エディット・ピアフ

カミーユ・クローデルがきっかけで、エディット・ピアフに行きました。
意味がわからないですね。

カミーユ・クローデルのリーディング会、客席でオルガニストの笙仲間さんにお会いしたのです。
笙仲間さんのお連れ様は、ソプラノ歌手さん。なんと、私を会場に連れていってくれた編集さんの仕事仲間のお友達でした。
で、お二人から「10月にコンサートをやるから来てね」って言われたのです。

Hommage a Edith Piaf~エディット・ピアフ没後50年に捧ぐ~

エディット・ピアフは、知っているようで知らない、知らないようで知っている感じでした。
まあ、昔、宝塚よく見ていましたしね。
見ながら、『シャンテ・シャンテ・シャンテ』とか思い出してました。懐かしー。

ピアノとパーカッション、アコーディオンで、一気にパリへ。
ソプラノの村田望さんは、ちょっと切ない感じのナンバーがお似合いだと思いました。
パダン・パダンが良かったです。
アコーディオンの早川幸子さんは、おしゃれだなーと。
あとから伺ったら、「もうドキドキしちゃって」みたいなことをおっしゃっていましたけれど。
音を捉えるセンス、やっぱり違います。すごいなー。
まだ、御専門のオルガン、未体験なので。どんな世界に連れていってくださるのでしょう?
いつかぜひ!!!

会場が鎌倉だったので、少し早めに家を出て、神社めぐりを致しました。
鶴岡八幡宮からスタートさせまして。途中、荏柄神社さんにもお邪魔して、
鎌倉宮へうかがいました。
鎌倉宮、相当覚悟してうかがったのですが、予想に反して、やすらぎを感じました。

コンサート終了後、高円寺へ。
撤収中の魔女様たちにお会いして、帰宅致しました。

とても一日とは思えない濃さ。楽しかったです!
あ、移動中、仕事しました。働いてます。ハイ。

 

 

 

 

いろいろ諦めモード

これまで、仕事を断ったことはありませんでした。

もうなんでもやりますよ。尊敬する人は、ハローキティですから!

しかーし、今回はもうどうにもなりません。
初めて、「無理です」とお断りしました。代わりに、他の占い師さんを紹介して、自分の仕事をしております。

そんなに真剣にやっているのに、終わりゃしないのです!!!

昨日は、ずっと行きたいと思っていたお能も断念しました。もっとも、チケット取りに出遅れて完売の憂き目にあっていたのですけれど。それでも、興業モノは、当日になれば、チケットが出てくる可能性があるので、劇場に行くつもりだったのですが。
おとなしく、断念。

明日もしっかりやるつもりですが、でも、予定よりも遅れっぱなしです。
もう週末の予定も飛ばさないと間に合わない感じです。

魔女さまたちのハロウィンパーティーに行きたかったのに!
笙仲間さんのコンサートに行く約束したのに!

両方無理です。きっと。すみません。でも、お仕事の依頼も断っているレベルなので。

たまには、「集中」。頑張ります!

能楽講座「野宮」

なぜか第一回から皆勤賞の能楽講座。でも、このシリーズにお邪魔しているだけで、他の講座に行っているわけではないので、非常に中途半端です。世阿弥シンポジウムも、聞いとけよ!と自分に説教したい感じです。まあ、欲張っても仕方ないので、それはそれでよしとして。

きょうは、お話をうかがいながら、岩佐又兵衛の「源氏物語 野々宮図」がずっと頭に浮かんでおりました。重要美術品ということもありますが、非常に短期間に二ヵ所で拝見したため、強く印象に残っております。出光美術館とサントリー美術館、そういえば、今年の企画展ですね。なんだかすごく遠くに感じます。

司会は、松岡先生。ゲストは、林望先生。
いつもと違い、鼎談から入らなかったのは、松岡先生がぎっくり腰になってしまったからでしょうか? でも、お体を痛めていらっしゃるのに、「足袋がはけるかどうかが心配だった」とは、なんとも風流なお悩みです。能舞台には、確かに足袋かもしれません。
おひとりずつ、ご専門について語られていきますから、さながら受講している感じになりました。

林先生から「野々宮」は、固有名詞ではなく、野の宮という意味だとご説明があります。
へええ。そうでしたかー!!!
日本の神様がいらっしゃるのは、遠く、山から下りてきて、俗のケガレを嫌います。
一般の人が暮らすのは里。里と山の中間に、「野」があり、そこが、潔斎の場でもあったという説明に進みます。そうか、斎宮ですよねえ。倭姫様ラブの時期がありまして、そのとき、斎宮の博物館にも足を運んだり、関連書を読んだりして、結構調べたのですけれど、それと「野宮」、くっついてなかったです。ハハハ、こんなもんですよ。私は。

松岡先生は、物語が能に変換されるとき、野辺のイメージは、森にすり替わったと指摘なさいます。森は、杜。つまり、伊勢の神域です。
神域の中で、密会するのは、タブー。その奥行を出すために、森が強調されているとおっしゃいます。なるほどねー。
さらに、キーアイテムとして、松虫も見逃せないと。
松虫の習性、さらに、いくつかの和歌も踏まえて、謡が構成されているそうです。
うわー、奥が深い!!!

定期能は、12月1日だそうで、あいにく私用があり、見に伺えません。
ちょっと残念です。見どころ、学んだのに!!!
きょうは、鼎談が短かったので、お家元が足りません(笑)。
もうちょっとお話し伺いたかったなー。松岡先生、一日も早いご回復をお祈りいたします。

2013年10月23日 | カテゴリー : 日々のこと | タグ : | 投稿者 : 章月綾乃

「トスカーナと近代絵画」展へ

フィレンツェ ピッティ宮近代美術館コレクション「トスカーナと近代絵画 もうひとつのルネサンス」展を見に損保ジャパン東郷青児美術館へ行ってきました。

見る前からそんな気がしていましたが、予感的中です。
コレは、すごく好きな世界です。

まず、パキパキと構図が美しいのがイイです。
で、風景がいちいち懐かしい。そして、人物が、特に女性が存在感たっぷり!

最初の部屋は、クラシカル。悪くないです。
ナポレオンの姪が嫁いだといわれる邸宅の内装の絵は、ワクワクします。
天井に描かれているのは、ギリシャ神話がモチーフでしょうか? わりと見ていると思うのですが、「あれはアレね」が出来なくて、さびしかったです。もっと、勉強しなきゃなあ。
やはり、美術鑑賞は、教養があるとさらに奥行が出て楽しいですね。
しかし、ナポレオンの姪っこさん、どんな数奇な運命をたどったのでしょう?
気になります。

広いスペースへ進み、ジュゼッペ・アッパーティの風景が響きました。
片目を戦争で失って、左目だけで描いた作品だそうです。
左目だけで見て見ました(え、しない???)。とても切なくなりました。

ジュゼッペ・デ・ニッティスの「オファント川岸で」は、展示でぐっと引き立ちました。
いえ、単純に、ガラスなしなので、「これ以上近づかないでね」で、足元にロープが張ってあっただけなんですけれど、これが、絵の中の川の流れにリンクしてカーブしているのです。

幸運な偶然、あるいは、狙いました?
順路からいうと、手前が絵に近く、斜めに禁止区域が広がり、ある程度離れて見てねって感じなんですけれど、これが、絵の中の奥行と感覚が一緒で、非常にイイ感じです。
こんなことに喜ぶ客がいるとは、学芸員さんもびっくりかもですね。

シルヴェストロ・レーガの「婦人の肖像」。
写実が続く中、いきなり、顔なしです!!! ドキッとしましたさ。
これもまた、ドラマチックな一枚ですねえ。

アントニオ・チゼーリ「キリストの埋葬」。
履きものの有無で、社会的な地位などを表します。
マグダラのマリアなのでしょうか? 手前の女性の服装が、明らかに他の人と違います。
非常に陰惨な絵ですが、彼女の肌は、陶器のように美しいのです。
素朴な疑問なのですが、磔からおろされたとき、硬直はしてなかったのでしょうか?
キリストの腕の位置が妙に気になりまして。そこは、絵画の虚構でいいのかな。
で、今、初めて検索かけて、なぜ磔が死刑なのかを理解しました。
手足首を打ちつけられることで、体を支えられなくなって呼吸困難で死に至るのですね。
夜中に何、調べているんでしょうね?

ジョバンニ・コスティティ「物思いに耽る女性」。
風の星座生まれに違いないと思いました。
非常に、涼やかな感じが、風っぽいです。で、二巡して、天秤座じゃないかと思いました。
双子座にはない成熟があり、水瓶座ほど進歩的ではないからです。
三回見て、いや、蠍座の可能性もあると感じました。なに、モデルの生まれ星座当てをやっているのでしょう?
この絵の印象だと、天秤座の第三ディーク生まれかと。マニアすぎて、なんだかわからない視点ですね。わはは。

プリーモ・コンティ「自画像、ムンダと共に」。
ムンダは、画家の奥様です。
これはもう、タチが悪いって思いましたよ。
いえ、透明感があり、非常に魅力的な女性なのです。でも、実在したら、絶対ヤバいから!
こういうタイプが周りを不幸にしちゃうんですよぉぉぉ。
人妻なのに少女っぽくて、どこか遠くを見ていて。
身体全体で、「ここから連れ出して」って言っているみたい。そのくせ、うっかり恋しちゃった男が「一緒に行こう」と手を取っても、ガンとして、夫の元から去ろうとはしないんじゃないでしょうか?
誘惑するだけしておいて、そんなつもりはなかったと言い張るタイプというか。
え? ピュアな女性にしか見えない? うん、そうかも。

私にとって、「いい絵」は、こんな風にイメージが広がる絵なのです。
だから、この展覧会は非常にアタリでした!
めっちゃ空いていたのも贅沢の極み。素晴らしいひとときを過ごせました!

 

 

 

大ソート大会

ただいま、大ソートがかかっている感じです。

ついでに、ふるいも、かかっています。グイングイン。

コレは、私の個人的な感覚なのですけれど、もしかしたら、どなたか「あ、私も!」もあるかもしれません。人間の意識は、ずっと下の下、奥のほうでつながっている説があるそうですよ。

こんなにブログはマメに更新しておりますが、ある部分を閉じておりまして。。
ついでに、社交断ちもしておりまして。人との交流は、業務連絡のみ。
あ、週末に、伊勢海老配りに行ったりしましたけれど、まあ、アレはノーカウントで。
そうするとですねー。ウソみたいに、楽なんですよね!

いいっすねえ、こういうのも、たまには!
というわけで、「あれ、章月さん、閉じているけど、大丈夫?」の方もご心配なさらないでください。驚くほど、イキがよく、驚くほど、よく寝ています。寝る子は育つといいますから、次回お目にかかる時は、さらに成長しているかと(横はヤだな、横は!)。

細かいコトですけれど、部屋の中心に置いていたゴミ箱をすみっこに移したら、空間的に健やかになりました。なぜ、部屋の真ん中にゴミ箱があったのかといえば、さかのぼること一か月前に水回りリフォームをかけたせいで、物の置き場がいまだに安定していなくて、まだ、ダンボールを避けながら暮らしているせいなんですけれど。

でも、コレ、おかしいですよね? 一ヶ月経って、なぜダンボール始末出来ないのでしょう?

こういう日常の淀み、あるいは、闇、解消していかないといけませんね!

でも、目下は仕事。ダンボールOK! 部屋の真ん中のゴミ箱OK!
まあ、年内に片付けばよしとしましょ。
きょうは、ちょいと息抜きしますが、今月は、基本働きますよ。おー。

みなさまも、どうぞ、実りの秋を。

 

鈍感人生vs敏感人生

鈍感な人と敏感な人、どっちがいいですか?

いきなり、引き合わせたら、お互いに反発しますよね。
「なんで乱暴な!」
「バカみたいに細かい」

で、仲良くなれれば、適材適所でうまく助け合えます。
合わないと、「あいつ、ヤなやつ」で終了します。

まあ、それだけのことです。
考え方や感じ方、人生の処世術があまりにも違うのですから、合わなくて当然、合えば奇跡、それくらいでいいんじゃないでしょうかね?
で、自分が鈍感タイプなら、「鈍感サイコー!」って思っていればいいし、
逆に、敏感タイプなら、「敏感こそ、我が人生!」って謳歌すればいいんじゃないかと。

だって、どっちも完璧じゃないし。
どっちも、偏っているし。

ある部分は鈍感だけど、ひとつの分野に関しては非常に細かくうるさいとか、
逆に、すごく過敏だけど、人に対しては鷹揚とか、もう人の数ほどパターンがあると思うのです。

行き違いやトラブルが起こっても、それはそれで。当たり前で。
そのとき、どっちが悪いとかは、ないと思うんですよね。

鈍感さんにとっては、敏感さんがイライラのモトになったとか、
敏感さんにとって、鈍感さんは許せなかったという組み合わせがあるだけで、もうそれは仕方がなくて。

簡単に言えば、何も直さなくてよくて。だって、ただのめぐりあわせですから。
鈍感だから、トラブルになる、逆に、ならずに済む。
敏感だから、トラブルになる、逆に、ならずに済む。
両方ありますよね?
もう役割の違いとしか言いようがないですよ。

鈍感な人は鈍感力で世界を動かしていき、敏感な人は敏感力で、世界を動かしていくのです。

学ぶべきことがあるとすれば、「こういうときは、ちょっと気を付けたほうがいいのかもしれないな」という気づきだったり、「あまり目くじら立てないで、ドンと構えたほうが周りが楽だな」っていう発見だったり、でも、それは、テクニックみたいなものですから、本質を変える必要なんてないんですよね。

ということを、最近、ぼんやり考えたりしておるのですよ。ハイ。

好かれたい病

「あなたは、人に好かれたいという思いが強く、そこに付け込まれているのかもしれません」

人生の先輩からいただいたメッセージの中にありました。
ホントに、その通りだと思います。

でも、最近、「ああ、私、限界なんだ」と感じる出来事があったので。
これからは、少し大丈夫かもしれません。

この「好かれたい病」は、やっかいですよねえ。
誰しも、好かれたい、愛されたいはありますものね。

アイドルとか、タレントさんとか、どうやってメンタリティを保っているんでしょうね?
「愛される自分」と「愛されないかもしれない自分」。
もともと、愛され度は高い人たちが芸能界に進むのでしょうけれど、それでも、全国から精鋭が集まる世界でしょ? ただ、キレイなだけ、かわいいだけ、スタイルがいいだけじゃだめで、プラスαの何かが求められて。
それが、人間性や華、歌唱力などならわかるけれど、それ以外の見えない力も働いているのが今の世の中で。そこで、「愛されないかもしれない自分」をどうやって保つのでしょうね?

なーんてことを考えていると、案外元気が出ます。
パリコレのモデル、ハリウッドセレブなんかを思い浮かべてもいいですよね。
みなさん、人間離れした存在なのに、それでも、浮き沈みがあるわけですよ。
世の中には、自分よりもキツい状況に置かれている人はたくさんいらっしゃいますね。

「好かれたい病」も、うまく使えば武器になるわけですよ。
いわゆるかわいげだったり、つきあいやすさだったりするわけで。
マイナスばっかじゃないです。
人に好かれたいと思うから、人間向上するわけで。

ただ、目的がそれだと、失敗するかもしれませんね。
ただの便利な人になっちゃいますから。
タレントさんからAVに行っちゃうようなパターンに近いというか。
「ニーズがあるよ、売れるよ」で、「そうかなー?」で出て、で、消費されておしまい。

確かに、「人に好かれる」「求められる」ではあるんですけれど。
入口がタレントだったってことは、ホントは、違う好かれ方、求められ方をしたかったんですよね?

でも、似たようなこと、多かれ少なかれありますよね。
幸せにつきあいたいだけなのに、体でつながる、お金でつながる。
さびしいのがイヤだから、イヤな友達にも作り笑顔でつきあう。

ねー? ないとは言い切れないでしょ?

「好かれたい病」は、人間を変質させます。簡単にダメにします。
私は、持病として持っているので、気を付けたいと思います。

特効薬はなんでしょうね?
ちょっと探しておきます。

 

 

 

『「かけ算」思考ですべてが変わった』

かけ算

また、自己啓発系に、ハマり始めております。ホラ、心が弱っていますから(笑)。
これは、秋葉原で見つけた一冊。2009年版、ロングセラーらしく、少々内容が古い部分もあります。でも、役立つ部分もいっぱいです。
もっとも、響いたのは、こちら。
「『予定をこなす』ためではなく、『成果を出す』ために仕事をする」
ですよねえ。うわー、耳が痛い!!!
「労働時間の長さではなく、質で考える」
「時間の家計簿」
「自分が『富士山』になるために全力を注ぐ」
「『TTP』を合言葉に」
ごもっとも!!!
半分くらいは、実践していますかねー? でも、残る半分、そして、根本的な意識の改革が出来るともっといいですよね。
当座は、仕事。可能ならば、出来る範囲で、自分の立て直し。
生活リズムの調整。目標の再設定。
そんなことを考えながら、読みました。新書版にしては、ちょいとお高め952円+税です。

自分を映す鏡

先週、ちょっと引っかかりがありまして。
で、相手にも伝えてみたりしたのですけれど。

素直に「ごめんなさい」って言っていただけて、そこで、目が覚めました。
ダメなのは、相手ではなく、私自身だと!

私も、同じことやるよな。でも、誰も、私のこと、責めないよね? みんな、お互い様だから。
なのに、今回、怒ったのは、自分のメンツをつぶされたように感じたからじゃないのか?って。で、うまくいかなかったのは、私のアレンジミスじゃないかって。

メンツなんて、心底どうでもよくて。
確かに、私にとって大事な人のお顔は曇りました。
それが、気になって、気になって、つい、同伴した人に言わなくてもいいことを言ってしまいました。

素直に謝罪が戻って初めて、自分のエゴに気づいたという図です。
思い通りに支配したかったんだね。私。
それは、あなたの勝手な思いで、自分のプライドを護るために、人を注意して、波風立てて、さらに、傷つけたよね? それは、言わなくてもいいことだったよね?

こういうのは、本当にダメですね。
人のせいではなく、私自身の問題でした。

同時に、こんな単純なことに気付けなくなっているほど、追い詰められている自分にも気づきました。もうアップアップ、窒息しそうなのです。
すべてをうまくやろうとして。
すべてをきちんとやろうとして。
すべてを完璧にこなそうとして。
あげく、自分を追い詰めて、人を責めて、傷つけて。ホント、バカみたい。

少し、いろいろ断って、力を蓄えたいと思います。
少し、絞って、拡散から凝縮へ切り替えようと思います。

私が八つ当たりしてしまった方、本当にごめんなさい。
理不尽な言いがかりのようものです。未熟なんです。足らないのです。
でも、お二人のおかげで、自分が見えてきました。今の私、ダメじゃんって。
全然、ダメじゃんって。

ちょっとこの先、いろいろな立て直しをしてみたいと思います。
ハードな仕事強化期間に入るので、しばらく、いろいろ削ぎ落として。
それを抜けたら、真人間になれますように。

まあ、ひとつだけ、わかりました。
もうそんなにたくさんは、持てないって。
いろいろは、無理。少しをじっくりがいいって。それだけは、わかりました。
来月は、もうちょっといい人間になります。今月は、もうキャパいっぱいデス。

自分をいたわること

昨日は、三週間ぶりのアーユルヴェーダの日でした。
もう目がショボついてダメで。
あと、ここずっと続いている慢性的な無気力、こんなにアクティブでも、無気力は無気力なんですよ。あはは、信じてもらえないかもだけど。

クリニックに行く前に、ここ三週間であったことを書き出してみたら、ずっとプレッシャーがかかっていて、同時に、細かいイヤなことが積み重なっていることに気づきました。
怒るほどじゃなく、泣くほどでもない。
「しゃあねえなあ」とガマンしなきゃいけないこと。

それが、多方面からちょっとずつやってきて、心の奥底で全部がぐちゃっとなって、こんがらがっていました。

あー、そういうことかー。
やっと自分の状態を理解しました。
やたら眠くて、気力が続かなくて。仕事と予定をこなすだけで精一杯な理由が見えてきましたよ。

で、施術を受け、最後にお風呂をお借りしたら、めっちゃ眠くなりました。
身体の正体がなくなって、だらんとしちゃって。ほぐれたのでしょう。
そして、「あー、ラクーアに行っていない!」と気づきました。

身体をいたわることを忘れてしまっていたようです。
みなさまは、いかがでしょう? ただただ、頑張りすぎてはいませんか?
やらなきゃいけないこと、たくさんありますけれど。
あなたがいないと困るわけですけれど。だからこそ、お体を休めてくださいね。
季節の変わり目、体もしんどいときです。
ご自身をいたわってあげてくださいな。私も、そうしますので。

そして、美しい季節を迎えましょう。まもなく、月も満ちますしね。