日々のこと

章月綾乃の日々のこと。

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父への手紙

お通夜が終わって、葬儀場にあった用紙を、中一になる甥っこがくれました。
「これ、あげる」
故人へのメッセージカードでした。

そのまま、バッグにしまって忘れていたのですが、翌日、読経を聞きながら、思い出しました。
今、書かなくちゃ!

ちょっと話が変わるのですが、もう一人の小さい甥の口癖がかわいいんです。
「もう怒らないで」
そんな風に言われると、それ以上、叱れなくなりますよね。

チビ甥っこの口癖を借りて、父に最後の手紙を書きました。
「もう怒らないで、どうぞ、心安らかに」

本当に怒りっぽい人だったので。
すぐに読めるように、お棺の中、手元の近くに差し入れました。

戒名の説明をいただいたとき、お寺さんに「戒名に、短気の『短』や『怒』を入れていただいてもいいくらい」とお話ししたら、笑われてしまいました。
「なんとなく、お人柄がわかりました」とおっしゃっていましたが、本当に伝わったでしょうか???
まだ、住職さんになったばかりのお若いお寺さんでしたが、心に沁みるお話で、遺族一同感謝しております。ありがとうございました。

おかげさまで、葬儀一式、無事に終わりました。
まだ、いろいろございますが、少しずつ、日常に戻していこうと思っております。
様々なご配慮、そして、見守ってくださった優しさに支えられて、ちゃんと立っております。ありがとうございました。

珍事

前から同姓同名の学者の先生がいらっしゃることは、知っておりました。

章月綾乃は、ペンネームなので。
こちらは、本名の話です。

出版社さんのリストに、当方の旧姓が載っているのでしょう。
先日、覚えのない本が届きました。
3冊あるということは、見本誌です。

最近、大きな統合をした出版社さんなので、そこで、データも共有なさったのではないでしょうか? いままでは住み分けがあったのでしょうが、同じフィールドで処理されることになったのでしょう。

面白かったのは、「お間違いですよ」電話で、名乗ったところ、受けた方が真心で「お世話になっております」だったことです。
「実は、〇〇先生と同姓同名なんです」
「ええええ?」みたいなやり取りとなりました。

珍名というほどではありませんが、マイナーな名前なので。
出版社さんも、まさか!でございましょう。

「同名」というくくりでは、同業の先輩、あまきシスターズの天城映先生もいらっしゃって。
同じ名前なので、「お姉様」とか女子高ごっこをしたりしているのですが。
しかし、フルネームとなると、なかなかないかもしれません。しかも、著者くくりでは、同業者といえなくもなく(うーん、こっちは無理がありますが)。

最初に同姓同名の先生の存在を知ったのは、演劇事務所にいるころでした。
当時、戯曲の賞をいただいて、そのニュースが新聞にコラムとして載りました。同時期、書いた別の戯曲の舞台化が予定されていたため、お問い合わせいただいたのです。
「この受賞された方が、戯曲を書かれたのですか? そして、その方は、学者の方ですか?」と。
まさか今電話口でお話ししているのが、本人ですとは言えませんから、「学者の先生ではありませんよ」だけ申し上げて……。
ああ、そういう方がいらっしゃるのだと知りました。

今、私の旧姓で検索をかけると、同姓同名の先生の功績が上がってきます。
なんだか、もう一人の自分がそこにいるようで、非常に面白いのです。

そして、世間でよく言われる「三人間に挟めば、その人につながる」は、有効だとわかりました。もはや、すぐそこにいらっしゃいます。
いつかご挨拶に行きましょうか。
でも、「実は、旧姓が」は、ちょっと惜しいですね。ははは。

 

 

気遣いの難しさ

葬儀って、いつもあるわけではないので、非常に難しいですよね。
まず、ルールがわからないし、気を遣い過ぎて、一周回っちゃったりしますよね。

今回は、鬼籍にはいったのが父ということもあり、基本的には、故人、ないしは、喪主である母と面識があるかないかを判断基準にしておりました。

本来でしたら、こっそり進めて、年末の欠礼葉書でのご報告がスマートだと思うのですが、年末年始のタイミングで、うっかり「年賀状を出さない」を選んだため、話がややこしくて仕方がありません。

年末に「ちょっと状況が悪くて」とお知らせした方には、「危篤終了のお知らせ」のつもりで、御報告は入れました。ホントは、全部片付くまで、内緒にするのが気が楽なのですが、それでは、ずっとご心配をおかけしちゃいますからねー。それに、途中まで進行形で話が入っていたのに、最終報告が「全行程終わっております」では、あまりにも水くさいというか。なんというか。

何人かの方には、細かくお問い合わせもいただき……。
「お気遣いなく」とお答えしつつも、同時に、「もしも、逆の立場だったら?」と考え直したりしました。
だって、私も、親しい方のお身内に何かあったら、出来るだけのことはしたいと思いますから。そんなとき、頑なに固辞されたら、悲しいです。

ここはもうダブルスタンダードで、「何もしない」、「何かする」、両方アリなんですよね。何もしない優しさ、何かする優しさ、両方アリですよね。
いろいろ考えさせられる体験なのでした。

 

 

誕生日占いのこと2

いろいろ取り紛れ、ストック0という非常にヤバい状況になったため、今まで本気で少し書きためました。
もう目がしばしばしてきたので、きょうは、打ち止め。
5日分+αだけ、書いたのですが……。

ん???

実は、一日分が、500文字+400文字で、900文字で書いているのですね。原稿用紙2枚ちょっとです。で、5日分ってことは、11枚ちょい書いたってことですね。
うわー、そりゃ、疲れるわ!!!

なるほど、だから、しばしばか!!!
これ、お仕事ならば、20枚くらい集中して書きます。最大出力で、だいたい1日30枚くらいが私の限界でしょうか?
やっぱり、かなり無謀な試みでございます。いえ、始めたからには、366日全部書きますが! 書きますが、それでも、無謀です。

12月31日生まれの方の占いまで書き切ったら、感動しそうですね。
可能ならば、夏までに仕上げたいですねえ。理屈でいえば、無理なくイケるはずです。
頑張ります!

 

 

 

 

ご厚意

自分のことは、自分でする。

これは、すべての基本ですよね。
一方、人にやっていただかないと出来ないこともあります。

たとえば、お通夜での受付。これは、どなたかの力を借りることになります。
葬儀屋さんは、いとこさんとかが適任と簡単におっしゃいますが、うちのケースでは、うまくハマる人がいません。
旧友に頼もうにも、何分にも遠方です。
父と面識がない人にお願いするのは、ちょっと違う気がいたします。

今の段階では、伯母、父の友人に落ち着いておりますが、ここはひとつ悩ましいところでした。知り合いにバイトでも頼む? 私が立とうか?
そんなとき、「人手がいるようでしたら」というメールをいただき、本当にうれしかったです。

お香典に関しては、葬儀屋さんもやってくれません。こういうことは、自分がその立場にならないとわからないものですね。
また、お花もあります。舅が「お父さんにハクをつけてあげないといけない」と贈ってくださったり、思いがけないところからいただいたりして、これも自分では出来ないことだと思いました。

人にやっていただいて、形になることがあるのですね。
だから、近所づきあいで、だから、人づきあいで。
見事だと思ったのは、過去に私がお身内のお別れにうかがった方からは、訃報の翌日にお心遣いが届いたことです。

冠婚葬祭は、人にちょっと無理をさせます。
でも、その無理が、人づきあいの中で、大事なのでしょうね。

過去に重ねてしまった不義理を悔やみます。思い至らなかった未熟さを恥ずかしく思います。
これからは、少しだけ、いい人間になれそうな気がします。