いろいろ諦めモード

これまで、仕事を断ったことはありませんでした。

もうなんでもやりますよ。尊敬する人は、ハローキティですから!

しかーし、今回はもうどうにもなりません。
初めて、「無理です」とお断りしました。代わりに、他の占い師さんを紹介して、自分の仕事をしております。

そんなに真剣にやっているのに、終わりゃしないのです!!!

昨日は、ずっと行きたいと思っていたお能も断念しました。もっとも、チケット取りに出遅れて完売の憂き目にあっていたのですけれど。それでも、興業モノは、当日になれば、チケットが出てくる可能性があるので、劇場に行くつもりだったのですが。
おとなしく、断念。

明日もしっかりやるつもりですが、でも、予定よりも遅れっぱなしです。
もう週末の予定も飛ばさないと間に合わない感じです。

魔女さまたちのハロウィンパーティーに行きたかったのに!
笙仲間さんのコンサートに行く約束したのに!

両方無理です。きっと。すみません。でも、お仕事の依頼も断っているレベルなので。

たまには、「集中」。頑張ります!

大ソート大会

ただいま、大ソートがかかっている感じです。

ついでに、ふるいも、かかっています。グイングイン。

コレは、私の個人的な感覚なのですけれど、もしかしたら、どなたか「あ、私も!」もあるかもしれません。人間の意識は、ずっと下の下、奥のほうでつながっている説があるそうですよ。

こんなにブログはマメに更新しておりますが、ある部分を閉じておりまして。。
ついでに、社交断ちもしておりまして。人との交流は、業務連絡のみ。
あ、週末に、伊勢海老配りに行ったりしましたけれど、まあ、アレはノーカウントで。
そうするとですねー。ウソみたいに、楽なんですよね!

いいっすねえ、こういうのも、たまには!
というわけで、「あれ、章月さん、閉じているけど、大丈夫?」の方もご心配なさらないでください。驚くほど、イキがよく、驚くほど、よく寝ています。寝る子は育つといいますから、次回お目にかかる時は、さらに成長しているかと(横はヤだな、横は!)。

細かいコトですけれど、部屋の中心に置いていたゴミ箱をすみっこに移したら、空間的に健やかになりました。なぜ、部屋の真ん中にゴミ箱があったのかといえば、さかのぼること一か月前に水回りリフォームをかけたせいで、物の置き場がいまだに安定していなくて、まだ、ダンボールを避けながら暮らしているせいなんですけれど。

でも、コレ、おかしいですよね? 一ヶ月経って、なぜダンボール始末出来ないのでしょう?

こういう日常の淀み、あるいは、闇、解消していかないといけませんね!

でも、目下は仕事。ダンボールOK! 部屋の真ん中のゴミ箱OK!
まあ、年内に片付けばよしとしましょ。
きょうは、ちょいと息抜きしますが、今月は、基本働きますよ。おー。

みなさまも、どうぞ、実りの秋を。

 

鈍感人生vs敏感人生

鈍感な人と敏感な人、どっちがいいですか?

いきなり、引き合わせたら、お互いに反発しますよね。
「なんで乱暴な!」
「バカみたいに細かい」

で、仲良くなれれば、適材適所でうまく助け合えます。
合わないと、「あいつ、ヤなやつ」で終了します。

まあ、それだけのことです。
考え方や感じ方、人生の処世術があまりにも違うのですから、合わなくて当然、合えば奇跡、それくらいでいいんじゃないでしょうかね?
で、自分が鈍感タイプなら、「鈍感サイコー!」って思っていればいいし、
逆に、敏感タイプなら、「敏感こそ、我が人生!」って謳歌すればいいんじゃないかと。

だって、どっちも完璧じゃないし。
どっちも、偏っているし。

ある部分は鈍感だけど、ひとつの分野に関しては非常に細かくうるさいとか、
逆に、すごく過敏だけど、人に対しては鷹揚とか、もう人の数ほどパターンがあると思うのです。

行き違いやトラブルが起こっても、それはそれで。当たり前で。
そのとき、どっちが悪いとかは、ないと思うんですよね。

鈍感さんにとっては、敏感さんがイライラのモトになったとか、
敏感さんにとって、鈍感さんは許せなかったという組み合わせがあるだけで、もうそれは仕方がなくて。

簡単に言えば、何も直さなくてよくて。だって、ただのめぐりあわせですから。
鈍感だから、トラブルになる、逆に、ならずに済む。
敏感だから、トラブルになる、逆に、ならずに済む。
両方ありますよね?
もう役割の違いとしか言いようがないですよ。

鈍感な人は鈍感力で世界を動かしていき、敏感な人は敏感力で、世界を動かしていくのです。

学ぶべきことがあるとすれば、「こういうときは、ちょっと気を付けたほうがいいのかもしれないな」という気づきだったり、「あまり目くじら立てないで、ドンと構えたほうが周りが楽だな」っていう発見だったり、でも、それは、テクニックみたいなものですから、本質を変える必要なんてないんですよね。

ということを、最近、ぼんやり考えたりしておるのですよ。ハイ。

好かれたい病

「あなたは、人に好かれたいという思いが強く、そこに付け込まれているのかもしれません」

人生の先輩からいただいたメッセージの中にありました。
ホントに、その通りだと思います。

でも、最近、「ああ、私、限界なんだ」と感じる出来事があったので。
これからは、少し大丈夫かもしれません。

この「好かれたい病」は、やっかいですよねえ。
誰しも、好かれたい、愛されたいはありますものね。

アイドルとか、タレントさんとか、どうやってメンタリティを保っているんでしょうね?
「愛される自分」と「愛されないかもしれない自分」。
もともと、愛され度は高い人たちが芸能界に進むのでしょうけれど、それでも、全国から精鋭が集まる世界でしょ? ただ、キレイなだけ、かわいいだけ、スタイルがいいだけじゃだめで、プラスαの何かが求められて。
それが、人間性や華、歌唱力などならわかるけれど、それ以外の見えない力も働いているのが今の世の中で。そこで、「愛されないかもしれない自分」をどうやって保つのでしょうね?

なーんてことを考えていると、案外元気が出ます。
パリコレのモデル、ハリウッドセレブなんかを思い浮かべてもいいですよね。
みなさん、人間離れした存在なのに、それでも、浮き沈みがあるわけですよ。
世の中には、自分よりもキツい状況に置かれている人はたくさんいらっしゃいますね。

「好かれたい病」も、うまく使えば武器になるわけですよ。
いわゆるかわいげだったり、つきあいやすさだったりするわけで。
マイナスばっかじゃないです。
人に好かれたいと思うから、人間向上するわけで。

ただ、目的がそれだと、失敗するかもしれませんね。
ただの便利な人になっちゃいますから。
タレントさんからAVに行っちゃうようなパターンに近いというか。
「ニーズがあるよ、売れるよ」で、「そうかなー?」で出て、で、消費されておしまい。

確かに、「人に好かれる」「求められる」ではあるんですけれど。
入口がタレントだったってことは、ホントは、違う好かれ方、求められ方をしたかったんですよね?

でも、似たようなこと、多かれ少なかれありますよね。
幸せにつきあいたいだけなのに、体でつながる、お金でつながる。
さびしいのがイヤだから、イヤな友達にも作り笑顔でつきあう。

ねー? ないとは言い切れないでしょ?

「好かれたい病」は、人間を変質させます。簡単にダメにします。
私は、持病として持っているので、気を付けたいと思います。

特効薬はなんでしょうね?
ちょっと探しておきます。

 

 

 

『「かけ算」思考ですべてが変わった』

かけ算

また、自己啓発系に、ハマり始めております。ホラ、心が弱っていますから(笑)。
これは、秋葉原で見つけた一冊。2009年版、ロングセラーらしく、少々内容が古い部分もあります。でも、役立つ部分もいっぱいです。
もっとも、響いたのは、こちら。
「『予定をこなす』ためではなく、『成果を出す』ために仕事をする」
ですよねえ。うわー、耳が痛い!!!
「労働時間の長さではなく、質で考える」
「時間の家計簿」
「自分が『富士山』になるために全力を注ぐ」
「『TTP』を合言葉に」
ごもっとも!!!
半分くらいは、実践していますかねー? でも、残る半分、そして、根本的な意識の改革が出来るともっといいですよね。
当座は、仕事。可能ならば、出来る範囲で、自分の立て直し。
生活リズムの調整。目標の再設定。
そんなことを考えながら、読みました。新書版にしては、ちょいとお高め952円+税です。

自分を映す鏡

先週、ちょっと引っかかりがありまして。
で、相手にも伝えてみたりしたのですけれど。

素直に「ごめんなさい」って言っていただけて、そこで、目が覚めました。
ダメなのは、相手ではなく、私自身だと!

私も、同じことやるよな。でも、誰も、私のこと、責めないよね? みんな、お互い様だから。
なのに、今回、怒ったのは、自分のメンツをつぶされたように感じたからじゃないのか?って。で、うまくいかなかったのは、私のアレンジミスじゃないかって。

メンツなんて、心底どうでもよくて。
確かに、私にとって大事な人のお顔は曇りました。
それが、気になって、気になって、つい、同伴した人に言わなくてもいいことを言ってしまいました。

素直に謝罪が戻って初めて、自分のエゴに気づいたという図です。
思い通りに支配したかったんだね。私。
それは、あなたの勝手な思いで、自分のプライドを護るために、人を注意して、波風立てて、さらに、傷つけたよね? それは、言わなくてもいいことだったよね?

こういうのは、本当にダメですね。
人のせいではなく、私自身の問題でした。

同時に、こんな単純なことに気付けなくなっているほど、追い詰められている自分にも気づきました。もうアップアップ、窒息しそうなのです。
すべてをうまくやろうとして。
すべてをきちんとやろうとして。
すべてを完璧にこなそうとして。
あげく、自分を追い詰めて、人を責めて、傷つけて。ホント、バカみたい。

少し、いろいろ断って、力を蓄えたいと思います。
少し、絞って、拡散から凝縮へ切り替えようと思います。

私が八つ当たりしてしまった方、本当にごめんなさい。
理不尽な言いがかりのようものです。未熟なんです。足らないのです。
でも、お二人のおかげで、自分が見えてきました。今の私、ダメじゃんって。
全然、ダメじゃんって。

ちょっとこの先、いろいろな立て直しをしてみたいと思います。
ハードな仕事強化期間に入るので、しばらく、いろいろ削ぎ落として。
それを抜けたら、真人間になれますように。

まあ、ひとつだけ、わかりました。
もうそんなにたくさんは、持てないって。
いろいろは、無理。少しをじっくりがいいって。それだけは、わかりました。
来月は、もうちょっといい人間になります。今月は、もうキャパいっぱいデス。

自分をいたわること

昨日は、三週間ぶりのアーユルヴェーダの日でした。
もう目がショボついてダメで。
あと、ここずっと続いている慢性的な無気力、こんなにアクティブでも、無気力は無気力なんですよ。あはは、信じてもらえないかもだけど。

クリニックに行く前に、ここ三週間であったことを書き出してみたら、ずっとプレッシャーがかかっていて、同時に、細かいイヤなことが積み重なっていることに気づきました。
怒るほどじゃなく、泣くほどでもない。
「しゃあねえなあ」とガマンしなきゃいけないこと。

それが、多方面からちょっとずつやってきて、心の奥底で全部がぐちゃっとなって、こんがらがっていました。

あー、そういうことかー。
やっと自分の状態を理解しました。
やたら眠くて、気力が続かなくて。仕事と予定をこなすだけで精一杯な理由が見えてきましたよ。

で、施術を受け、最後にお風呂をお借りしたら、めっちゃ眠くなりました。
身体の正体がなくなって、だらんとしちゃって。ほぐれたのでしょう。
そして、「あー、ラクーアに行っていない!」と気づきました。

身体をいたわることを忘れてしまっていたようです。
みなさまは、いかがでしょう? ただただ、頑張りすぎてはいませんか?
やらなきゃいけないこと、たくさんありますけれど。
あなたがいないと困るわけですけれど。だからこそ、お体を休めてくださいね。
季節の変わり目、体もしんどいときです。
ご自身をいたわってあげてくださいな。私も、そうしますので。

そして、美しい季節を迎えましょう。まもなく、月も満ちますしね。

ヴィオール×笙

 

ヴィオールと笙の競演を楽しんできました。
フランスでヴィオール、イタリアではヴィオラ・ダ・ガンバと呼ばれる弦楽器は、初めて聞くのに、なぜか懐かしい音色でした。
音に誘われ、意識だけは、ベルサイユ宮殿へ連れて行かれます。

豊かで、美しい世界でした。

たまたまなのですが、これ以上、ないほど近くで聴けたため、笙のソロになると、私の足元に横に倒されたヴィオールのヘッドがくるのです。

で、そのヘッドには、女性の頭部の彫刻があしらわれていまして。

めっちゃ、気になるやん!

エセ関西弁、すみません。

とにかく、めちゃくちゃ、気になるんですよ!

 

終演後、うかがってみました。
「彼女の名前は?」
「よく聞かれる。名前は、まだない」

わかりました。我輩は猫であるのですね。

 

しかし、聴きながら、「うーん、マリアか、アレキサンドリアだな」と、勝手に名付けていましたが(笑)。
他のお客様に聞いても、「うん、マリアっぽいね」とマリア票が集まりました。ふふふ。まあ、仮名は、マリアってことで。
人様の楽器、なに、名付けてるんだか、よくわかりませんが。

 

しかし、楽器のヘッドの顔、なんだか存在感ありますね!
寡聞にして初体験だったのですが、機会があれば、他の彫刻も拝見したいです。
船のフィギュアヘッドは、魔除けや運航の安全祈願の意味があるそうで、楽器も同じと教えていただいたのですが。
歴史や意味、バリエーションなど、知りたいなあと思いました。マリア(仮)ヴィオールさんにも、また、いつかお会いできますように!

 

 

 

キッチンな一日

きょうは、リフォーム後、初めて家のことをじっくりやれました。

リフォーム前に動かした冷蔵庫やベッドを正しい位置に戻し(今までできなかったのです!)、
新しい台所に合うように、小物を買いに行きました。

いろいろ買いました。

まず、カッティングボード。安いまな板を使っていたのですが、気楽に黒ずむんですよ。
漂白しても追い付きません。
エピキュリアン社のカッティングボード、ブラックもかっこよかったのですが、売り場に並んでいるだけなのに、妙に傷が多く見えて、気になってしまい、ナチュラルを選びました。

アーユルヴェーダ用の白湯作りのためのミニケトル。
これ、別になんでもいいんですけれど。

いつも使っているヤカンだと、家族が勝手に水を足したり、せっかく煮詰めたのに捨てちゃったり、確保が大変なんですよ。なので、専用に小さいやつを買いました。パール金属のちょHOT。
おしゃれ雑貨屋なんかをあちこち見たのですけれど、結局イオンで1280円という安価で見つけました。かわいいんですよ。口もパカッと開いて、非常に使いやすい。笛はついていません。しかし、写真はナシです。なぜなら、どうやっても撮影者が映ってしまうせいです。今見てみたら、ネットよりイオン実売のほうが安いですね。へえ、意外!

あとは、インスタントコーヒーを入れるガラス瓶とか買って、非常に満足しました。

で、ずっとキッチンにいました。
生栗をいただいてしまい、渋皮煮にしようって思ってしまったのが、大きな理由です。
初めて挑戦してみましたが、めちゃくちゃ手間がかかるんですね。
栗のアクって、すごい!!!
ひゃー! 栗のお菓子を作る人たちを尊敬します!!! ひゃー!!!

ついでに、先週から育てているおでんに、スジと大根とこんにゃくを追加しました。
下茹で地獄&アク抜き地獄です。相変わらず、バカ一直線です。

「週末、ゆっくりするはずじゃなかったの?」と友達につっこまれましたが。
まあ、普段出来ないことが出来たので、立ちっぱなしでも、ちょっと楽しかったです。
ホットケーキミックスを使って、栗の渋皮煮&いただきものドライババナ入りのパウンドケーキも作ったりして。

作りすぎて、食べきれない予感もしますね。幸せな秋の一日でした。

足し算ちゃん

このブログのタイトル、「私が出会った不思議な人」に変えるべきかもしれません。

昨日、電話がかかってきて、小一時間つかまりました。
すごく悩んでいる風なのですが、悩みのポイントがどんどんズレていくのです。

あれも問題、これも問題。

聞いているうちに、気づきました。
「ねー、あなた、足し算ばっかりしていない?」
「足し算ですか?」

そー、足し算。
あれも、これもてんこ盛りにして、いろいろ加えていたら、そのうち、確変が起こるんじゃないかって期待してしていて。
でも、残念なことに、今のやり方だと、あちこちからフライヤーを集めてきていて「これもある」「あれもある」をやっているだけだから、ただのカタログ屋みたいになってしまっていて。

ご自身でもわかっているようでしたが、口だけの人になっちゃっていて。
これからは、引き算を覚えなきゃ!
そういうと、「昔は出来ていた」と答えが戻ります。
でもさー、今は出来てないんでしょ?

また、やってみましょうよ!

あれもこれもと、話がエンドレスになるから、「これとこれとこれ、3つに絞って。10日後に聞くから」ってしました。

人間、そんなにキャパないから!
一度にひとつずつやっていくしかないのです。

あれもこれもと気を散らし、欲張っていると、キョロキョロ人生で終わってしまいます。
決められない、始められないのは、自分が無価値だと知るのが怖いせいでしょう。
まあ、誰にでもありますよね。可能性を残しておきたいのです。

過剰な自信と過剰な不安、どちらも、現実からかけ離れていて。
現実は非常に不確かなものですけれど、それでも、一定の質感はあって。
それを実感し、自分のものにしていくには、ある程度のガマンや積み重ね、辛抱強さが必要で。

イージーな方向に流れると、もうイージーな生き方しかできなくなります。
評価は他人が決めるものですけれど、価値を上げるのは自分です。
ときとして、評価が価値に見合わなかったり、価値が評価に追いつかなかったりしますけれど、まあ、それはそれ。長い目で見れば、バランスは取れていくもので。

始めなきゃ! ね? 始めましょうよ。
何者でもない自分、そんなに楽しくないでしょ? 今より悪くなることなんてないんだから、踏み出して。想像よりも、ずっと地味な時間の連続だけど、それでも、進まないと見えないものがあります。スタート地点で、あれこれ心配していても始まらない。そう思いません?