昨日は、笙仲間さんの演奏を聞きに行きました。笙に合わせてポールダンサーが踊るという、ちょっと意味がわからない企画でしたが、なりゆきでうかがいました。
1日限りの公演に1日追加されたやつを見に行ったのですが、初手から「昨日は素晴らしくて」と出演者たちが言いまくりで、どんどん気持ちが離れていきます。
冒頭の朗読のフレースが、非常に押し付けがましく、なんだこりゃ?で構えました。構成はジャンルめちゃくちゃ、発表会形式。手拍子や「客席のみなさまもさあ、ご一緒に」系の合唱強要があり、私、そういうの本当にダメなんですよ。最初から、そういうやつとわかっていれば、頑張りますが、基本はお金払っている観客だから、なにもしたくないわけ。自由にさせて欲しいわけ。
最初が「最近、祈っていますか? 祈りは大事。さあ、子供のころのように祈りましょう」みたいなやつで、「いや、祈ってるしな~。なんでも、祈ればいいわけじゃないし? 祈りより実行じゃん?」と口応えしたくなり~。
最後は、「これで神々の宴は終わります」で、「え? どこに神がいた? は?」でした。
また、追い討ちみたいに「いい朗読でしょ? 書きながら泣いたの」みたいなMCも入り、私、心の非常口を探しました。
苦手なジャンルの音楽が続き、ファン先導であろう謎の拍手がかかり、もう帰りたくて仕方がありません。
たぶんね~。
・祈りましょうよ!みんな、祈りが足りないよ!
・私たち、いいものやってるでしょ?昨日、大好評だったの。感動するから!
この2つの押し付けがましさがなきゃ、こんなに拒絶しません。こちとら、上から目線と感動の押し売り、大・大・大嫌いなんですよ。
でも、学びにもなりました。
自慢はいけない。
自己満足もいけない。
評価は、お客様に委ねる。
謙虚さは、美徳であり、力です。よき反面教師でした。
お差し入れは、樋上さんパッケージのキャラメルにしましたのだ。
思うに、みなさん、それぞれは力があり、評価されている方で、お客様はファンなんでしょう。しかし、慢心したら、魅力は激減します。
この前の猫イベントも、今回の祈りも、主催側だけが、わかってる感じなんですよね。客席おいてけぼり。
どう福島の猫を救いたいのか、なんのために祈るのか、肝心なところが抜けていて、仲間内で集まるだけ、なにかやってるだけで楽しくなっちゃっていて。
最近、流行ってるの? これ?
あ、昨日のは、熊本への募金箱があったから、お金入れました。そこは、良かったです。参加した気になれました。