海

昨日は、高校生の姪ハルちゃんをピックアップしに、房総の街へ行きまして。

ハルちゃんが「『BLENDA』を読んでいるよ」というので、大変驚きました!
「え、書いているよ?」
「知っているよ!」

というわけで、姪っ子ハルちゃんおもてなしdaysとなります。
なんだか、こちらまで、夏休みっぽい感じです。

海

姪の家は、完全なオーシャンビューで、一度泊まったことが
あるのですが、「ココ、ホテルなら、相当高いぞ」なのに、
慣れすぎているらしく、なぜか内陸のプールに泳ぎに来たりします。

「普通の人は、ハルの家のほうに、わざわざ泳ぎに来るんだよ?
なぜ、何時間もかけて、プールに行くの?」
「プール楽しいじゃん」

楽しいかもだけどさー!
海の子の発想は、いまひとつつかめません。

「だって、家の前で泳いだら、タオルすらいらないでしょ?」
「いらないね」
「自宅が海の家みたいなもんだもんね」
「でも、うちの街、何もないよ?」
それは、確かに。駅前には、ジュースの自動販売機しかありません。
コンビニすら、ないのです。

きょうは、『sho-comi』と『ちゃお』のサマフェスがパシフィコ横浜で
開催されます。
『あやかし緋扇』のくまがい杏子先生のサイン会があるので、
うらないBOOKのご挨拶に、チラッと顔を出そうかと思っております。

さて、どんな一日になりますことやら。

あ、写真は、イメージです。姪の海は、もうちょっと、荒々しい海岸です。

終戦記念日

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花火って、夢のようですよね。

闇夜にふわっと浮き上がって、一瞬で消えてしまって。

 

でも、これが戦時下ならば、打ち上げられることは、考えられないでしょう。

平和だからこそ。

 

きょう、友人が教えてくれました。
「今年から、広島長崎の原爆の黙祷のための鐘がなくなってしまって」
地元で、「うるさい」って苦情が出たんだそうです。

考えられません!

 

「原爆記念館の人形も、子供が怖がるからって理由で撤去されるらしいよ」
広島に住んでいたもうひとりの友人は、「怖いからいいのにね」って言います。
「怖いから、あんなことは、二度としないって思うのにね」

私は、広島も、長崎も、原爆記念館行きまして。

どっちだったかなあ? 長崎かなあ? 「日本にいた外国人も被害にあった」みたいな記述があって、 非常に驚きました。 「非常時なのに、差別された」と。

原爆が投下され、街が壊され、人が生死の境をさまよい、何がなんだかわからなく なっているときに、国籍なんて、イチイチ気にするのでしょうか? 命が消えかけているときに、異国の人だから助けないなんて、 あるんでしょうか? 差別があったという主張が、原爆記念館にデカデカと 掲げてあって……。 本当に、驚きました。

原爆、落とされているの、日本だけですから。 核の危険性を、悲惨さを世界に訴えられずに、「怖いから」という理由で人形を撤去するなんて! なぜか差別問題にすり替えさせられてしまうなんて!  本当に情けないです。

仮に、原爆投下後にも、差別があったのならば、その施設を別に作ればいいと思うのです。
もうひとつの物語として、伝えていけばいいでしょう。
きちんと資料を揃え、証言を残し、世界に訴えていけばいいのです。
原爆の被害を記録するスペースにデカデカと掲げると、軸がブレますから。
それは、違う物語だと思うのです。違うが言い過ぎならば、アナザーストーリー。スピンアウトで、別に深めましょうよ。

311の前に、エネルギー問題に興味を持って、そういう集まりに顔を出しました。 そのときは、祝島の原発施設の反対運動が巻き起こっていて。 原発反対な人たちがゲストで招いたのが、風力推進派の専門家でした。 つまり、場の空気としては、「原発はダメ。風力イイネ!」だったわけです。 ところが、聴講者の中に、「本当に、風力は安全なのか?」と問題提議する方が いらっしゃいまして。

この方の疑問、質問に対して、風力推進派の専門家の態度は本当にひどくて。 簡単に言えば、「素人に何がわかる。黙っていろ」でした。 どうもこじれているらしく、半ばケンカ腰。
私には、どちらが正しいのかはわかりませんが、でも、エネルギーを生み出す サイドの人は、非常に高圧的で、独善的になるのだと感じました。 原発推進派とほぼ同じ態度なんですよ。 ただ、原発が、風力に変わっただけ。

風力発電で健康被害が出る可能性について、説明らしい説明がないまま、 原発はダメだけど、風力ならば!で、どんどん話が進んでしまい、 黙って聞いていた私は、心底イヤになってきて。 「こういう独善的な姿勢で物事が動いていくなら、ひどい被害が出るまで、 エネルギー施設は作られていくんだ」と理解しました。 「祝島も、止まらないだろうなあ」と。

そして、311が起こりました。

私は専門知識ないし、何が正しいのかわからないけれど、 でも、エネルギー問題は、暴走しやすいんだと感じます。 誰かが「こうしたい」と強く願い、そこに、利権が生まれ、お金が動き、 人が動き、ハッと気づいたときには、もう止まれなくて。

戦争も、同じ。 原爆も、きっと似たような経緯で投下されて。

若いころは、辛気臭いと思っていました。 戦争の話なんて、聞きたくなくて。 原発記念館なんて、近寄りたくもなかったです。

でも、今は、ちゃんと学ばないといけないと思うのです。 核の恐ろしさ、戦争のむごさ。

「使いきれないくらいお金があるから、僕は、遊んでいるんです」と 言った人がいました。 その人が「核分裂ではダメだけど、核融合ならば、という流れが あるんですよ」と教えてくださって。 でも、それっきり縁が切れてしまったため、続きはわからないのですが。

いつか人類は、核を使いこなせるようになるのかもしれません。 役に立つツールになるかもしれません。 でも、今は、地震で狂った原発施設を制御するだけでも、大騒ぎで。 そのくせ、真実は伝わってこなくて。

いろいろなすり替えが起っていて、言葉巧みに、意識を変えられ、 視点をズラされてしまって。

8月15日は、終戦記念日です。 私も戦争は知らないけれど、でも、いつまでも花火を楽しめる国に 住みたいと願うのです。

 

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慣れの問題?

行き帰りだけで、往復6時間コースの調律会が終わりました。

笙は非常にデリケートで、手のかかる楽器で、
昔ながらの方法で、調律します。
一般には想像しがたいような工程を踏みます。
孔雀石を水に溶かしたり、松脂やら、蜜蝋やらが登場するのです。
石を水に溶かす??? もう意味がわかりませんよね。
千年以上前からある楽器ですから。
もう悠久の時を奏でるわけですよ。

世が世ならば、私なんぞ、下々の者が触ることなどない楽器ですが、
今の時代は、習い事の形で手に入れることも出来るわけです。
しかし、何年やっても、上達の気配はなく、
後から始めた方に気楽に追い越され、まあ、辞めなければいいや、
おばあちゃんになったときに、ちょっと吹ければ、それでいいという
超適当な立ち位置でおります。

往復6時間、つまり、片道3時間というのは、ちょっとした小旅行です。
基本的に「遠いから、私は都内でお願いします」としているのですが、
どうしようもないときは、行くしかありません。
行けば、自然がいっぱいで、温泉もあって、のんびり出来るのですが、
のんびりの後に、電車で3時間が待っているので、実は、過酷という、
この複雑さ!

しかし、7月末に1回、8月に2回と間をあけずに行くと、だんだん慣れてきまして、
「あれ、もう立川までは苦じゃなくなったぞ」と気づきました。
これまで、「ヤダ、遠いから行きたくない」だったのに、
今回でどうやら、テリトリーが広がったようです。
あ、立川がイヤなんじゃなくて、遠いからですからね。

慣れって、すごいですねー。
きっと、海外によく行かれる方は、「ミラノ? ああ、あっというまよ」とか、
「エジプト? うん、また、行くよ」みたいにテリトリーが広いのでしょうね。

まあ、とりあえず、往復6時間×2日間の予定を無事に消化して、
心がほぐれております。

私の笙は、買ったときから難があったことが判明いたしまして、
先生のところに入院と相成ったのですが。
でも、まあ、そういう問題があるところも、自分っぽいなあと思ったりいたします。
不完全だからいいと言いますか、キャラ立ちしていて、かわいらしいというか。

さて、きょうも遠出でして。きょうは、往復4時間でしょうか?
昨日、一緒に笙を習っている方に言われまして。
「なんで、そんなにパワフルなの?」

あ、あと、コレも言われました。
「自由だねー」

詰め込み性分で、生き急いでいるだけですよぉ。
ただ、なんとなく、自分はそう長くは生きない気がしていたのですが、この前、
手相を見ていただいたでしょ?(だから、あなたの仕事はなんなの???)
そのとき、「典型的な長生きの相」って言われて、もう「エー!」ですよ!
この自分の中にある「まあ、いわゆる老後はなさそうだなあ」って感覚と、
ポンッと飛び込んできた「長生き」キーワードが合わなくて、
もしかしたら、占いって、運命の書き換え効果があるんじゃないかと
感じたりいたします。
本人が「短編小説」って感じているのに、
「いやいや、この話は、長編ですよ」みたいな意見が飛び込み、
そうすると、「えー、そうなの?」で、ちょっとブレが生じちゃいますよねー。
私は、細く長くよりも、太く短くがいいって思うのですが、
このままだとうっかり、太く長くになってしまうかもしれなくて、
そうなると、ハイテンションが永遠に続くのではないかと。
ひとりでドキドキしております。
密度が濃いのはいいんですけれど、でも、生身の身体ですしねー。ねえ?

あれ、話がズレまくりました?

自由は、まあ、確かに。親の介護や子育て、家の伝統を守るなどのしがらみがない分、
適当に時間は、組み立てられます。
でも、海外に行けるわけでもないですし、高価なブランド物を持つわけでもなくて。
好奇心にひっかかったものを「なんだろー?」で、のぞきみしている感じでしょうか?

自分を取り巻く状況が変われば、適応して、最善のスタイルになるでしょうし、
まあ、今は、こんな感じでいいんじゃないかと感じたりしております。

昨今は、人のつながりがぐるぐる渦巻き、「え、ソコとココ、つながっているの?」が
わかったりして、非常に面白いです。
「どんどん早くなっているって言うしね」
件の笙仲間さんの言葉ですが、私も同感です。
早い渦の中、濃い密度の毎日、その中で、体力や気力、時間やお金を消化するだけで
終わらずに、自分なりに累積して、何か形になっていかれたらいいなあって思います。

さて、一日を始めましょう。
きょうは、終戦記念日です。

 

MEカラーセラピー講座にお邪魔しました

あやかし緋扇の占いBOOKの中には、366日誕生日の伝統色占いが
載っております。

あやかし緋扇

この原稿を書かせていただいていたときに、参考に読んでいたのが、
深瀬啓介さんのMEカラーセラピーのブログでした。
MEカラーセラピーって、なんでしょう???

ちょうど、東京で特別セミナーがあると知り、申し込みしてみました。
そして、きょう、伺ってきました。

カラーセラピーとは、色を使って心を癒す方法。
心が癒されれば、体もゆるみ、問題解決に近づいていく可能性があります。

赤、橙、黄、黄緑、緑、深緑、紺、青紫、紫、赤紫
桃、薄茶、水色、茶、苔色、黒、灰色、白

えっと、色の名前、ちょっと違うかもしれませんが、こんな感じの18枚の
カードを使って、、リーディングが進んでいきます。

まず、「今の色」を選び、次に、「未来の色」を選び、最後に、もう一枚、
選ぶ流れになっていました。

参加者が多かったためか、いろいろなシンクロが起っていたように思います。
深瀬さんがくじのように、ランダムに人を選んで、その方の選んだ色について
お話が進んでいくのですが、土曜日の昼下がり、時間とお金をかけて参加される
方は、ちゃんと考えていらっしゃるんだなあって印象を受けました。
特に、「灰色」から、「ニュートラルに話を聞こうとしているから」と説明された
方がいらっしゃって。
実は、私も、「今のカード」は、「水色」で、それを選んだ理由は、
「きょうは、自分を消して、聞くこと、感じること、学ぶことに集中するため」でした。
もう1人、別の方も、「きょうは、先入観を捨てて聞こうと思った」とおっしゃっていて。
なんだか、似ているなあと一人で納得しました。

でも、これ、この前、癒しフェアで森村あこさんがおっしゃっていた
「蟹座のシンクロ」に近いのかもしれません。
話がちょっとズレちゃうんですけれど、あこさんは、こんな話をなさっていました。
「蟹座の人は、自分のためにカードを引いても、その場にいる誰かにシンクロして、
自分に用事のないカードを選んだりしやすいんですよねえ」って。
なるほどねえ。あるかもしれません。

もっとも、深瀬さんも「ユングの集合意識、そして、その先、さらに深層にあるもの」の
お話はされていましたけれど。

参加者全員が女性、比較的狭い空間だったため、お互いが近く、あんなに暑い日だったのに、
キャンセルもせずにきちんと集まるのには、それなりに何か共通のモノがあるのかもしれないと感じました。

少なくとも3人、「きょうは、自分のフィールドにしない」って思っているわけで(笑)。
きっと、いろいろお話したら、「私も」「私も」ともっと出てきそうな気がしました。

深瀬さんのお言葉を借りれば、「色から言葉を連想できない人はいない」そうで。
確かに、そうかもしれません。
これが、タロットカードとかですと、小難しく考えてしまって、心の迷路に入ってしまうかもしれません。
色だと、「みんな、知って」いますから、身近ですよね。

1枚目は、水色。これは、自分を無にして、新しい知識を吸収するよ、場をスムーズに流すよって意識の表れだと思います。
2枚目の未来に選んだのは、緑色。成長と安定でしょうか。
3枚目は、オレンジ。これは、昔はキライな色でした。自分の中で、ちょっと掘ってみたら、
「あ、そっか。母に押さえつけられた個性、否定されたパーソナリティだ」と感じましたよ。
ふふふ、3枚目が何を表すのか、参加されないとわからないでしょ???
気になる方は、いつか深瀬さんのセミナーに行かれてみてくださいな。
入門編くらいの知識はいただいてきましたので、聞いた範囲ではお話しできますけれど。
でも、「なになに、面白そう!」なら、直接お話をうかがうのがいいと思いますよ。面白かったです。

本当は、他の参加者の方とお話ししたりしたかったのですけれど、きょうは用事がありまして。
一番に抜けてしまいまいました。ちょっと、心残りです。でも、仕方ないのです!
行った先は、晴海。そう、東京湾大華火祭です。

IMG_3876 IMG_3867 花火

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友人に「カラーセラピーの後に、カラフルな花火とは、おしゃれですね」って言われて、
言われて初めて、「確かに!」と思いました(笑)。
実際は、移動が大変で。やっと席を確保した途端、花火大会が始まったのです。
ちょっとむりやり詰め込んでしまいました。まあ、毎度のことですが。

日本の夏、金鳥の……、うーむ、刷り込みってイヤですねえ。ともあれ、空の華、美しかったです。

東西南北

この前の癒しフェアで、太陽と月の魔女さまとお知り合いになりました。

太陽の魔女は、マリィ・プリマヴェラ先生。
月の魔女は、小泉茉莉花先生。

以前からお名前は目にしていましたが、リアルにお目にかかると、グッと
親近感が湧くものですね。

太陽と月、お二人にとてもよくお似合いでした。

太陽と月に匹敵するような言葉って、なんだろうって考えていて。
古典的ですが、「東西南北かあ」って思いつきました。
で、そこで、ハタと考えが止まったのです。
「もしも、東西南北なら、自分はどこに所属するのだ???」

東の魔女だとしたら、いろいろ融通がききそうです。
東は、始まりの座標。さらに、遠くへと行くイメージがあります。
東洋の魔女だと、バレーボールですが。太陽の始まる場所へ。

西の魔女は、死んだ……。小説のタイトルになっちゃいますね。
知恵にあふれ、大きい鍋を抱えていそうです。
ハーブガーデン、足元に黒い猫。マントも持っているかもしれません。

南の魔女は、豊かさの象徴でしょうか?
そして、南国のジャングルみたいな野生もありそうですね。
髪の毛は、なんとなく、もじゃっとしていて。使える魔法がデカそう。

北の魔女は、秩序の象徴。厳しく、クール。
長いドレス、きちんとまとめた髪の毛。
血の気のない顔、冷たい空気。その奥にある情熱が見え隠れして。

1人の友人は、私のことを「西の魔女」と呼びますが、西なのでしょうか?
エネルギッシュな感じの南も、いいですよねえ。
で、その対極にある北にも、惹かれます。ザ・クールビューティー!
なぜか、すばしっこいイメージがあるのは、東の魔女でしょうか?
この人は、箒にまたがっていそうです。びゅんびゅん飛んで、
超情報通。
「最近、魔界では、コレがはやっているのよ」
「魔王のご機嫌が悪いみたい。だから、ホラ、天候が」みたいに、
いろいろ知っていそうです。

こういうイメージ、どこから生まれて、なぜシンボルとして定着するのか。
考えてみると面白いですね。

東西南北、選びにくいなー。
でも、選べないってことは、決めないってことで。
後から変えてもいいから、とりあえず、「コレ」ってしたほうが形が
組みやすくなりますよね。

憧れは、北ですが、オオカミとか従えたいじゃないですか!
でも、それは、ちょっと自分のイメージとは違うような気がするので。
なんとなく、東属性でしょうか? アクティブで、仕掛ける感じ?

しばらく、そんな感じでいってみようかと。
みなさまは、ご自身をどこの属性だと感じます?
東西南北、未完、成熟、原始、規律。

火地風水も、楽しそうですが。
火の魔女、土の魔女、風の魔女、水の魔女。

イメージが際立つのは、水の魔女ですね。
五行ならば、木火土金水。金の魔女だけ、妙に生活密着型ですねえ。
インド風に、空を入れてみると、空が格上って感じがしちゃいますね。
やはりカースト思想の原点が、その辺にあるのでしょうか?
え? 格上って感じるのは、私だけ???

ただの言葉遊びですが。
自分をどんな人なのか定義するって、ちょっと楽しいですよね。
男性だと、魔法使いかー。
東の魔法使い。
西の魔法使い。
南の魔法使い。
北の魔法使い。

ふむ。北の魔法使いが、やはり重鎮って気がしますね。
で、黒幕が南。なぜ、東には、小物感がつきまとうのでしょう?
このあたり、考えてみると、楽しい気がします。

きょうあたり、太陽と月の魔女カードが届きそうなので、また、
御報告しますね! とっても楽しみです!

ブログ考

この前、友人と話していて、軽い相談みたいになっていて。

友「もっと、私もちゃんとやらないとって思って!」
私「無理することないよー。んなの、負担にならない形でやればいいんだよ」

その辺まではよかったのですが、その続きがいただけなくて。

友「名刺を作らなくてはいけなくて」
私「仕事するなら、名刺は、あったほうがいいよね」
友「HPのドメインだけ取って、工事中でもいいから載せたほうが
いいって言われたんです」
私「えー、工事中なら、いらないんじゃない? 見ないよ、そんなの」
友「でも、出版社の人に言われたから」
私「HPだと、すぐに出来ないでしょ? ブログでいいんじゃない?
私も編集さんに言われたけれど、ブログで、結構用事が足りるよ?」
友「でも、出版社の人が、『ブログで垂れ流すことはない』って
言うんですよ」
私「……」

この会話の不毛さ、伝わります?

じゃあ、ぜんぶ、出版社の人の言うこと聞けばいいんじゃないのぉ???
なんで、イチイチ、私に意見求めるの???

それに!!!

こちらをお読みくださっている方は、ピンときますよね?
私、ここ半年、ブログを結構熱心にやっているんですよぉー!!!
友人なのに、人の努力や苦労、全否定なんですかね?

これは、久しぶりにカチーンと来ました。
問題の友人は、どうせ読んでいないでしょうから、気楽に書きますが。
一緒にご飯食べて帰るつもりだったけれど、「もう帰る」って
自然に、口から言葉が飛び出しました。
そして、次の瞬間には、もう帰っていました。
我ながら、撤収、早っ!
いやー、でも、こんな不毛な会話、お相手する必要ないでしょ? ねえ?

でも、実は、ここはどうでもよくて。続きがございます。

帰り道、ひとりでプンスカしていました。
誰も、好き好んでブログやってないよ!
でも、仕事でちゃんとしたいって思うから、書くんじゃないかって!
などなど、プスプスしていたわけですよ。プスプス。煙が出ていたかもしれません。プススス。

また、「出版社の人が『垂れ流すことないよ』って言った」というのにも、傷ついているわけです。
あーあ、いいですねえ、あなたは大事にされていて。私とはえらく扱いが違いますねえ!!!
とまあ、すっかり、やさぐれていたのですが。

心は大荒れなのに、それでも、帰宅してブログを更新する私は、やはり真面目な山羊座委員長でして。
で、書いているうちに気づいたのです。

「あれ、別にイヤじゃないぞ」と。

あ、きょうの日記は、これがテーマなんですが。

私、ブログ、イヤじゃないんですよ!!!
垂れ流しって言われれば、確かに、そうかもしれないですけれど。
書かないと、いろいろやっても、流れて忘れちゃいますしね。
自分も人様のブログを見て、いろいろ学んだり、楽しいこと教えてもらったりしていますし、
情報って、流せば入ってくるし。ブログ、きっかけで、手相見てもらいにいったりしたし。ねえ?
また、自分のブログ見て、やったことを思い出したりもします。意外に便利なんですよね。

この前の癒しフェアでも、ブログ見て、来てくださった人がいて。
感動します。ホント、嬉しいです。
読んでご来場くださるのは、いつも気にかけていただいているからですよね!
人はみんな、忙しいし、いろいろやらなきゃいけないこともあるし、いつもいつもつながって
いられないけれど、ちょっとしたスキマで、思い出していただけるなんて、なんて幸せなんでしょう!

交流が主体のSNSではなく、ブログは、ほぼ一方通行ですから。
もちろん、コメントくだされば、返しますが、それは、すごく稀なこと、貴重なことだとわかっています。
読んでくださっているだけで、嬉しくて。
同時に、ちゃんとお時間いただけるような内容にしたいって思うのです。

そう、この長い日記、何が言いたいのかといえば、
私、ブログ、嫌いじゃないんですよ! 気づいちゃいました!!!ってことなのです。

実際、私が「いいお仕事されているなあ」って人は、ブログちゃんと書いていらっしゃいます。
占いのことだったり、日常だったり、お仕事の告知だったり、さまざまですけれど。
お人柄が伝わり、「ああ、頑張っていらっしゃるなあ」とか、わかって、励みになって。
自分が今、何をしているか、何を考えているか、きちんと発信している人を、私は信用します。尊敬します。

ブログ、ムダな垂れ流しじゃないって思うんですよね。
毎日、書かなくていいし、読まなくてもよくて、でも、それでも、たまに、思い出した時に、
「あ、章月、なにやっているかな?」みたいな感じでのぞき見出来たらよくて。
でも、そこに、何かの断片があると、「そっか、そっか、私も、元気だよ」とか、「私も落ちているよ」とか、
なにか、言葉にならない対話になったりするじゃないですか! そういうこと、結構大事だと思うんですよ。

まあ、戦略的に、勝手に発言されちゃ困るってこともありますからね。
もしかしたら、友人は、そういう扱いなのかもしれませんが。
ま、しがらみがないうちは、気楽にやらせていただこうと思っております。

というわけで、友人の無神経発言に「ムッ」としましたが、おかげで、自分が結構楽しく、
ハッピーに暮らしていることに気づいてしまいました!

しっかし、冒頭の友人は、何を求めていたのでしょうか?
何を言って欲しかったんでしょう???
何て言えば、正解だったのでしょう??? 高度すぎて、私にはわかりません。
ま、いっか。

きょうも、おつきあいくださり、ありがとうございます。明日もいい日でありますように!

歩け、歩け!

ウォーキングを始めて、3週間くらい経ちました。
どうにも時間が取れない日以外は、頑張って歩いているのですが。
一昨日、体重計に乗ったら、3.8キロも落ちていました!
まあ、モトがいっぱいあるせいなんですけれどね(大笑い)。
標準な方なら、1、2キロって感じですよ。割合でいけば!!!

それでも、ずっと体重が動かなかったから、これは嬉しかったです。
初めてのサイン会で、緊張していたせいもあると思うのですが。

継続は力なりですなあ。

一日一万歩を目指して歩いているのに、まったく体重が変わらなくて。
やっぱり年かーって思っていたのですが、それでも、続ければ、結果に
結びつくのですね!
なにも変わらないように見えて、変化は起っていて。

非常にささいな成功体験ですけれど、これが次へ進む原動力になる
気がいたします。きょうも、いいお天気。歩け、歩けでございます。

象鼻杯を体験してきました!

象鼻盃

7月30日、社団法人園芸文化協会主催の観蓮会に参加してきました。
場所は、上野・不忍池。朝7時半から受付、8時スタートです。

 

上野動物公園のご厚意で、園内の池を拝観できました。なんと、園長さん直々のお出迎えです。
すごい企画に参加してしまったのかもしれません。
ガイドは、江戸園芸研究家の小笠原左衛門尉亮軒さん。
80人もの参加でしたが、イヤホンガイドで、離れていてもきちんとお話がうかがえます。

蓮 蓮 蓮

蓮は、開花してから4日で散るそうです。写真は、それぞれ、一日目、二日目、三日目。

蓮

そして、左奥が四日目。

早朝30分くらいかけて、ゆっくりとほころび始め、お昼には閉じてしまうそうですよ。

上野動物園の中の池に比べると、弁天堂の周りは、ヨシやガマに押されてしまって、
蓮の生息スペースが逼迫しているそうです。
「動物園の中に比べると、花の数が少ないでしょう?」
ホント、その通りです!

「本来、人の手で手入れをしないといけないもの。ヨシが枯れると、そのまま、島になってしまい、
やがては、池が消えてしまう」そうですよ。

象鼻杯  象鼻杯

場所を東叡山寛永寺辯天堂書院に移しまして、
寛永寺の寛永寺長臈(ちょうろう)の浦井正明さんによる「仏教における蓮」、
江戸園芸研究家の小笠原左衛門尉亮軒さんによる「江戸時代のハス」のミニ講演がありました。

蓮は、仏教にとって非常に大事な花。
そして、かつて、不忍池には、10種類もの蓮があったそうです。

一般に、象鼻杯で知られていますが、雅な言い方は、「碧筒酒(へきとうしゅ)だそうです。
象鼻杯

蓮の葉を盃に見立て、お酒などをいただきます。

蓮

弁天堂の境内に戻ると、こんな風に用意されていました。

象鼻杯

広げた葉を渡されます。

象鼻杯

まず、葉の上でころがして、色香を楽しみます。非常にキレイです。
そして、ストローのように、クキを使って飲むのですが……。

すきっ腹の朝11時のお酒、回りますっ。危険です。

象鼻杯

帰り道、枯れかけた葉も映してみました。かつては、こういう枯れた葉も、
美の対象だったそうです。枯れてもなお、美しい蓮。
散った花にも、「散蓮華」という名がついていたそうです。

優雅な時間を過ごさせていただきました。
「象鼻杯」で調べると、あちこちで企画されています。
ぜひ、一度、蓮の杯、お試しくださいませ。

パワーゲームは、うんざり

友人の紹介で知り合った人と週末に飲みの約束をしていたので、
「アレ、どうしますか? そろそろ決めないと」と打診したら、
戻ってきた返事は、「共通のお友達の予定を確認してからにしましょう」でした。

暑いし、予定があったしで、その場は流したのですけれど、
時間差で「ん?」とひっかかりまして。

要は、「主役は誰なのだ?」ってことですよね。
主役は、私であり、その約束した相手じゃないんですかね?
なんで、紹介者の友人の都合ありきにすり替わっているんでしょう?

友人の紹介で知り合ってはいますが、約束した時点で同席した
友人はノリ気ではありませんでした。だから、都合がよければ
来るだろうし、イヤなら来ないだろうしと判断したのですが。

もうね、私、こういうの、面倒くさいんですよ。
「〇〇ちゃんがイヤっていうから、やめよう」とか、
「××ちゃんが来るなら、私は行かない」とか。
心底、どうでもいいです。

昔はありましたよ。
〇〇ちゃんがいるのといないのとで、楽しさが違う気がして。
「〇〇ちゃん、行こうよー」って説得したりして。
でも、最近は、なんでもいいんです。
お声掛けはフェアに、オープンに。
もちろん、「あの人は呼ばないで」は、ありえないです。バカみたい。
幼稚すぎます。
同時に、「あの人が来ないなら、やめておく」もなし。
一緒にいられる人と一緒にいられるタイミングで、
仲良く出来れば、それで私はいいです。
社交は、一期一会。しがらみなし、縛りなし。
気が合い、都合が合えば会うし、無理はしない。基本でしょ?

言い換えれば、「〇〇ちゃんが来ないなら、やめとく」なら、
つきあう意味がありません。
永遠に〇〇ちゃんとつるんでいればいいんですよ。
そういう人は。

そういう子供の社交、何歳までやるつもりなのかなー?
八方美人やっていると、絶対行き詰るのに。

もっと、自然体でラフに。
そして、先約優先で。

縛りが増えれば、それだけ、面倒になりますから。
自由に生きたいですよね。私は、友人のオプションではありません。

紹介された段階で、新しい関係は始まっていて。
それは、紹介者を飛び越えてもいいわけですよ。

あー、面倒くさっ! こういうの、イラネ!
もうすっかり、行く気をなくしております。気難しいわね、章月さんって(笑)。

一段落!

今月発売の書籍、2冊とも校了が終わりました。

もっとも、私の仕事が終わったというだけで、これから
汗水流し、手を動かす方たちがたくさんいらっしゃるのですけれど。

しみじみ、愛情がないと成り立たないお仕事だなと思います。
著者のやることなんて、ほんの一握りですね。

発売まで、どうぞ、よろしくお願いいたします。
発売後も、どうぞ、よろしくお願いいたします。

出版社での校正だったので、おやつを持参で行きました。
プードルケーキで有名な白水堂さんのトリフにしてみました。

白水堂

ふふふ、かわいさにやられてください。プードル大集合!

トリフは撮り忘れ、もう関係者一同のおなかの中です。ハイ。
で、白水堂のトリフ、大当たりでした。
プードルもいいけど、トリフもね!