この週末はカイロンスクールさん主催の
天童春樹先生の人相講座へお邪魔してきました。
占いには、生まれながらの指針の「命占」と
その場の流れ、勢いを手掛かりに読む「卜占(ぼくせん)」と
人相、手相のように姿形から読んでいく「相占」があります。
私がお仕事で使っている西洋占星術は、命占。
周易は、卜占。人相は文字通り、相占です。
2日で10万円コースで、テキストは200ページ、「マジか?」でしたが、ちゃんと最後までついていかれました。
ただ、うちのプリンターも仕事場のプリンターも調子が悪くなってしまい、
えええ?買い替え???みたいな世界なのですが。
200ページに負けないで、キャノンさん!
短期講座で学べるものは、こちらに限らず、
技術を習得するというよりも、指針を得るだけだと思います。
「なるほど、画相が見れないと話にならん」がよくわかりました。
手応えとしては、「わからんな」です。
これは、「言われたことがわからない」ではなく、
「私が使えるようになるか、わからない」という意味です。
11月23日に「行きます」してから、結構準備をしてきましたが、
ちゃんと備えたつもりでも、いろいろ不都合が起こるわけです。
土曜日は「ごまかしながらやってきたけれど、手元用メガネが見づらい」と気づき、講座終了後、zoffに飛び込んで「今日、もらえるかな?」と聞いたら、
「レンズがあれば」と言われ、そりゃそうだで、とりあえず、測定してもらったら、遠近両用の度で合っていると言われ、でも、遠近両用だと鑑定には向かないわけです。ピンが合わせられないわけ。
お店のスタッフと話して「遠近両用のスペースが狭いからから」で納得し、
「お願いします」したら、出来上がりは月末だと言います。ですよねえ?
そうそう、私はあまり身バレは気にしないのですが、さすがに、zoffで
「占いをやってまして。人相見で使いたいんですよ」は言えなかったなあ。
「んーとね、パソコンとか、手元の文字を見るとかじゃなくて、これくらいの距離で使いたいんだけど」と説明しながら、「全然、わからないし、伝わらないし、伝えられる自信がないし、事情は話したくない」で、
「今までの度と同じで、遠近じゃないやつ」が精一杯でした。
ちょっと人相占いのための眼鏡は言えなかった、初の挫折です。
というわけ、ただ、眼鏡を作った人になりました。まあ、仕方ない。
で、「明日はテキストをやって、今日の続きも」という言葉に合わせて、
閉店間際のお店に飛び込み、カチューシャを買ったわけですよ!
21:00閉店のお店で20:58に会計しました。
「ああ、カチューシャ!!! いるいる!」で
めっちゃ、頑張ったのに、使わないから!
眼鏡も、月末なら、そんなに急いで買わなくてよくて、もっとカッツリ
合わせてくれるドイツ式に行くべきだったなーと思ったり、思わなかったり、
まあ、でも、もういろいろ空回りするのも仕方ないのです。
これから起こることはどうなるかわからないけれど、
やれることは全部やって、準備だけはしておかないと!
翌日も「観る」練習があるのかなー?で、旦那を駆使して写真を取って、メモを取れるようにプリントアウトしたのに、想定したような流れにはなりませんでした。
でもなあ、「ああ、カチューシャ、買っておこうと思って忘れた」とか、
「写真があれば、そこにバンバン書き込めてよかったのに」みたい後悔は私はイヤなのです。やり過ぎて、外すのは、まあ、仕方ないですね。
写真だって、1日目にあったら、絶対助かっただろうしなあ。
本も3冊、持って歩いたけれど、使わねえ、使わねえ、重かったけど、
「持たない」はないしなあ。
まあ、こういう「用意周到」と「重い荷物は大嫌い」と
「自分のいる場所は、心地よく」「一緒にいる人も快適に」が混じると、
「猫4匹いるけれど、東京に部屋を持つ」になるわけですよねえ。
「いつも手荷物が重い」にも。苦笑いしかねえ。
二日目は、一緒に受講した人とコーヒーフロートを飲みながら、講座の振り返りはそこそこで(終わった途端に集中力が切れ「ぼちぼちやってくしかないっすね」みたいな棚上げ)、なりゆきで人間の嫉妬と悪意について、ちょっと話せて面白かったです。
32年占いを仕事にしてきたわりに、自分はめっちゃ清らかな世界にいるのだなあと初めて思いました。ある意味、奇跡かもしれません。今まで気づかなかったけれど。
ああ、あと、実父が今年13回忌だったとこの講座きっかけで気づけました。
私の人相には、父方の親戚がいっぱい出てきて。
墓終いをし、母が認知症になった今、13回忌に気づく人はいないわけで。
いろいろな導きがあるなと思いました。
こうやって、少しずつ何かを受け取りながら、次に編んでいく。
私は、物語を紡ぐ人なのでしょうね。ちょっとわかってきました。
