日々のこと

章月綾乃の日々のこと。

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芋づる式にくること。

介護うつ。

心療内科、当日予約が難しい。
とりあえず、オンラインで申し込んだけれど、初診15分だという。
15分、スマホ越しに話しても、ただの気休めにしかならないだろう。

並行して、リアルな病院を探さないと。
でも、物は考えようで、いきなり母が死んでしまったら、
救いはないわけ。もう愛を注ぐべき対象がいないから。
でも、グループホームに適応してくれて、面会とか出来るようになったら、
また話が変わってくる。

母が適応することで、救われる部分が出てきて、
気持ちが落ち着くはず。

よかれと思ってやっていたことが、よくなかった……という思い、
本当に不憫だ。よくやっていたよ、要介護4を相手に。

というわけで、診療内科探しのターンです。ふー、なかなか先が長いぜ。

2025年1月18日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃

母まわりのこと

今日は、母のグループホームが契約している訪問医療との契約に行ってきました。
細々とやることが多くて、大変!

あるはずの書類が行方不明だったり、
追加で必要なものが増えたり(血圧を下げる薬、医療情報提供書のお願い)

あいさつ回りもこなしてきました。
お隣さん、行きつけのスーパー、デイサービス。

グループホームのスタッフさんにもお目にかかれたので、
契約時にお持ちするお菓子をとらやにしたりしました。
(洋菓子よりも和菓子って感じでしたねー)

あっというまに、日が暮れましたとさ。
ああ、また、母関連で一日が溶けた!

腸閉塞をやってから、一気に認知症が進んで、今回、入所前に
再認定をかけてもらっていたのですが、要介護1が4にハネあがりました。
これは、診断書を書いてくださった病院の受付の人も驚いていました。

でも、我が家はだいぶ順調だと思うんですよ。
順調なのに、この大変さは一体なんなんだ??

しかし、特養にエントリーできるようになっていたとは!
びっくり。


2025年1月17日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃

新春浅草歌舞伎

元クライアントさまのご招待でうかがいました。
「ご招待しますね」の段階では仕事が継続していたので、
「ありがとうございます」だったのですが、
その後、急に打ち切られ、「え、これ、どうすんの?」でしたが
行かないのも角が立つだろう……、で、なんとか体を運びました。

若々しく、楽しい演目でしたが、終始落ち着かず。
「居場所がないなー」がひとつ、
母のグループホーム系で、バンバン問い合わせがくるのがひとつ。

なんかね。
靴のサイズが合ってないんですって。
まあ、大きいと思ったのよ。
私が22.5なのに、もっと小柄な母が23.5って本当かな?は思っていました。
でも、同居弟が言うからさー。

ただ、おかしいのは、新しく買ったけれど、デイサービスで使っていた靴を履いているはず。でも、デイサービスで何もいわれなかった。つまり、見ちゃいねえってことですよね?

さらに、訪問医療との契約もしなければならないらしく、そっちからも「どうしましょう」が来ます。もう歌舞伎を見ている場合ではないだが?

仕事も焦げ付いておる。歌舞伎、見ないで帰ってもいい???

まあ、最後まで見たし、「ご招待ありがとうございます」も「もうお仕事がないなんてさびしい」も一式やってきました。

まあ、これで少し遠ざかるから、いっか!

とりあえず、大変なのは、今だけ!!!
軌道に乗せちゃえば、こっちのもの。たいへん。

もう疲れているから、見ながら、両足の太ももつるしさー。
左がつって、次に右もつって、死ぬかと思いました。

2025年1月16日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃

たましい、抜ける

なんだか力が入りません。
んー、たぶん、弟が母を見限ったというのが、悲しいのでしょうね。

自分はとっくのとうに、母を切り捨てているくせに、
身勝手な話です。

だって、奇跡みたいだったんですよ。

30代、一時的に実家に身を寄せた時期があって、
その時、同居弟が父に殺される夢を見て、
「ああ、ここにはいられない」と思い、家を出ました。

でも、家庭内暴力男だった父が死んだとき、私の夢の中で殺されていた弟が一人、泣いていて。びっくりしたのです。

今回も、同居していない組は「もう無理だから、プロに委ねよう」と
夏の終わり位から言っていて。
でも、同居弟が「いや、もう少し頑張れる」と粘っていたわけです。

この年末年始で、限界が来た。

いや、生物として正しい。
逆に、今までどうやって耐えていたのだ?です。

そういう「無理もない」の部分と
「そうだよね、お母さんとは暮らせないよね」という残酷な現実と
まだ折り合いがつけられずにいます。

誤解しないでいただきたいのは、これは、感傷の記録で。
理性は、「よくやった」なんですよ。理想的じゃないでしょうか?
見学の翌日に預かっていただけるなんて! しかも、結構よさげな施設です。

子供の頃、母は、ずっと被害者で、守ってあげたい、
助けてあげたい存在でした。

でも、大人になって同性だから気づいてしまって。
「ああ、短気で堪え性のない父親を煽っているのは、この人だった」と。
世界がひっくり返った気がしました。
あるいは、父も被害者だったかもしれないのです。

また、たぶん、一生許さない言葉もあります。
占いの最初の本を出版していただけたとき、親戚がみんなホメてくれたのに、
母だけは「私は納得していない。書きたかったのは、戯曲で占いではないはずだ」と言ったこと。

あなたは、私に何をしてくれたのでしょうか?
大学には行かせない、弟が二人いるんだから、行っては困ると、早々から人の可能性を潰し、私が戯曲の道をあきらめたのは、演劇系の大学に行っていないと、
スタッフワークがしにくかったせい。学歴必要だと思いました。演劇を学ばないと戯曲家になるには、いろいろ足らなくて。

必死で切り開いた道、食べていかれる仕事で書籍を出せて、
「ここまでこれた」の段階で、恨みがましく因縁をつけてきたこと、一生許さないと思います。まあ、本人は忘れていますよ。間違いない。
一度も私の舞台を見に来たことがないくせに、何を言っているのだ?
書籍を出せるようになるまでにも、7年の下積み、数年の仕事の積み重ねがあってこそ。全然食べていけないところを今の旦那に助けられつつ、なんとか形にしたのに。なに、その言いぐさ! 私が母を見切ったのは、おそらくあの時です。

私は母を好きじゃない。実家からは離れていたい。
父は嫌いだったけれど、母のことも好きにはなれない。
でも、産み、育ててもらったことは確かだから、娘としての義務は果たすつもり。
この負の感情、弟たちも同じかと思ったら、ちょっと違って。
違うんだ、面白いと思っていたら、「あれ、結局、ゴールは一緒か」の不思議な着地に気持ちがついていきません。

まあ、完璧な親子なんてないですよね。
そして、介護に正解はない。たらればもない。

本当に、煽り癖があるんですよね。

あと話が長い。自分の思いを全部伝えないと気が済まないから、
「お母さん、結論から話してくれる?」と言っても、「きょう、トースト食べて」あたりから全部語らないとダメ。

親を見ていて、結婚したくない。子供も欲しくない。
子供の愛し方がわからない。と思っていて。
うちは、毒親だったけれど。そういうのも、もうすぐ終わる。

好きじゃないけれど、「寝る度に、シーツのあまりにイライラする」ような思いはさせたくない。この辺りが、私の面白いところですね。愛情のかたち。

2025年1月13日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃

母、施設に入る

年末、兄弟三人で話した段階では、同居の弟が「まだ、母と暮らしたい」と言っていて、先送りになった母の認知症問題、大晦日から母がインフルエンザになってしまい、デイサービスは断られる、弟が見るしかないとなり、大変だったようです(私がチャリ飛ばしていったら、風邪ひいたやつ)。

とりあえず、「グループホームを見学に行こう」という話になりました。
そしたら、親身になってくれそうなグループホームに当たりました。
ただ、兄弟3人いるから、即決は出来ず……

施設を出た途端に、同居弟の主張が「出来るだけ早く入居を」が「明日にでも」になって、「お願いしよう」になりました。

そこからが、目まぐるしく、かかりつけの医者に診療情報提供書をもらいにいく、母の家に戻って買うべきものをチェックし、簡単に布団を干して、入居に必要なあれこれを買いに行き(また、田舎だから、品ぞろえが悪いのだ)、
すべての持ち物に名前を書き入れて、

本当は満床なのですが、ショートステイという形で無理やりねじ込む、
また、現状のデイサービスとグループホームの業種が被っているため、掛け持ちは出来ないという壁を「引継ぎ期間は、介護保険を使わない(10倍!)」という荒業で乗り切り、敷布団など大きなものを運び入れました。

ああ、あと、 診療情報提供書 の壁もありました。ドクターが書くのに2週間は必要と言われ、本来は入所段階で必要なのですが、今回は「ショートステイだからなしでもいい」みたいな裏ワザを使って。

布団カバー一式×3セットがなかなか強敵で、ホームセンターは、なぜかシングルロングしかなく、末の弟は「安いし、これでいいよ」というのですが、私はサイズが合わないシーツはストレスになると知っているので(体験済)、「いや、私がニトリやヨーカドーで探す」とそこは死守して。結局、ニトリの最安値にしました。6000円で済む所が倍かかりましたが。快適度には変えられない気がします。

見学で午前中で解散のつもりが、夕方までかかって、帰宅して19時、もうヘトヘトです。これが土曜日のこと。

日曜日はもともと、孫たちも交えてご飯を食べようプランで。
うちからチャリで20分の回転ずしに行ったのですが、妙に寒くて、死にかけ、火のあるうちに帰りたかったのですが。
「やっぱり、母を送って欲しい」言われて、ですよねえ……になりました。

13時集合で、15時くらいに解散かなーのつもりが、またもや、引っ張られて、
施設について行く羽目に。孫も、うちの旦那も巻き込まれて、ちょっと申し訳なかったです。

総勢7人で見送るため、施設は「そんなに大勢は入れないよ」で、そりゃ、ごもっとも、で。
弟が契約している間に、末っ子と二人で部屋を整えて、不安そうな母をテーブルに座らせて、周りの人によろしくお願いします……言って、「フェードアウトしてください」に従いました。

うちから20分の場所にまた下ろされて、真っ暗な中、旦那と二人、必死に帰ってきて、もうクタクタに。

今回、かなり強引にお願いしているので、ショートスティの上限1ヶ月で一回、出ないといけない可能性もあります。
母も一ヶ月グループホームで暮らしたら、環境にも慣れるでしょうしね。出来たら、そのまま、本契約に進めてあげたいけれど。
まあ、今回、ミラクルともいえるありえない速さでしたからね、なんか大丈夫そうな気もしますが。でも、この「大丈夫」は、どなたかの看取りが完了するという話で。それを願ってはいけないでしょう。

費用的にも、ざっくり年間200万くらいはかかって(末っ子試算、賢い)。
高齢化社会、大変過ぎますね。ある程度、日常生活に支障をきたしたら、そのまま、保護されるシステムにしていかないと厳しい。

そうそう、個人的には、「家を持っていた」のに、持ち物が「施設から渡された持ち物リストにあるものだけ」になるのも、気の毒で。しかも、もう自分で選べないから。
私の体験ですが、緊急入院の際は、いろいろ諦めるしかなくて。
でも、仕事のためにパソコンを持ち込んだ途端、「自分のテリトリー意識」が生まれたのを覚えています。だから、モノはないほうがいいのかもしれないですね。

2025年1月13日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃