みんながハッピーに!

みんながハッピーに!

言うは簡単ですが、成すのは、難しいことですね。

2つの話題が、「幸せってなんだろう」を考えるきっかけになりました。

ひとつは、「踏み出す勇気」。
もうひとつは、「踏みとどまる勇気」。

ひとつめの「踏み出す勇気」について。
やりたいことがあるのに、やれないまま、時間が経過する人が多いそうです。
かくいう私も、その一人ですが。
「自信じゃないの。勇気が大事なの」
そう教えてくださったのは、天城映先生。一緒に、温泉に90分浸かりながら、
ぼんやりといろいろなことを語り合いました。

私の場合は、勇気というよりも、覚悟かなあ?
新しいことを始めるだけのパワーがまだ足りません。
たとえば、創作、たとえば、ダイエット。
ちょいと本業が忙しく、そこに加えて、猫がニャーニャー言うため、まだ、時間配分が
つかめていないのです。でも、やると決めたら、他を振り切って、進むつもりですよ。
まだ、助走ってところかな?

もうひとつは、「踏みとどまる勇気」。
きょうの切り口は、親の介護だったんですけれど。
やらなきゃいけない、やるしかない。それは、確かにあるんですが、
でも、それで潰れちゃいけないと思うんですよね。
責任感が強く、いい人ほど、自分を削って頑張ってしまって。
でも、その人が頑張る分、要領よくラクをする人も現れて。

この先、老人が増えていって、絶対にパンクしますから。
今のシステムでは、補い切れないですから。

やらなきゃいけないこと、出来たらやりたくないけれど、しぶしぶ引き受けざる得ないことに
ベストなんて尽くしちゃダメですよ。簡単に潰れますから。
キリキリに引き絞って、追いつめられている人に、誰が声をかけられますか?
何を言っても、やっても地雷を踏みそうで、何もできなくなるのです。周りは。

「こんなにやっているのに」
「私は頑張っている」

それは、非常に危険な兆候なんだと思います。
まあ、やるしかない状況もあるんですが。あるけれど、あえてね!!! あえて書きます。

無理をして完璧にやることで自己証明をしても、何にもならないというか。
万一、手が回らなくて、誰かが死んじゃったとしても、それは、あなたの責任じゃないんですよ。
人は、死ぬときに死ぬんです。死ぬときまでは、生きています。

変な言い方ですが、人間なんて、一人分の頑張りしかないわけ。
自分が生き延びるだけで、本当は精一杯なわけ。
ただ、愛情とか、優しさとか、思いやりとか、義務とかで他人を助けたりするわけです。
お互いに、ちょっとずつ、他の人を助けて、全体が支えあうシステムになるのは、
そう遠いことではないと思うんですよ。

完璧なんて無理!
だって、キャパがそこまでないもの。
完璧にやりたいって思うのは、不遜。
ある意味、それは、趣味みたいなものですよ。自己満足、自分とのゲームです。

いいじゃないですか、力及ばず、残念な結果になっても。
それは、もしかしたら、あなたのせいじゃないかもしれませんよ?
生き延びる力が相手になかったのかも。そこで終わると決まっていたのかも?

ベストじゃなくて、ベターでよくて。
ただ、「もうちょっとやれる」、「やりたい」って思ったら、そこからは、「あ、これ自分の趣味だから」って
笑える余裕、持っておきましょうよ。
そしたら、キリキリしなくて済みます。

90分、温泉につかりながら、私、ひとりでも考えました。

私は「責任」が結構好きなんです。
責任を果たし、期待に応えられると嬉しいのです。
だから、無理も引き受けるし、無茶もします。
でも、それ、やらされているからではなく、やりたいからなんですよね。
責任ある行動、自分はちゃんとやったぞという表明が、趣味なんです。

ちゃんとやるのが趣味なら、仕方ないですよ。本人、楽しいんだもん。
でも、ちゃんとやるのが、義務なら。やめちゃえ、そんなの。誰のためにもなりません!

全力を尽くすのは、好きなことに。
やらなきゃいけないことは、それなりに。省エネでいいんですよ。

頑張り過ぎない、追いつめ過ぎないで。頑張るなら、それを楽しんじゃう、追いつめるなら、面白がっちゃう。
ほんのちょっと、気持ちを逃がすだけで、世界はずっと住みよくなります。幸せって、たぶん、
そんなに難しいことじゃないのだと思います。

みんながハッピーは無理でも、あなたがハッピーになれば、それだけで、かなりいい感じじゃないかと思うのです。

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