訃報が届く

早過ぎる死。でも、予兆はあった気がします。

雲龍さんの息吹の笛がひょっこりと出てきたこと。
笙のコンロの埃を払ったこと。

笙を教えてくださった田島和枝先生が24日に亡くなったそうです。
ここ数年お会いできていないので、事情はさっぱりわからず。

本日ご葬儀とのこと。
とりあえず、笙を引っ張り出して、吹いてみましたが、
あははは、もう笑うしかないですね。キレイに忘れております。
きっと、他のみなさまも、吹いていらっしゃるでしょう。
たどたどしさで「あ、あなたね」とわかるのは無様ですが、
まあ、それはそれでいいような気もします。

そして、楽譜もない。いや、あるはず。しかし、このところの
大掃除で紛れていて。

あれが分岐だったと思うのです。2016年の夏の終わり、
「一度やめさせてください」をして。
その後、易を習い始めたから。

とても2つは無理で。

でも、先生とご一緒できた時間は、私の中に生きているのです。
媽祖様とのご縁も先生だし、中国茶を飲む度に思いますし。

ここ数年の空白も並走してきた方々のほうが痛みは大きいでしょう。
私はまたいつかで、そのいつかはもうないと気づかなかったのです。

優しい人はどんどん先へ行かれてしまう。
でも、そういうものなのでしょう。人生は。

またお会いできるでしょう。きっと。
ご一緒出来た時間を大事に。あの時間をどなたかに渡せるように、
精進していきたいと存じます。先生、道中お気をつけて。

また、いつかどこかで。今世はありがとうございました。

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2022年6月28日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃