脱・停滞

なんだか、停滞しておりました。

非常にあちこち動き回っているのですが、気持ちの底が抜けているというか。
あるいは、これが夏の疲れなのかもしれません。

でも、意外に、ベースにヤル気があることがわかってきました。

以前からちょこちょこ書いている開運イベント、実は水面下でいろいろな人に打診しているのですけれど、人に話す度に、どんどんブレていっちゃうんですよ。みなさん、やりたいことがあるわけです。で、話がふくらんで収拾がつかなくなっちゃったり、逆に、「それ、私、必要?」って思っちゃったり(笑)。

「それも、悪くはないけど、今、本当にやりたいことじゃないぞ」

で、だんだんわかってきまして。

つまり、「自分ひとりでやれ」ってことなんですよね!
人に頼るなってことですよ。うー、心細いなー。

ただ、いろいろ広がったお話をナシにしちゃうのはもったいないので、「せっかくなら、全部やればいい」と発想が変わってきまして。

かくして、12月上旬、3つやります。
ホントは、日にちも内容も、ある程度絞っているのですけれど、オープンにするのは、もうちょっと先です。

「なにか、ヤル気なのだね?」くらいで、お心に留めておいていただければ幸いです。

あるいは、「なにやるのー? いつ? いくらくらい?」で、お問い合わせいただければ、個別にご回答いたします。まだ、まだ、ゆるいプランなので、ご希望に合わせて、いろいろ動かせます。

お問い合わせやご希望がございましたら、コチラへ。shouzuki.ayano@gmail.com

なに、10月に12月の仕込みをしているのでしょ?
でも、もう意識は、年末に、そして、来年に向けないと! いい波に乗りましょー!

ターナー展、忘備録

つくづく、自分が平凡な鑑賞力の持ち主だと再認識しました。ターナー展では、イイナと思うものが、イヤホンガイドに取り上げられ、クリアファイルになっていました。

「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」1798年、23歳。

ファンタジーの世界のような虹。
なんだか聖地に行きあったように、はっとします。
23歳! 妬けますよ。

「レグルス」1828年、53歳。
古代ローマの将軍、マルクス・アティリウス・レグルスが失明する前に見た最後の光。

順路に従い、右から近づき、混雑で止まりました。
圧倒的な光!
私に向かって一直線に届く光がありました。すごい!

やっと正面に立ち、また、そこでも、一直線に届く光を浴びます。

ひゃー! どんな描き方したら、こんな光源を宿せるのでしょう?

残酷な失明の刑、しかし、その光の美しさ! 圧倒的なパワー!

「戦争、流刑者とカサ貝」1842年、67歳。
赤、赤、赤。
おもちゃの兵隊のようなナポレオン、赤、赤、赤。

絶望と孤独、栄光と失墜、野望と挫折。

赤、赤、赤の中に、ナポレオン。
「平和ー水葬」と対になる作品と言われているそうですが、今の私には、ナポレオンの赤しか響きません。
赤、赤、赤、足元に広がる水、飲み込む水、水面に写る影。哀しくも、完結した世界。

唯一、グッズになかったのは、こちら。
「村、夕暮れ(サミュエル・ロジャーズの『詩集』のための挿絵)」1830-183年頃、55-57歳。

こちら、挿絵ですから(笑)。グッズにはならないですよね。
しかし、右端にある木がいいんです。星の王子様のバオバブの木を連想しました。

ターナーは、「カレーマニア」とからかわれていたそうで。
クロームイエローを好み、多用していたからだそうですが。
二度と忘れないエピソードですよね、カレーマニア!
混雑の中でも、やけに読みやすい場所に書いてありましたよ。

あ!
ひとつ、気になりました。
混雑時、作品正面に陣取り、サイドの説明読むのは、あんまりじゃないですかね?
横着せず、場所を後ろの人に譲れば?と何度も感じました。
作品を前に、首は横、ずいぶんな扱いではないかと。
三人並んで、首が横には、呆れるより笑いたくなりました。いい展示の仕方があるといいですね。

 

 

Drinking Glass―酒器のある情景

サントリー美術館に、お邪魔しました。

開催されているのは、「Drinking Glass―酒器のある情景」。

紀元前のものから、現代作家モノまで、様々な酒器が並びます。

ただ、だいたい7世紀くらいから、16世紀くらいまで間が飛んでいました。つまり、遺跡から見つかったものか、近代になり、貴重品として保管されたものの、両極端しか残っていないのでしょう。

神や王などに捧げたもの、寝転んで飲むもの、あるいは、誓いの杯、一気飲みを促すもの、客人をもてなすもの、からかうもの、様々なものが並びます。

グッときたのは、「気泡には、300年前の空気が閉じ込められている」という説明書きでしょうか。ロマンチックですね。また、ジャコバイトの同志たちのためのグラス、さらに、乾杯の作法にも、しびれました。

出口付近には、砕けた15世紀のグラスのかけらもあり、こうして21世紀の今、昔の酒器たちを眺められる幸せを思いました。

和ガラスの色は、初めてなのに、なつかしく。なんだか、眺めていると、何か飲みたくなります。

 

ターナー展

image

すみません、舐めてました。
三連休の上野を。

 

『ターナー』展、激コミでした。
しかし、それ以上にすごかったのは、動物園の入り口です。

 

世のお父さん、お母さん、頑張れ!

 

ターナー、よかったです。
再訪したいです。
とりあえず、図録買いました。やたら重くて、よくある「専用布袋」があれば、買っていました。が、私がその気なときはないという!

 

ターナー、晩年のあわあわが好みです。ものすごいボリュームでしたが、意外にターナーと聞いてパッと連想する帆船は、少なかったかもしれません。

 

もう少し、空いていたら、最高です。これは、嵐の日に狙って行くしかないでしょうか(笑)。

『三菱一号館美術館名品選2013』展へ

『三菱一号館美術館名品選2013−近代ヘの眼差し 印象派と世紀末美術−』展へ行ってきました。

きょうは、19時から館長の高橋明也さんの関連アートセミナーがあったので、その前に見たいと思ったのです。でも、仕事をして、モタモタしていたら、閉館30分前というギリギリのかけこみになりました。

で、この企画展、結構微妙で。
新しい美術館ですから、それほど所蔵品があるわけでもなく、また、これまでの企画展でかなり出しちゃっているため、「お、また、君か」みたいな顔見知り感が満載なわけです。

これねー、ちょっと深いテーマになってきちゃうんですけれど。
顔見知り作品でも、油彩とポスターなどの印刷したグラフィックでは、だいぶ印象が変わっちゃう気がするんですよね。

きょうの高橋さんのお話に、「グラフィックは低く見られているけれど、芸術性は非常に高い」というようなくだりがありまして、ホント、それはそうだと思うんですけれどね。
でも、広告を目的にしたポスターって、インパクトありきだったりするじゃないですか。
あと、挿絵は、やはりこじんまりしていますよね。手元で見るものですから。
だから、なんか「知っている感」、「見たことある感」が油絵なんかよりも、より強く出ちゃうというか。えっと、私が言いたいこと伝わります???

「おお、ルドンくん、元気かね?」
「ロートレックくん、また、登場かい。頑張っているなあ」
そんな感じで、ね。ちょっと、鑑賞って感じにはなりにくいというか。
あ、好みもあります。絶対にあります。

私はルドンの黒よりも、色が入った時代が好きだし、同じグラフィックでも、過日の鹿島茂さんのコレクションは、また見たいと思うし、絶対好みがあると思うんですよね。あと、頻度もあるかなー? ルドンも、ロートレックも、ついこの間見た感じですからね。これが、数年くらい経つと、「おお、貴重なモノを!!!」と感動するかもなんですが。スミマセン、贅沢で。

なんかねー、30分しか見てないのに、次に行かれなくても、まあいいかくらいの軽さがあるんですよねえ。
だって、来年、ヴァロットン展来るし、そこで、もっといろいろ見られるわけですし。
きょうのアートセミナーも、後半は、ほぼヴァロットン展の宣伝っぽくて、ちょっと面白かったんですけれど。

ロートレックは、ロートレック本人が手元に置いていたもので、質も状態も非常によく、ヴァロットンの版画も、世界的に見ても揃っているのだそうです。他にも、レスタンプ・オリジナルとか、モーリス・ドニの『アムール』の連作とか、ボナールの置き物など、貴重な展示もあるのです(一応、話はマジメに聞いていたらしい)。

『アムール』は、一枚だけモデルの女性が乳房を出している構図があって、妙に唐突でドキドキしました。他は、非常にプラトニックな印象を受けるのです。なぜ、一枚だけ、セミヌードなんでしょう?

アートセミナーは、モネの人間関係が普通じゃなかったこと、ヨーロッパには、日本のような山岳信仰はなかったことなど、「へー」がありました。

個人的には、あんまりひっかからなかった企画展なのですが、一枚、気に入った絵があります。
アンリ・プテ『パリの女』。
なんかいいんですよ。ちょうど、おしゃべりしている女性たちが陣取っていて、よく見えなかったのですけれど。

あー、あと所蔵品展なら、この前浮世絵のスキマで出た硫酸魔の絵、また見たかったです。
アレ、好きです。え、趣味が変???

そうそう、ポール・ヴェルレーヌの詩に、ピエール・ボナールの挿絵がついた『平行して』という本は、復刻本が展示してあり、手に取って見てよい……ということになっているみたいです。
いまのところ。手袋が横にあるので、それつけて、丁寧に見てくださいって感じらしいですが。
ただ、「ご自由にご覧ください」だと、数日でボロボロになってしまい、かといって、見てもらえないのはせっかく用意したのに、ちょっとさびしいみたいなジレンマがあるようです。

きょうは、男性が手袋をしてみていらっしゃいました。ただ、結構時間がかかっていたので、
「次のときでいっか」と私はパスしたのです。次回行ったら、「やっぱ、見るのなし」になっていたらどうしましょう? まあ、ありえなくもないですね。

しかし、年パスがなくなってしまうのは、本当に残念です。
企画展の回数から考えると、今の倍額になるサポーター・システムは、ちょっと考えてしまいますね。招待券もらっても、別にあげる人いないし、そんなに毎回、1894カフェで飲み食いしないですし。
お友達とアートを見るのが習慣なんですぅとか、パートナーと行く美術館巡りが趣味での人にはよいかもしれませんが、私は基本、ひとりで行くので。
三菱一号館だけは、来年も年パス買おうって思っていたのですが、どう考えても、一般券を買ったほうが安くあがりそうです。5000円っていうのが、結構ギリギリのラインなんですよね。
「ザ・ビューティフル」を10回行くつもりで買うかもしれませんが、でもなあ、バーン=ジョーンズ展でも、10回見たら、ヘロヘロでしたしねー。

年パスで、10000円で見放題、モトが取れそうなのは、トーハクくらいじゃないでしょうか?
トーハクなら、それくらいしても、迷わずに買います。今の企画展一回ずつ、展示替えは無効は、微妙に使いにくいから、一年で脱落しましたけれど。

まあ、だから、「サポーター」なんですよね。うーん、三菱一号館さんには、いっぱい見せていただいたから恩返ししたい気持ちもありますが、でもなあ、やっぱりちょっと高いし、招待券余らせそうだし、踏みきれないかもしれません。きっと、私みたいな感じの人、多いんじゃないでしょうか? まあ、来月まで年パス有効なので、ちょっと考えてみますよ。

 

 

 

誰にでも起こること。

三鷹の殺人事件のインパクトがすごくて。

うっかり画像を見てしまい、眠れなくなりました。

確かに、彼女は、軽率だったかもしれないです。
でも、あれは、誰にでも起こりうることですよね。
恋って、若さって、そういうものでしょう。
みんな、多かれ少なかれ、あぶなかっしい綱渡りをしています。
関係が変化する、殺意に変わる恐れがあるなんて、円満なときには考えもしません。

そして、時代がどんどんお手軽になっていって。
気軽に画像を撮れるし、送れるし、刺激がいっぱいだし……。

無理もないって、思っちゃうんですよ。
自覚が足らない、奔放すぎる、まあ、それも確かに。
でも、私が彼女の身内だったとしても、教えられたでしょうか?
それは、非常に危険なことだよって。
愛は、憎しみにも変化するかもしれないよって。

そんなこと、いちいち言うわけないし、恋愛まっしぐらの10代、20代に、仮に言っても届かないでしょう。

怖かったね、大変だったね。ちょっとだけ、しくじっちゃったね。

ご遺族の方の喪失感、ご心労は、どんなに深いでしょう。
マスコミの報道とネット上の拡散で、もうぐじゃぐじゃですよね。

でも、コレ、誰にでも起こりうることですよ。
だから、本当はきちんと伝えたほうがいいと思うのです。
ただ、被害者の尊厳にもかかわりますから。
非常にデリケートで、難しい問題ですね。

今の時代、誰にでも似たようなことが起こりうると思うのです。
で、それが問題になってしまったとき、羞恥心で屈するよりも、強く突っぱねていくことが
大事だと感じます。今回は、そんな選択肢もなかったわけですけれど。

加害者に対しても、どうしてそっちに行っちゃった?があります。
違う道が、あったはずなのに。
愛していたのに、殺めて、貶めて……。
全部壊して。自分のしてしまったことの意味に、いつか気づくでしょうか?

ねえ、あなたたち、私の半分も生きていないですよ?
やるせないというか、いかにも、いまどきというか。

我が子を守るってことが、すごく難しい時代になっちゃいましたね。
子供いないんですけれど、本当に、切ないです。

知る人ぞ知る?

つくし文具のペンケース

立川駅の駅ナカで見つけたペンケースです。

「使えそう」

しかし、会計のとき、予想より遥かに高くつきました。
犯人は、こちら。

1500円!!!

なんと、この定規、1500円もするんですよ! 見た目、450円くらいかと思ったのに!

開いた図

 

知る人ぞ知る国立のつくし文具、初めて知りました。

使い勝手はかなりいいです。
メモが入るのが、最高!

10色のボールペン、シャープペン、消しゴム、ミニハサミ、付箋で、用は足ります。メモは、新美術館のミュージアムショップで見つけたカラフルなミニ便箋を選びました。

ミニ便箋

広げれば、フラット。
たためば、すっきり。
ノートやスケジュール帳との親和性が高いのがいいんです。目下、愛用しています。が、定規1500円は、未だに解せなくて。0起点の定規、縦横がわかる目盛りなど、だんだん良さがわかるのかもしれませんよね。

印象派を超えて―点描の画家たち

新国立美術館で開催されている『クレラー=ミュラー美術館所蔵作品を中心に印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで』を見てきました。

アメリカンポップアートと迷ったのですけれど、ここは素直に印象派に行っておきました!

で、やっぱり、うっとりしました。
あふれるような光と色! 美しいです。

モネの森は美しいし、シニャックの光に溶けるような港も、夢のようです。
ピサロの木には、本当に弱いので、私。

モーリス・ドニの礼拝の一枚も、素敵でした。

ゴッホのレストランの絵、構図は平凡だと感じるんですよね。でも、タッチが異質です。
つまり、そういうことですよね。
また、黒インクやチョークで描かれた絵だけ見ると、「うーん、やはり心が病んでいるかも?」と感じるのですよ。あんな絵を描いている人がいたら、私はそっと後ずさりすると思います(笑)。しかし、色が載ると別物になるわけで。

で、気になりまくったのは、ヤン・トーロップ。
もうタッチが変わりすぎです。どうして、そう変化するかね? 君?というくらい、ガラッと変わります。1889年の『オルガンの音色』、1908年『秋』、そして、1911年『L・ラウレイセンの肖像』で、「え? 同じ画家?」と思うくらい変わるのです。

俄然、興味を持ってしまいましたよー!!! ヤン・トーロップって、ナニモノ???

抽象画は、よくわからないので、モンドリアンあたりは、「ふーん」で流しました。
いつかわかるようになるでしょうか?

構図として、非常に面白かったのは、ヨハン・トルン・プリッカー。
占いのカードの原案みたいなデザイン性が高い絵でした。意外に、こういうのも好きです。

しかし、この美術館を創られたヘレン・クレラー・ミュラー氏は、もう「聡明」の一言です。
目的がクリアだし、コレクションの意図がすごくわかるし、ご本人がたいそう美人ですし。

12月23日まで。当日券は、1500円です。
点描で描かれたものなので、印刷やネットの画像ではよさが伝わり切りません。
印象派、その周辺をお嫌いでないなら、足を運ばれてもいい企画展だと思いました。
単純に、光の美しさ、色の洪水に心洗われる体験が出来ますよー!

 

 

 

 

 

 

ヴィオール×笙

 

ヴィオールと笙の競演を楽しんできました。
フランスでヴィオール、イタリアではヴィオラ・ダ・ガンバと呼ばれる弦楽器は、初めて聞くのに、なぜか懐かしい音色でした。
音に誘われ、意識だけは、ベルサイユ宮殿へ連れて行かれます。

豊かで、美しい世界でした。

たまたまなのですが、これ以上、ないほど近くで聴けたため、笙のソロになると、私の足元に横に倒されたヴィオールのヘッドがくるのです。

で、そのヘッドには、女性の頭部の彫刻があしらわれていまして。

めっちゃ、気になるやん!

エセ関西弁、すみません。

とにかく、めちゃくちゃ、気になるんですよ!

 

終演後、うかがってみました。
「彼女の名前は?」
「よく聞かれる。名前は、まだない」

わかりました。我輩は猫であるのですね。

 

しかし、聴きながら、「うーん、マリアか、アレキサンドリアだな」と、勝手に名付けていましたが(笑)。
他のお客様に聞いても、「うん、マリアっぽいね」とマリア票が集まりました。ふふふ。まあ、仮名は、マリアってことで。
人様の楽器、なに、名付けてるんだか、よくわかりませんが。

 

しかし、楽器のヘッドの顔、なんだか存在感ありますね!
寡聞にして初体験だったのですが、機会があれば、他の彫刻も拝見したいです。
船のフィギュアヘッドは、魔除けや運航の安全祈願の意味があるそうで、楽器も同じと教えていただいたのですが。
歴史や意味、バリエーションなど、知りたいなあと思いました。マリア(仮)ヴィオールさんにも、また、いつかお会いできますように!

 

 

 

キッチンな一日

きょうは、リフォーム後、初めて家のことをじっくりやれました。

リフォーム前に動かした冷蔵庫やベッドを正しい位置に戻し(今までできなかったのです!)、
新しい台所に合うように、小物を買いに行きました。

いろいろ買いました。

まず、カッティングボード。安いまな板を使っていたのですが、気楽に黒ずむんですよ。
漂白しても追い付きません。
エピキュリアン社のカッティングボード、ブラックもかっこよかったのですが、売り場に並んでいるだけなのに、妙に傷が多く見えて、気になってしまい、ナチュラルを選びました。

アーユルヴェーダ用の白湯作りのためのミニケトル。
これ、別になんでもいいんですけれど。

いつも使っているヤカンだと、家族が勝手に水を足したり、せっかく煮詰めたのに捨てちゃったり、確保が大変なんですよ。なので、専用に小さいやつを買いました。パール金属のちょHOT。
おしゃれ雑貨屋なんかをあちこち見たのですけれど、結局イオンで1280円という安価で見つけました。かわいいんですよ。口もパカッと開いて、非常に使いやすい。笛はついていません。しかし、写真はナシです。なぜなら、どうやっても撮影者が映ってしまうせいです。今見てみたら、ネットよりイオン実売のほうが安いですね。へえ、意外!

あとは、インスタントコーヒーを入れるガラス瓶とか買って、非常に満足しました。

で、ずっとキッチンにいました。
生栗をいただいてしまい、渋皮煮にしようって思ってしまったのが、大きな理由です。
初めて挑戦してみましたが、めちゃくちゃ手間がかかるんですね。
栗のアクって、すごい!!!
ひゃー! 栗のお菓子を作る人たちを尊敬します!!! ひゃー!!!

ついでに、先週から育てているおでんに、スジと大根とこんにゃくを追加しました。
下茹で地獄&アク抜き地獄です。相変わらず、バカ一直線です。

「週末、ゆっくりするはずじゃなかったの?」と友達につっこまれましたが。
まあ、普段出来ないことが出来たので、立ちっぱなしでも、ちょっと楽しかったです。
ホットケーキミックスを使って、栗の渋皮煮&いただきものドライババナ入りのパウンドケーキも作ったりして。

作りすぎて、食べきれない予感もしますね。幸せな秋の一日でした。