天災

昨日、のうてんきな日記を書いた後、伊豆大島のニュースの続報に気づき、一度あげた日記をさげました。

あまりの温度差、無関心が恥ずかしくなりました。

サイレントタイムって、何??? これも、ゆうべ正しく知り、納得しました。
でも、報道関係者でも知らなかった方がいたわけで。
自分の役目しか見えていないのは、オフィシャルなことにかかわる立場としては非常にマズイことではありますが、次には反省が生かせますよね。きっと。

つくづく、人間は、行動したことからしか学べないのだという気がいたします。

天災で、お身内を失われた方、安否がわからない方、どんなに悲しい時間をお過ごしでしょうか? ご無事をお祈りします。ご冥福をお祈りいたします。

なんだかいろいろなことが起こりますね。
星を見れば、もう長期的にめちゃくちゃな時期に入っていて、何が起っても不思議はないのですが。
でも、嵐の地域があれば、同じタイミングで、青天の地域もあったりして。みんな同じではありません。すごく上のところから見えれば、理由も必然もあるのかもしれませんが、一個人としてはまったく、わからなくて。実際、天災だけではなく、人災も起っていて。戦争も、革命もあって。それぞれ、自分のいる場所で生きていく、そういうことなのでしょう。
それでも、ニュースが届くならば、事情が少しでも入ってくるのならば、気持ちを寄せて、何か力になれることがあれば、そのとき、動きたいです。

痛みが薄らぎますように。
不安が消えていきますように。
平安が戻りますように。

遅ればせながら、お祈りいたします。

65歳以上のワナ

ワナに落ちました。

まー、私は、非常に気楽に人生のワナに落ちるのですけれど。

とにかく、空いている日に、ターナーを見たかったんですよ!!!
台風一過の昨日がチャンスだと思ったのですよ。

と・こ・ろ・が!

「本日、65歳以上無料デー」でした。
よりによって!!!

この前の土曜日ほどじゃないですけれど、人がいました。みなさん、タフです。ガッツがあります。

うん、ターナーだしね。仕方ないんですけれどね。

うー、横浜美術館に行くべきでした。大失敗!!!
あるいは、ミケランジェロでもよかったかもしれません。なぜ、機転がきかなかった? 私よ!

いまどき、65歳以上は、美術館のお客様の主流ですからねー。
そりゃ、混むわけですよ。うー!!!

いや、三連休ほどじゃないです。全然、混んでいるうちには入らないかもしれません。
でも、リズムが合わないんです!!!!

絶望的に、合いません!!!

トントントンと見たいのに、ト、トトトト、トー……みたいな狂いが生じます。
なぜ、そこで、立ち止まる?
なぜ、そこで、いきなり前へ行く?
なぜ、そこで、妻に話しかける???
自由過ぎます。65歳以上の人生の諸先輩方!!!

美術館によく行かれる方にはわかっていただけると思うのですが、リズムが被っちゃうことってあるんですよね。同じ人とやけに、ニアミスするのです。私は、そういう人を「天敵さん」と名付けているのですが。

被りまくりなんですよ、鑑賞のテンポとか、興味を引くものなんかが。なんか似たものがあるのでしょうね。必然的に、あちこちでぶつかるのです。実際に体が触れたりはしないのですけれど、お互いがお互いを邪魔だと思っていることは確かです。
順番飛ばしてみたり、戻ってみたりして、必死にやり過ごしても、必ず、どこかで追いついちゃったり、追いつかれたりするんですよぉぉぉ。お互いに「う、また、こいつか」みたいな空気が流れます。相当イライラしながら、見るハメになります。全然、優雅じゃありません。

三連休の時は、ベレー帽の男性が「天敵さん」でした。
一生懸命離れようとしても、繰り返し、出会ってしまうのです。

でも、あのときは、ミスター・ベレーくらいでした。
しかし、65歳以上無料デーは!!!

ほとんどの人がテンポがバラバラ、誰がダメってことじゃなくて、かたまりとして「天敵さん」なんですよぉぉぉ(涙)。

いいです。いいんです。私がいけないんです。
よく調べもせずに、そして、「なんとかなるんじゃないか?」の見切りで入りました。
私が、バカなんです。なんともなりませんでしたよぉぉぉ!!!

でも、もう学びましたよ。絶対に、避けます!
「65歳以上、無料デー」は、ダメです。まったく、合いません。無理でした。

大混雑の三連休よりも、ストレスが溜まります。
過去に同じくらいイライラしたのは、若いカップルだらけのミッシャ展くらいでしょうか?
カップルも、一組、二組なら、微笑ましくてよいのですが、束になると、強敵ですよ。しゃれになりません。やつら、「壁」になりますからね(笑)。
1人が見終わっていても、連れが見ていたら、一緒に張り付いて動きません。

来年のラファエル前派展が思いやられます。どうぞ、地蔵カップルに当たりませんように!
もう開催場所が、完全に地雷なんですよねえ。いい美術館なんですけれど。
モノはためしで、「カップルお断りデー」とかやらないでしょうか? そしたら、私、多少、割高でも行きますから(絶対にないデスネ。わかっています)。

さて、問題は、ターナーです。もう二回も見て、すでに3000円以上、使っております。
図録も、クリアファイルも買っていますから、6000円くらい投資しています(ひょー!!!)。
でも、「(出来るだけ)自分の好きなテンポで、好きなだけ見たい」は実現しておりません。
もう一回行くべきか、もうターナーのことは忘れるべきか、非常に悩ましいところでございます。

「あんな男のことは忘れて、僕にしなよ」
そんな風に、横山大観さんあたりが誘ってくれるといいのですが、いかんせん、木曜は休館日ですよね。うーむむ。

ああ、ターナー、なぜ、あなたは、そんなに集客力があるの?
それとも、混雑日にばっかり行っちゃう私がマヌケなの??? あ、答えはいいです。聞きたくないです。うーん、あと、1600円、出すべきか、出さざるべきか、そこが問題デス。

『7日でできる思考のダイエット』

思考のダイエット

この前、Bunkamuraでレオナール・フジタ展を見た時に買った一冊です。
なぜ、レオナール・フジタから、ビジネス書に行っちゃうのか、我ながらよくわかりませんが、約一ヶ月かけて読み切りました。7日って書いてあるやんというつっこみは、ナシで(笑)。

いや、どうも最近、読書の気力がなくて。
仕事で読まないといけないものが出てきちゃうため、一冊を読むのに時間がかかっちゃうんですよね。この本、ずっと持ち歩いていたため、非常に年季の入った風貌になっちゃいました。

この一冊には、売れっ子アートディレクターの英知がいっぱい詰まっているのですが、なにより私に響いたのは、「短く、早く」でした。
「やっぱり、素早いレスポンスがいいよね!」

以前、「急ぎ仕事ばっかりやると、そういうのばっか来るよ」と言われたこともあるのですけれど、「それ、何がダメなの?」って思っちゃうんですよ。時間かければいいってものじゃないですし。いや、持続力のなさの言い訳かもしれませんけれど。

急ぎ仕事、無茶ぶり仕事は、そりゃ、あげるまでは苦しいですけれど、やると決めれば、ナチュラルハイになって、自分でも驚くようなモノが出てきたりします。実は、キライではないのです。
でも、最近、ちょっとダレていたので、ちょっと時間をもらっていたのですね。
たとえば、すぐに返事をしないで、帰宅してからとか。

でも、本書は、「やっぱ、スピードでしょ!」って教えてくれました。荒削り、未確定要素がいっぱいでも、さくっと返すと、相手も策を立てやすいとあります(意訳ですよ?)。でも、これ、考えてみれば、当然ですよねー。状況は伝えたほうが、親切です。
なので、改心しまして、最近はレスポンスの早い人に戻りつつあったのですけれど。

さっき、度胆を抜かれました!!!

だって、ついさっき出したサンプル、編集さんから数分でチェックが戻ったんですよ!!!
しかも、移動中の乗り物の中から!!!

久しぶりに、大感動しました!
デキるオトコは、違います!
私が朝カレーを食べている間に、仕事が一段階先へ進みました。びっくり!!!

リアルに、「短く、早く」を実践なさっている方がいらっしゃるわけです。もちろん、この本の影響じゃなくて、もともと、決断が速い方なんだと感じます。こういう方々のおかげで、世界がスムーズに回っているのかもしれません。

やっぱり、早さ。
私の場合、取りこぼしもカンチガイも、当然増えていきますけれど、でも、ザクザクやっていこうと思いました。いつか精度が上がり、「早くて、的確な人」になれれば、御の字。とりあえずは、「早くて、めげない」あたりから攻めて行こうかと(笑)。

ついでに、体のダイエットも、がんばろーと思います(超小声)。ハイ。

 

ターナー展、忘備録

つくづく、自分が平凡な鑑賞力の持ち主だと再認識しました。ターナー展では、イイナと思うものが、イヤホンガイドに取り上げられ、クリアファイルになっていました。

「バターミア湖、クロマックウォーターの一部、カンバーランド、にわか雨」1798年、23歳。

ファンタジーの世界のような虹。
なんだか聖地に行きあったように、はっとします。
23歳! 妬けますよ。

「レグルス」1828年、53歳。
古代ローマの将軍、マルクス・アティリウス・レグルスが失明する前に見た最後の光。

順路に従い、右から近づき、混雑で止まりました。
圧倒的な光!
私に向かって一直線に届く光がありました。すごい!

やっと正面に立ち、また、そこでも、一直線に届く光を浴びます。

ひゃー! どんな描き方したら、こんな光源を宿せるのでしょう?

残酷な失明の刑、しかし、その光の美しさ! 圧倒的なパワー!

「戦争、流刑者とカサ貝」1842年、67歳。
赤、赤、赤。
おもちゃの兵隊のようなナポレオン、赤、赤、赤。

絶望と孤独、栄光と失墜、野望と挫折。

赤、赤、赤の中に、ナポレオン。
「平和ー水葬」と対になる作品と言われているそうですが、今の私には、ナポレオンの赤しか響きません。
赤、赤、赤、足元に広がる水、飲み込む水、水面に写る影。哀しくも、完結した世界。

唯一、グッズになかったのは、こちら。
「村、夕暮れ(サミュエル・ロジャーズの『詩集』のための挿絵)」1830-183年頃、55-57歳。

こちら、挿絵ですから(笑)。グッズにはならないですよね。
しかし、右端にある木がいいんです。星の王子様のバオバブの木を連想しました。

ターナーは、「カレーマニア」とからかわれていたそうで。
クロームイエローを好み、多用していたからだそうですが。
二度と忘れないエピソードですよね、カレーマニア!
混雑の中でも、やけに読みやすい場所に書いてありましたよ。

あ!
ひとつ、気になりました。
混雑時、作品正面に陣取り、サイドの説明読むのは、あんまりじゃないですかね?
横着せず、場所を後ろの人に譲れば?と何度も感じました。
作品を前に、首は横、ずいぶんな扱いではないかと。
三人並んで、首が横には、呆れるより笑いたくなりました。いい展示の仕方があるといいですね。

 

 

Drinking Glass―酒器のある情景

サントリー美術館に、お邪魔しました。

開催されているのは、「Drinking Glass―酒器のある情景」。

紀元前のものから、現代作家モノまで、様々な酒器が並びます。

ただ、だいたい7世紀くらいから、16世紀くらいまで間が飛んでいました。つまり、遺跡から見つかったものか、近代になり、貴重品として保管されたものの、両極端しか残っていないのでしょう。

神や王などに捧げたもの、寝転んで飲むもの、あるいは、誓いの杯、一気飲みを促すもの、客人をもてなすもの、からかうもの、様々なものが並びます。

グッときたのは、「気泡には、300年前の空気が閉じ込められている」という説明書きでしょうか。ロマンチックですね。また、ジャコバイトの同志たちのためのグラス、さらに、乾杯の作法にも、しびれました。

出口付近には、砕けた15世紀のグラスのかけらもあり、こうして21世紀の今、昔の酒器たちを眺められる幸せを思いました。

和ガラスの色は、初めてなのに、なつかしく。なんだか、眺めていると、何か飲みたくなります。

 

ターナー展

image

すみません、舐めてました。
三連休の上野を。

 

『ターナー』展、激コミでした。
しかし、それ以上にすごかったのは、動物園の入り口です。

 

世のお父さん、お母さん、頑張れ!

 

ターナー、よかったです。
再訪したいです。
とりあえず、図録買いました。やたら重くて、よくある「専用布袋」があれば、買っていました。が、私がその気なときはないという!

 

ターナー、晩年のあわあわが好みです。ものすごいボリュームでしたが、意外にターナーと聞いてパッと連想する帆船は、少なかったかもしれません。

 

もう少し、空いていたら、最高です。これは、嵐の日に狙って行くしかないでしょうか(笑)。

『三菱一号館美術館名品選2013』展へ

『三菱一号館美術館名品選2013−近代ヘの眼差し 印象派と世紀末美術−』展へ行ってきました。

きょうは、19時から館長の高橋明也さんの関連アートセミナーがあったので、その前に見たいと思ったのです。でも、仕事をして、モタモタしていたら、閉館30分前というギリギリのかけこみになりました。

で、この企画展、結構微妙で。
新しい美術館ですから、それほど所蔵品があるわけでもなく、また、これまでの企画展でかなり出しちゃっているため、「お、また、君か」みたいな顔見知り感が満載なわけです。

これねー、ちょっと深いテーマになってきちゃうんですけれど。
顔見知り作品でも、油彩とポスターなどの印刷したグラフィックでは、だいぶ印象が変わっちゃう気がするんですよね。

きょうの高橋さんのお話に、「グラフィックは低く見られているけれど、芸術性は非常に高い」というようなくだりがありまして、ホント、それはそうだと思うんですけれどね。
でも、広告を目的にしたポスターって、インパクトありきだったりするじゃないですか。
あと、挿絵は、やはりこじんまりしていますよね。手元で見るものですから。
だから、なんか「知っている感」、「見たことある感」が油絵なんかよりも、より強く出ちゃうというか。えっと、私が言いたいこと伝わります???

「おお、ルドンくん、元気かね?」
「ロートレックくん、また、登場かい。頑張っているなあ」
そんな感じで、ね。ちょっと、鑑賞って感じにはなりにくいというか。
あ、好みもあります。絶対にあります。

私はルドンの黒よりも、色が入った時代が好きだし、同じグラフィックでも、過日の鹿島茂さんのコレクションは、また見たいと思うし、絶対好みがあると思うんですよね。あと、頻度もあるかなー? ルドンも、ロートレックも、ついこの間見た感じですからね。これが、数年くらい経つと、「おお、貴重なモノを!!!」と感動するかもなんですが。スミマセン、贅沢で。

なんかねー、30分しか見てないのに、次に行かれなくても、まあいいかくらいの軽さがあるんですよねえ。
だって、来年、ヴァロットン展来るし、そこで、もっといろいろ見られるわけですし。
きょうのアートセミナーも、後半は、ほぼヴァロットン展の宣伝っぽくて、ちょっと面白かったんですけれど。

ロートレックは、ロートレック本人が手元に置いていたもので、質も状態も非常によく、ヴァロットンの版画も、世界的に見ても揃っているのだそうです。他にも、レスタンプ・オリジナルとか、モーリス・ドニの『アムール』の連作とか、ボナールの置き物など、貴重な展示もあるのです(一応、話はマジメに聞いていたらしい)。

『アムール』は、一枚だけモデルの女性が乳房を出している構図があって、妙に唐突でドキドキしました。他は、非常にプラトニックな印象を受けるのです。なぜ、一枚だけ、セミヌードなんでしょう?

アートセミナーは、モネの人間関係が普通じゃなかったこと、ヨーロッパには、日本のような山岳信仰はなかったことなど、「へー」がありました。

個人的には、あんまりひっかからなかった企画展なのですが、一枚、気に入った絵があります。
アンリ・プテ『パリの女』。
なんかいいんですよ。ちょうど、おしゃべりしている女性たちが陣取っていて、よく見えなかったのですけれど。

あー、あと所蔵品展なら、この前浮世絵のスキマで出た硫酸魔の絵、また見たかったです。
アレ、好きです。え、趣味が変???

そうそう、ポール・ヴェルレーヌの詩に、ピエール・ボナールの挿絵がついた『平行して』という本は、復刻本が展示してあり、手に取って見てよい……ということになっているみたいです。
いまのところ。手袋が横にあるので、それつけて、丁寧に見てくださいって感じらしいですが。
ただ、「ご自由にご覧ください」だと、数日でボロボロになってしまい、かといって、見てもらえないのはせっかく用意したのに、ちょっとさびしいみたいなジレンマがあるようです。

きょうは、男性が手袋をしてみていらっしゃいました。ただ、結構時間がかかっていたので、
「次のときでいっか」と私はパスしたのです。次回行ったら、「やっぱ、見るのなし」になっていたらどうしましょう? まあ、ありえなくもないですね。

しかし、年パスがなくなってしまうのは、本当に残念です。
企画展の回数から考えると、今の倍額になるサポーター・システムは、ちょっと考えてしまいますね。招待券もらっても、別にあげる人いないし、そんなに毎回、1894カフェで飲み食いしないですし。
お友達とアートを見るのが習慣なんですぅとか、パートナーと行く美術館巡りが趣味での人にはよいかもしれませんが、私は基本、ひとりで行くので。
三菱一号館だけは、来年も年パス買おうって思っていたのですが、どう考えても、一般券を買ったほうが安くあがりそうです。5000円っていうのが、結構ギリギリのラインなんですよね。
「ザ・ビューティフル」を10回行くつもりで買うかもしれませんが、でもなあ、バーン=ジョーンズ展でも、10回見たら、ヘロヘロでしたしねー。

年パスで、10000円で見放題、モトが取れそうなのは、トーハクくらいじゃないでしょうか?
トーハクなら、それくらいしても、迷わずに買います。今の企画展一回ずつ、展示替えは無効は、微妙に使いにくいから、一年で脱落しましたけれど。

まあ、だから、「サポーター」なんですよね。うーん、三菱一号館さんには、いっぱい見せていただいたから恩返ししたい気持ちもありますが、でもなあ、やっぱりちょっと高いし、招待券余らせそうだし、踏みきれないかもしれません。きっと、私みたいな感じの人、多いんじゃないでしょうか? まあ、来月まで年パス有効なので、ちょっと考えてみますよ。

 

 

 

誰にでも起こること。

三鷹の殺人事件のインパクトがすごくて。

うっかり画像を見てしまい、眠れなくなりました。

確かに、彼女は、軽率だったかもしれないです。
でも、あれは、誰にでも起こりうることですよね。
恋って、若さって、そういうものでしょう。
みんな、多かれ少なかれ、あぶなかっしい綱渡りをしています。
関係が変化する、殺意に変わる恐れがあるなんて、円満なときには考えもしません。

そして、時代がどんどんお手軽になっていって。
気軽に画像を撮れるし、送れるし、刺激がいっぱいだし……。

無理もないって、思っちゃうんですよ。
自覚が足らない、奔放すぎる、まあ、それも確かに。
でも、私が彼女の身内だったとしても、教えられたでしょうか?
それは、非常に危険なことだよって。
愛は、憎しみにも変化するかもしれないよって。

そんなこと、いちいち言うわけないし、恋愛まっしぐらの10代、20代に、仮に言っても届かないでしょう。

怖かったね、大変だったね。ちょっとだけ、しくじっちゃったね。

ご遺族の方の喪失感、ご心労は、どんなに深いでしょう。
マスコミの報道とネット上の拡散で、もうぐじゃぐじゃですよね。

でも、コレ、誰にでも起こりうることですよ。
だから、本当はきちんと伝えたほうがいいと思うのです。
ただ、被害者の尊厳にもかかわりますから。
非常にデリケートで、難しい問題ですね。

今の時代、誰にでも似たようなことが起こりうると思うのです。
で、それが問題になってしまったとき、羞恥心で屈するよりも、強く突っぱねていくことが
大事だと感じます。今回は、そんな選択肢もなかったわけですけれど。

加害者に対しても、どうしてそっちに行っちゃった?があります。
違う道が、あったはずなのに。
愛していたのに、殺めて、貶めて……。
全部壊して。自分のしてしまったことの意味に、いつか気づくでしょうか?

ねえ、あなたたち、私の半分も生きていないですよ?
やるせないというか、いかにも、いまどきというか。

我が子を守るってことが、すごく難しい時代になっちゃいましたね。
子供いないんですけれど、本当に、切ないです。

知る人ぞ知る?

つくし文具のペンケース

立川駅の駅ナカで見つけたペンケースです。

「使えそう」

しかし、会計のとき、予想より遥かに高くつきました。
犯人は、こちら。

1500円!!!

なんと、この定規、1500円もするんですよ! 見た目、450円くらいかと思ったのに!

開いた図

 

知る人ぞ知る国立のつくし文具、初めて知りました。

使い勝手はかなりいいです。
メモが入るのが、最高!

10色のボールペン、シャープペン、消しゴム、ミニハサミ、付箋で、用は足ります。メモは、新美術館のミュージアムショップで見つけたカラフルなミニ便箋を選びました。

ミニ便箋

広げれば、フラット。
たためば、すっきり。
ノートやスケジュール帳との親和性が高いのがいいんです。目下、愛用しています。が、定規1500円は、未だに解せなくて。0起点の定規、縦横がわかる目盛りなど、だんだん良さがわかるのかもしれませんよね。

印象派を超えて―点描の画家たち

新国立美術館で開催されている『クレラー=ミュラー美術館所蔵作品を中心に印象派を超えて―点描の画家たち ゴッホ、スーラからモンドリアンまで』を見てきました。

アメリカンポップアートと迷ったのですけれど、ここは素直に印象派に行っておきました!

で、やっぱり、うっとりしました。
あふれるような光と色! 美しいです。

モネの森は美しいし、シニャックの光に溶けるような港も、夢のようです。
ピサロの木には、本当に弱いので、私。

モーリス・ドニの礼拝の一枚も、素敵でした。

ゴッホのレストランの絵、構図は平凡だと感じるんですよね。でも、タッチが異質です。
つまり、そういうことですよね。
また、黒インクやチョークで描かれた絵だけ見ると、「うーん、やはり心が病んでいるかも?」と感じるのですよ。あんな絵を描いている人がいたら、私はそっと後ずさりすると思います(笑)。しかし、色が載ると別物になるわけで。

で、気になりまくったのは、ヤン・トーロップ。
もうタッチが変わりすぎです。どうして、そう変化するかね? 君?というくらい、ガラッと変わります。1889年の『オルガンの音色』、1908年『秋』、そして、1911年『L・ラウレイセンの肖像』で、「え? 同じ画家?」と思うくらい変わるのです。

俄然、興味を持ってしまいましたよー!!! ヤン・トーロップって、ナニモノ???

抽象画は、よくわからないので、モンドリアンあたりは、「ふーん」で流しました。
いつかわかるようになるでしょうか?

構図として、非常に面白かったのは、ヨハン・トルン・プリッカー。
占いのカードの原案みたいなデザイン性が高い絵でした。意外に、こういうのも好きです。

しかし、この美術館を創られたヘレン・クレラー・ミュラー氏は、もう「聡明」の一言です。
目的がクリアだし、コレクションの意図がすごくわかるし、ご本人がたいそう美人ですし。

12月23日まで。当日券は、1500円です。
点描で描かれたものなので、印刷やネットの画像ではよさが伝わり切りません。
印象派、その周辺をお嫌いでないなら、足を運ばれてもいい企画展だと思いました。
単純に、光の美しさ、色の洪水に心洗われる体験が出来ますよー!