日々のこと
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大きな心
きょうは、人の優しさに触れた一日でした。
絶望の中でも、他者に対して優しい配慮が出来る方がいらっしゃるのです。
大きな心を持った方に、私ごときが何を返せるわけもありませんが、
いただいた温かさを、また別の方にお届け出来たらいいなあと思います。
有り難く、申し訳なく。
ただただ、有り難く。
生きる意味、これからのこと、脆さと強さ、いろいろ考えさせられた一日で、
締めくくりは、ありえないほどの寛容でした。善い人間になりたいです。
変則リズム
連休、悪くはないのですが、調子が狂います。
まず、日付の感覚が失われ、「あれ? もう20日?」で焦りました。
今日中に3本仕事を上げなくてはいけません。
巻かなくちゃ!
ゆるゆるに緩み過ぎて、大丈夫か???な9月です。
歌舞伎座の桟敷席疲れが激しく、もうどうにもなりません。
あの席に似合うのは、もともと裕福な方か、梨園に匹敵する伝統のある
世界に属する人たちなのでしょうねえ。
うむむ、身の程を思い知りました。
相席になった方はとても優しくよい方だったのですが、オープンになっているとはいえ
区切られた空間ですから、まったく無関心ではいられません。
桟敷席には、お茶の用意があるのですが、ひとつのポットを共有します。
このあたりも、気を遣うポイントでした。
こちらが先にスタンバっていたので、「お先にいただいております」はスラッと出ましたが、
相席の方の分を淹れるのはやり過ぎでしょう。少し、ポットの位置を寄せてみました。
お茶のティーバック置き場にも困ったりするわけです。ひとつしかないから!
先に使ったから、相手が使えないかなあ?とか。
休憩時間も、桟敷弁当を席にお届けというのをやってみましたが、
相席の方が何も召し上がりません。
高価な席だから、お金に困って……みたいなことはないのでしょうけれど、
隣が食べない状況で、お弁当を広げるのも、やはり気疲れします。
一生懸命に消化し、トイレにも行って、戻ってやっと少しお話が出来て、
習慣で幕間では召し上がらないと聞き出し、「桟敷初めてなんです」とカミングアウトして、
やっと心に余裕が戻りました。
そこまで気にするな、放っておけよ……なのですが、まあ、おひとりで座ってみてくださいよ。
私の気持ち、「わからないでもない」になると思いますよー。
いわゆる劇場ならば、シートからはみ出さない、ひじ掛けを独占しない、前かがみにならないくらいで
マナーは十分でしょう。最前列で足を組まないとか、まあ、ローカルルールがある劇団もありますが。
桟敷、同じ部屋の方とは非常に近いです。なんだか、運命共同体のように。
こういうのも含めて、場慣れなのでしょうねえ。
あ、ちなみに、桟敷席の食事は、「食堂に食べに行く人」、「お弁当を持ち込む人」、様々でした。
あと、意外だったのは、オペラグラス持参の人が多かったことです。
「ここで使いますか!」と妙な感心をしました。オペラグラス、壊れたまま、買い直しておりません。
今はオペラグラスよりも、単眼鏡が欲しいかも。観劇よりも鑑賞寄りです。
いや、そのうちに、両方手に入れて、もっとのびのび、優雅に暮らしたいと思います。
あ、気遣いしいしたせいで、最後には、「もう、やあねえ」って叩かれるくらい仲良くなりましたよ。
相席の方と。初対面で気楽に叩かれるの、ちょっと面白いですよね。ね? 距離、近いでしょ? 桟敷席。
猫のこと。
桟敷席で、すっかり疲れてしまい、翌日は一日中寝ていました。
夕方、猫散歩に出かけたところ、グルさまの子供のお姉ちゃんの顔に
異変がありました。少し前から顎というか、首の付け根が腫れていたのですが、
数日ご無沙汰している間に破れてしまったようで、透明な体液が滴っていました。

なんとかしてあげたいのですが、グルさまは触れますが、子供たちは触れられません。
私のことは見分けて近づいてきますが、こちらが近づくと、逃げていきます。
特に、体が傷ついていますから、無理です。
ちょっと面白いなあと思うのは、娘がそんな非常時代になっているのに、
グルさまは、「尻トンして」とねだってくることでしょうか?
病院に連れていきたいけれど、週末ですし、まず、捕獲が無理なので……。
何度も「お姉ちゃん、つらかったらいいなさいよ。お大事にね」だけ声をかけて、
グルさまに求められるまま、尻トンして帰ってきました。
幸い、食欲はあるし、1メートルくらいの高さは飛び降りしているので、
まだ大丈夫だと判断しました。
昨日は家の買い物をしているだけで終わってしまいました。
夕方、また猫たちの様子を見に行ったら、末っ子の臆病ちゃんもやってきて、
みんな仲良しでした。お姉ちゃんは、体液は止まったようで、
腫れていた部分が黒ずんでいました。かさぶたみたいなものでしょうか?
昨日よりもずっとよさそうです。食欲もあるし、呼びかけにも応じます。
連休明けに、獣医さんのところに写真を持って行ってみようかと思います。
黒猫さんのフロントラインをもらうついでに。
グルさまに尻トンをしながら、「グルさま、いつかうちにおいで。
うちには、黒猫さんがいるから仲良くしてね」って話しかけたら、
エアニャーでお返事してくれました。
11月にマンションの工事が入るので、その後の話ですねえ。
もっとも、ママを連れて行ってしまったら、娘猫たちは悲しむでしょう。
邪険にされても、一緒にいますしねえ。
末っ子の臆病ちゃんは、グルさまに育児放棄されて、かわりに
お姉ちゃんが面倒を見ていたそうです。
長男の子グルは、去年の夏に姿を消して、それ以来、行方不明。
女系家族をバラバラにしていいものかどうか。
しかも、娘たちは完全に野生ですからねえ。家猫にはならない気がします。
グルさまのテリトリーに出没するハナグロさんは、半年ぶりに見かけたら、
「どんな亜種ですか?」というくらいデカくなっていました。
彼らが生き残っているのは、猫を愛する人たちがいるからなのですが。
グルさまの懐き方を見ていると、飼い猫だったのでしょうね。
もっともっと早く出会っていれば!
でも、子グルも、私チビのころに会っているけれど、保護できなかったですから。
知識も覚悟もなかったし。

うちにいるのは、黒猫さんですが、猫ライフの始まりにいるのは、グルさまなのです。
毎日のように会いに行く、いつか何かがあれば、一緒に暮らしたいと願う、
今はそれだけで精一杯ですが。
黒猫さんが使わなくなったケージを一度片付けて、代わりにキャットタワーを置いてみようかなと
思っております。一度、黒猫さんの日常から外して、本当に保護したら使えるように。
どうしてこんなにグルさまが気になるのでしょうね?
グルさま、私には、特別な猫なのでしょうね。
秀山祭九月大歌舞伎 夜の部
歌舞伎を見ました。
はじめての桟敷席です。くたくたになりました。
相席になったのは、歌舞伎をご覧になるときは、桟敷席と決めていらっしゃるというベテランのご婦人。いろいろ教えていただきながら、なんとか終わりました。
武士道を貫いての首切りの物語の陰鬱さを吹き消すために、落語に舞踊と構成も大変です。イヤホンガイドは迷ったけど、やめました。まあ、なんとかついていかれます。
桟敷席は、花道を振り返らずに済みますが、体の角度が斜めになるため、疲れますね。うまく逃がすコツもありそうですが。
幕の内のお弁当は、一回やれば、次はいいかな?でした。美味しかったですが、食べた気がしません。
玉三郎さんは、ただただ美しく、八年見てなかったことを軽く悔やみました。
ただ、私は、歌舞伎より能が好きかも。能の削ぎ落とした世界が落ち着きます。歌舞伎は、装飾が見所だったりしますよね。ま、たいして見てないし、わかっていないです。
あ、笛は、龍笛、能菅と違う軽やかさで、ああ、これは、忘れていた!と思いました。
吉右衛門さんの犬張り子を抱く仕草は、ほろりときました。切腹したのに介添えしてもらえない息子、とんでもない不幸だなと余計なこと考えちゃいました。
桟敷席のいいところは、休憩時間に人に迷惑をかけずに入れるところ。日生のバルコニー席も、一度は座らないといけなかったなと変な反省をしました。
やったことがないことをやってみる、なかなか面白いですね。ただ、休憩時間にホタル嬢に注意されましたよ。
「桟敷席でないお客さまは、早くお戻りください」と。いや、きょうは、桟敷の客なのよ~! 不馴れなの、バレバレですね。いつか桟敷席が似合うおばあちゃんに為りますよ。いつか、ね。
幸運、お預け中。
4月、媽祖廟のおみくじで「中秋まで待て」と出ました。
昨日、めでたく中秋を迎えたため、ウキウキおみくじに再チャレンジしたところ、
今度は、「新春まで待て」と出ました。
ナニ、この待て待て攻撃!!!
すっかりワンコの気分です。
昨日は、「なんだかなあ」と思っていましたが、一晩寝て整理されました。
確かに、そういう流れなのかも。
中秋に待ち人来る……みたいなコトも書いてあるのですが、私にとっての待ち人は、
マシュー・ボーン氏だったのかもしれません。
だって、久しぶりに考えていますもの。ドラマについて。
ちょいとネタバレさせていただきますが、あ、だから、マシュー・ボーンの
「眠りの森の美女」を予備知識なしでみたい方は、ココで止まってくださいね。
要は、眠りの森の美女の世界に、ヴァンパイアをぶっこんだんですよ。
マシュー・ボーンってば!
設定としては、美女が眠る前に恋に落ちています。
ついでに姫はもらい子、平民の出という裏設定もあるようです。
狙いとしては、時を超える恋を描きたいってことだったんだと思うのですが……。
昨日も書いたのですが、ヴァンパイアになっちまった後の時の流れは、
人間と体感が違いますから、「僕は君を100年待っていたよ」って言ったところで
「はあ、そうですか」ですよねえ。
人間が100年相手を思い続ける、寿命が尽きてしまうけれど、ずっと愛し続ける、
滅びゆく命が前提なら、それは、感動につながるかもしれません。
が、「永遠の命を得た男が、愛する女性を取り戻し、ヴァンパイアに変えて幸せになりました。
めでたしめでたし」って、どこの中学生の妄想ですか?ではないでしょうか?
おそらく、こんなの新人が企画出したって、「ああ、ハイハイ」で蹴られて終わり、
「もっとよく考えてね」で「オレ、才能なのかな?」とスランプルートに落ちるレベルです。
でも、ビックネームがやると、世界的なヒット!となり、「美しすぎる世界」になるわけでしょう?
誰も止めなかったの???
いや、キレイですよ? 美しいですよ?
で、ダンサー、踊りっぱなしです。気の毒になるほどですよ?
でもさー!!!
着地が中二病で、ポカーンですよ。
しかも、スタンディングつき!? 大丈夫なの? ねえ、みんな、大丈夫なの???
切り捨てられたプランBで、ヴァンパイアになった苦悩とかがあったのでしょうか?
「100年待つなら、ヴァンパイアになればいいんじゃね?」的発想、そもそも、焦点がズレるって話にはならなかったのでしょうか?
興業的に、「アリモノ」の再加工じゃないと売れないのかな? 私が大絶賛のPWWはウケがそれほどよくなかったらしいから、「やはりみんなが知っている話をあなた流に」が、マシュー・ボーンに求められてしまっている役割で、業なのかしら?
昨日はビューティーシートで見ながら、いろいろ考えてしまいました。
このカンパニーのアンサンブルに入って、入った直後は「わー、入れた!」で嬉しいだろうけれど、その後、役付きがないと、つらいだろうなあと。いわゆる王道のダンサーでは、主役は回ってこなくて。
かといって、実力があるから役が取れるというわけではないでしょう。
主宰の好みもカラーもあります。
アンサンブルでも、目を引く人があちこちにいます。
たぶん、昨日、「わあ、ブレない。すごい」と感じたダンサーは、通常のバレエ団だとアクが強過ぎ、マシュー・ボーンのところだと主役の柄じゃないという、踊れるのにタイトルロールは回ってきにくいというスキマに入り込んでしまうと思うんですよね。
ココにいるのが好き。ココで踊っていたい。
そんな純粋な思いがあればいいわけですが、それ以上の欲が出てきたとき、アイデンティティを保つのが難しいだろうなあと……深読みしながら見ちゃいました。自分のポジジョンはそれなりに確立されていきますが、新人が次々に現れ、やりたくても回ってこない主役の座をかっさらっていくわけですから。
キャラの違い、運の違い、タイミングの違い……。持って生まれた役目の違い。それは、そうなんだけど、そうそう割り切れるものではないと思うんですよね。人間だもの。まあ、「あそこにいました」で、ハクがつく世界でしょうから、いいのカナ?
客席の期待、スポンサーの確保、ダンサーたちのメンタルケア、そして、最大の命題、新作の創作……。
世界を回る4年前の作品。4年も前の自分に責任を取らなくてはいけない状況。
過去の名声。今の自分を作った大ヒット作品。越えられない壁。いや、それは、気にしないのかな???
どれほどのものが、マシュー・ボーン氏の肩にのしかかっているのでしょうか。
そう考えてみれば、多少、話が中二病でも、「えー、それぶっこんだら、大前提、台無しじゃね?」でももういいのかな?って気がします。
立ち位置、見ているもの、求められているものの大きさから考えると、あれだけ甘口ロマンチストでいられることも才能なのかもしれません。
昨日、うっすら引っかかったのは、「ん? この後半の森の世界、なんで妖精が担当なわけ? ココは、オーロラに踊らせてもいいんじゃね?」でした。オーロラの体力温存のためかもですが、ベースにやはり
男性ダンサー同士の絡み、誘惑の図への憧憬みたいなのがあるのかな???と思いました。物語の必然性という意味では、オーロラが見え隠れのほうがわかりやすいですからねえ。なぜ、わざわざ妖精が出張るのか。一番肝心なトコ……、も、なぜか妖精が持っていきますし。
という一連の考察が、私にとっては、中秋の待ち人だったのかもしれません。
(お、話が戻りました!)
というわけで、「ロマンティックで美しい夢の世界へようこそ」仕掛けに落ち着くのでしょうね。
よし、これで私も世間並。でも、拍手はするけれど、スタンディングは出来ないなあ(まだ言っている)。






