕事が継続していたので、
「ありがとうございます」だったのですが、
その後、急に打ち切られ、「え、これ、どうすんの?」でしたが
行かないのも角が立つだろう……、で、なんとか体を運びました。
若々しく、楽しい演目でしたが、終始落ち着かず。
「居場所がないなー」がひとつ、
母のグループホーム系で、バンバン問い合わせがくるのがひとつ。
なんかね。
靴のサイズが合ってないんですって。
まあ、大きいと思ったのよ。
私が22.5なのに、もっと小柄な母が23.5って本当かな?は思っていました。
でも、同居弟が言うからさー。
ただ、おかしいのは、新しく買ったけれど、デイサービスで使っていた靴を履いているはず。でも、デイサービスで何もいわれなかった。つまり、見ちゃいねえってことですよね?
さらに、訪問医療との契約もしなければならないらしく、そっちからも「どうしましょう」が来ます。もう歌舞伎を見ている場合ではないだが?
仕事も焦げ付いておる。歌舞伎、見ないで帰ってもいい???
まあ、最後まで見たし、「ご招待ありがとうございます」も「もうお仕事がないなんてさびしい」も一式やってきました。
まあ、これで少し遠ざかるから、いっか!
とりあえず、大変なのは、今だけ!!!
軌道に乗せちゃえば、こっちのもの。たいへん。
もう疲れているから、見ながら、両足の太ももつるしさー。
左がつって、次に右もつって、死ぬかと思いました。
たましい、抜ける
なんだか力が入りません。
んー、たぶん、弟が母を見限ったというのが、悲しいのでしょうね。
自分はとっくのとうに、母を切り捨てているくせに、
身勝手な話です。
だって、奇跡みたいだったんですよ。
30代、一時的に実家に身を寄せた時期があって、
その時、同居弟が父に殺される夢を見て、
「ああ、ここにはいられない」と思い、家を出ました。
でも、家庭内暴力男だった父が死んだとき、私の夢の中で殺されていた弟が一人、泣いていて。びっくりしたのです。
今回も、同居していない組は「もう無理だから、プロに委ねよう」と
夏の終わり位から言っていて。
でも、同居弟が「いや、もう少し頑張れる」と粘っていたわけです。
この年末年始で、限界が来た。
いや、生物として正しい。
逆に、今までどうやって耐えていたのだ?です。
そういう「無理もない」の部分と
「そうだよね、お母さんとは暮らせないよね」という残酷な現実と
まだ折り合いがつけられずにいます。
誤解しないでいただきたいのは、これは、感傷の記録で。
理性は、「よくやった」なんですよ。理想的じゃないでしょうか?
見学の翌日に預かっていただけるなんて! しかも、結構よさげな施設です。
子供の頃、母は、ずっと被害者で、守ってあげたい、
助けてあげたい存在でした。
でも、大人になって同性だから気づいてしまって。
「ああ、短気で堪え性のない父親を煽っているのは、この人だった」と。
世界がひっくり返った気がしました。
あるいは、父も被害者だったかもしれないのです。
また、たぶん、一生許さない言葉もあります。
占いの最初の本を出版していただけたとき、親戚がみんなホメてくれたのに、
母だけは「私は納得していない。書きたかったのは、戯曲で占いではないはずだ」と言ったこと。
あなたは、私に何をしてくれたのでしょうか?
大学には行かせない、弟が二人いるんだから、行っては困ると、早々から人の可能性を潰し、私が戯曲の道をあきらめたのは、演劇系の大学に行っていないと、
スタッフワークがしにくかったせい。学歴必要だと思いました。演劇を学ばないと戯曲家になるには、いろいろ足らなくて。
必死で切り開いた道、食べていかれる仕事で書籍を出せて、
「ここまでこれた」の段階で、恨みがましく因縁をつけてきたこと、一生許さないと思います。まあ、本人は忘れていますよ。間違いない。
一度も私の舞台を見に来たことがないくせに、何を言っているのだ?
書籍を出せるようになるまでにも、7年の下積み、数年の仕事の積み重ねがあってこそ。全然食べていけないところを今の旦那に助けられつつ、なんとか形にしたのに。なに、その言いぐさ! 私が母を見切ったのは、おそらくあの時です。
私は母を好きじゃない。実家からは離れていたい。
父は嫌いだったけれど、母のことも好きにはなれない。
でも、産み、育ててもらったことは確かだから、娘としての義務は果たすつもり。
この負の感情、弟たちも同じかと思ったら、ちょっと違って。
違うんだ、面白いと思っていたら、「あれ、結局、ゴールは一緒か」の不思議な着地に気持ちがついていきません。
まあ、完璧な親子なんてないですよね。
そして、介護に正解はない。たらればもない。
本当に、煽り癖があるんですよね。
あと話が長い。自分の思いを全部伝えないと気が済まないから、
「お母さん、結論から話してくれる?」と言っても、「きょう、トースト食べて」あたりから全部語らないとダメ。
親を見ていて、結婚したくない。子供も欲しくない。
子供の愛し方がわからない。と思っていて。
うちは、毒親だったけれど。そういうのも、もうすぐ終わる。
好きじゃないけれど、「寝る度に、シーツのあまりにイライラする」ような思いはさせたくない。この辺りが、私の面白いところですね。愛情のかたち。
母、施設に入る
年末、兄弟三人で話した段階では、同居の弟が「まだ、母と暮らしたい」と言っていて、先送りになった母の認知症問題、大晦日から母がインフルエンザになってしまい、デイサービスは断られる、弟が見るしかないとなり、大変だったようです(私がチャリ飛ばしていったら、風邪ひいたやつ)。
とりあえず、「グループホームを見学に行こう」という話になりました。
そしたら、親身になってくれそうなグループホームに当たりました。
ただ、兄弟3人いるから、即決は出来ず……
施設を出た途端に、同居弟の主張が「出来るだけ早く入居を」が「明日にでも」になって、「お願いしよう」になりました。
そこからが、目まぐるしく、かかりつけの医者に診療情報提供書をもらいにいく、母の家に戻って買うべきものをチェックし、簡単に布団を干して、入居に必要なあれこれを買いに行き(また、田舎だから、品ぞろえが悪いのだ)、
すべての持ち物に名前を書き入れて、
本当は満床なのですが、ショートステイという形で無理やりねじ込む、
また、現状のデイサービスとグループホームの業種が被っているため、掛け持ちは出来ないという壁を「引継ぎ期間は、介護保険を使わない(10倍!)」という荒業で乗り切り、敷布団など大きなものを運び入れました。
ああ、あと、 診療情報提供書 の壁もありました。ドクターが書くのに2週間は必要と言われ、本来は入所段階で必要なのですが、今回は「ショートステイだからなしでもいい」みたいな裏ワザを使って。
布団カバー一式×3セットがなかなか強敵で、ホームセンターは、なぜかシングルロングしかなく、末の弟は「安いし、これでいいよ」というのですが、私はサイズが合わないシーツはストレスになると知っているので(体験済)、「いや、私がニトリやヨーカドーで探す」とそこは死守して。結局、ニトリの最安値にしました。6000円で済む所が倍かかりましたが。快適度には変えられない気がします。
見学で午前中で解散のつもりが、夕方までかかって、帰宅して19時、もうヘトヘトです。これが土曜日のこと。
日曜日はもともと、孫たちも交えてご飯を食べようプランで。
うちからチャリで20分の回転ずしに行ったのですが、妙に寒くて、死にかけ、火のあるうちに帰りたかったのですが。
「やっぱり、母を送って欲しい」言われて、ですよねえ……になりました。
13時集合で、15時くらいに解散かなーのつもりが、またもや、引っ張られて、
施設について行く羽目に。孫も、うちの旦那も巻き込まれて、ちょっと申し訳なかったです。
総勢7人で見送るため、施設は「そんなに大勢は入れないよ」で、そりゃ、ごもっとも、で。
弟が契約している間に、末っ子と二人で部屋を整えて、不安そうな母をテーブルに座らせて、周りの人によろしくお願いします……言って、「フェードアウトしてください」に従いました。
うちから20分の場所にまた下ろされて、真っ暗な中、旦那と二人、必死に帰ってきて、もうクタクタに。
今回、かなり強引にお願いしているので、ショートスティの上限1ヶ月で一回、出ないといけない可能性もあります。
母も一ヶ月グループホームで暮らしたら、環境にも慣れるでしょうしね。出来たら、そのまま、本契約に進めてあげたいけれど。
まあ、今回、ミラクルともいえるありえない速さでしたからね、なんか大丈夫そうな気もしますが。でも、この「大丈夫」は、どなたかの看取りが完了するという話で。それを願ってはいけないでしょう。
費用的にも、ざっくり年間200万くらいはかかって(末っ子試算、賢い)。
高齢化社会、大変過ぎますね。ある程度、日常生活に支障をきたしたら、そのまま、保護されるシステムにしていかないと厳しい。
そうそう、個人的には、「家を持っていた」のに、持ち物が「施設から渡された持ち物リストにあるものだけ」になるのも、気の毒で。しかも、もう自分で選べないから。
私の体験ですが、緊急入院の際は、いろいろ諦めるしかなくて。
でも、仕事のためにパソコンを持ち込んだ途端、「自分のテリトリー意識」が生まれたのを覚えています。だから、モノはないほうがいいのかもしれないですね。