日々のこと
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ふたつのお別れ
昨日未明、父が他界しました。
おかげさまで、安らかな旅立ちでした。
ご心配くださったみなさま、本当にありがとうございました。
当方は、元気にやっております。いなくなった寂しさ、悲しさは、なぜかほとんどなく、ただただ、無事に見送れた安堵でいっぱいです。
そして、危篤状態ではなくなったため、夜は、他のお通夜にうかがえました。
姑には叱られましたが。
「実父の命日に、よそ様にうかがうなんて!」と。
世間的にも、欠礼しても許される状況だとはわかっております。
わかっておりますが、うかがいたかったのです。
そして、うかがえてよかったです。
昨日のお通夜のご宗派は、浄土真宗ということでした。
「なむあみだー、なむあみだー」
わからないなりに、お経の断片でも拾おうと耳を澄ませて。
音の高低のうねりが、どこか神楽歌にも似て、「きちんと雅楽を学ぼうか」という気持ちにもなりました。仏教も、面白そうだと思ったりしました。
お坊様が、南無阿弥陀、南無阿弥陀と唱えるとき、広い広い空間で、ただ、ひたすら、阿弥陀様を求める素直な気持ちが見えたような気がしました。
宗教は、様々な問題を起こしますが、それでも、やはり救いがあります。
白水阿弥陀堂にまた、うかがいたいと連想も広がりました。
一夜明けてきょうは、亡父の納棺でした。
これまで、私は死がケガレという感覚がどうもわからなかったのですが、今回は、確かに通常の状態ではないと理解しました。
遺体の冷たさは、生者とは一線を画します。
この冷たさをお仕事に含んでいらっしゃる医療関係のみなさま、ご葬儀関係のみなさまに、深く感謝しました。
年末年始の変則で、葬儀などは、少し先になります。これもまた、残された母にとっては、優しい時間になるのかもしれません。
ふたつのお別れは、私の中で重なり合います。こういうのも、ご縁なのですね。きっと。
IE11が使えない?
今、アメブロを更新しようとしたら、「Internet Explorer 11では、正常に動作しない場合がございます」と出ましたよ。
なんですか。それ!!!
昨日まで普通に使えていたのに、どういうことなのでしょう???
仕方ないので、Google Chromeを投入してみて、なんとか更新いたしました。
当然のことながら、お気に入りのリストは出なくて、イチイチ、アドレスをコピペして移す作業つきです。うー!!!
忙しいときに限って!!!
まあ、こんなものかもしれません。最近、達観しつつあります。そのうち、仙人になれちゃうかも? いや、なれまい。
この期に及んで
感謝の念がわきません。
心の奥底がずっと冷えていて、自分でも恐ろしいと感じます。
やっと松飾が取れたので、お話ができます。
年末、いよいよ、今から年賀状を!という段になって、父の容体が悪化しました。
「持って年内、長くて10日」
そういう話でした。もう年賀状なんて出せません。
また、その持って10日の10日目は私の誕生日でした。
世間でよく聞きますよね。身内の命日が誕生日って。
だから、そのパターンかもしれないと思っておりました。
ところが、しぶとい、しぶとい。なかなか、その“時”は来ません。
無駄に丈夫なんですよ。うちの父ってば。
毎日とはいかず、2日に1.5回くらいのペースで病院へ行っているのですが、
ただ、顔を出しているだけ、少し話をするだけなのに、生気を全部持っていかれます。
恐ろしいです。どれほど、消耗する場なのでしょう。
そこで、働いている看護士さんたちには、本当に頭が下がります。
頑丈で、頑迷な父なので、酸素補給のコードや点滴がうざったいらしく、力づくで外してしまいます。その結果、いろいろ無残な様子になるわけですが、健気な看護士さんは、「私たちは構わないけれど、心配だから」っておっしゃるのです。
「本当にすみません。でも、仮に何があっても、これは自業自得ですから」と頭を下げたところ、顔をまじまじとのぞきこまれ、驚いたように笑われてしまいました。いや、ホント、ご迷惑をおかけします。
たまに目覚める父が「オレはもうダメだ」と騒ぐので、「何をおっしゃいますか。憎まれっ子世にはばかると申しますよ。そう簡単にはいかないでしょう」と言ってみたら、「何を言われているのかわからないけれど」ととぼけます。まったく、どこまでも自分にだけ都合のいい親父です。三つ子の魂百までというやつです。
看病番長は母でして、父も基本的に、母しか求めておりません。
「アレはどこにいった?」
「ちょっと外してるだけ。すぐに戻ってくるよ」
「まだ、戻って来ないのか」
はいはい、呼んできますよ。お母さん、お父さんがうるさいよー。
また、この母が妙にドライなんですね。
妙なところで、突き放すわけ。
「もう帰るわよ」
えええ? この状態で? 大変な放置プレイです。
「だって、洗濯物を取り込まないと」
なんという現実主義者でしょう!!!
ああ、私は、このドライさに育てられたのだと、確信しました。
子供のころ、本当にさびしかったよなあ。
これもまた、三つ子の魂シリーズですが。
余談ですが、私は小さい子供に結構モテます。
それは、自分の中にまだ、小さい子供がいるせいだと思っています。子供と接するときに、大人の視点じゃないんですよね。子供の味方なのです。どこまでも。
適当にあしらわれると、子供はわかりますから。そういうのは、ダメだと思っています。
子供時代の体験が、私を子供の味方な大人に変えたようです。
話を戻しましょう。
年が明けてからは、ドライな母も、さすがに気持ちは残るらしく、「眠れない」、「胸騒ぎがする」とぐずぐず言うようになりました。見かねて、「もう泊まれば?」と提案したら、「そうね、そうする」で、夜型の見舞いになりました。簡易ベッドを入れてもらって、夜はそばにいる……、これは、わりとよかったんじゃないかと思うのです。
もう体という器は限界なのに、精神だけはギラギラしていて大変な騒ぎですよ。
冬休みを丸々持っていかれ、さらに、「持って10日」は、どんどん更新していきます。
なら、年賀状出せたじゃないかー!!!
というのが、目下のジリジリでございます。目上の方からもいただいたりしていて、生きた心地が致しません。この辺、しきたり義理人情の山羊座ですね。
本当に、欠礼申し訳ございません。そのうち、言い訳ハガキを出します。いらないか?
以上が、このところの「なんだかよくわからないけれど、章月さん、何か心境の変化があったのかしら?」のこちらの日記の裏事情でございました。やっと、書けて、すっきりしました。
やりたい放題の父なのに、最期まで病院にいられるとか、ドライだけど、見捨てない母がいるとか、みんなが楽しみにしている冬休みを丸々潰して一族を巻き込むとか、人の一生としては、非常に恵まれた終わり方ではあるのですが、それでも、こう思います。
これ、重労働ですね。負担が大きすぎるでしょ!
数年に渡る治療生活は別として、うちのケースは、たいしたことがなくて、今、大変なのは看護師さんなんですけれど。
日本全国あちこちで、似たような状況で、いつともわからない“その時”を待っている方はたくさんいらっしゃるんですよね。愛情深く、辛抱強く、忍耐強く。
いろいろありますが、たとえば、的確に患者の違和感をなくすように体を動かせる機械とか、様々な煩悩を満たすバーチャル食事、バーチャル旅行、バーチャル社交とか、なんかそっち方面で、うまくフォローは出来ないのでしょうか?
介護の果ての殺人、介護の延長の暴力、あってはならないけれど、無理もないと思います。だって、際限ないですもの。寝ているだけの人から出てくるのは、叶えられない要求ばかりです。当たり前が出来なくて、普通が恋しくて、身近な人に訴え続けるんですよね。果てしないし、出口がありません。
家庭という小宇宙の中で、介護がまんなかに来たとき、どれほどの犠牲が払われているのか!!!
これは、本当に深刻な問題です。
なんか「お父さん、ありがとう」とか、そっちにはいかないのですよ。
きっとこれは、「洗濯物が取り込むから、帰る」のドライさの産物ですね。間違いない!
いろいろ思いは乱れつつ、考えさせられることもありつつ、誰もが通る道を、今、テクテク歩いております。しかし、ホント、老いていく社会のケア、真剣にやらないとまずいですよね。
あ、私は大丈夫です。テクテク、頑張りまーす!
静かな日
きょうは、非常に静かですね。
さっき、イトーヨーカドーまで行ってきたのですが、お休み中、あんなに殺気立っていた店内がガランとしていました。人はいるのですが、生気や活気がありません。
どこか気抜けしたような、不思議な感じです。
オフィスや学校は、また違う時間が流れているのだと思うのですが、主婦の生活フィールドは、非常にガランとしています。
私もまた、きょうは気持ちがまったく上がらず、自転車に乗る気力もわかなかったので、テクテク歩きました。風は強めで、寒さはかなり。でも、おひさまは照っていて、ふと、子供のころのお正月を思い出しました。
私が子供のころは、商店はお休みでした。
まだ、コンビニもファミレスなくて、元旦に開いているお店は、非常に貴重だったのです。
あのころのお正月は、しーんとしていました。
しーんとしていて、その静けさが特別だった気がします。
1月も6日目にして、なんだか懐かしいことを思い出せました。
きょうは、来週までの用事を全部外しました。気持ちもしーんとして。不思議な感じがします。
空を見上げて
きょうは、寒かったですね。
出先で、眺めた空です。
雲は厚いのですが、そこからこぼれる太陽の光が美しかったです。
いろいろ、私はカンチガイしておりまして。
きょうは、母に「あら、違うわよ」と教わりました。
知らなかった言葉にも、出会いました。
「ニコヨン」
戦後は、想像よりも過酷です。
未だ、私の時間は分裂しております。
それなのに、明日からまた、社会が動き出すという現実に驚くばかりです。
みなさま、よいスタートが切れますように!
そして、本日、様々な形でメッセージをくださったみなさま、本当にありがとうございました。
いただいた言葉を大事に胸にしまって、また、頑張って参ります。
今後とも、よろしくお願いいたします。
