氷室奈美先生の霊視画。

氷室奈美先生に会ってみたい。

そんなことを考えたのは、去年の暮れでしょうか? なかなかタイミングが合わず、やっと実現しました。

お友達とシェアで60分の霊視画体験を致しました。が、申し込み時に抱えていた問題は解消してしまっているので、別に聞くことがないわけですよ。困ったなあ。

なので、最近あった横濱媽祖廟や中国鍼の話をしてみました。すると、やはり、出てきました。

霊視画

中国で、宦官をしていた前世。上のほうに描かれているのは、大天使ミカエルです。

ミカエル、この手のものには、気楽に出てくる感じですが、私には、大天使アンテナないので、びっくりしました。日本の神様とかなら、「ほう、なるほど」と素直に入るのですが。

知識も心の準備も、いまいちありません。

次に目立つのは、中世フランス、オルセー地方で魔女狩りにあった女性でした。縄目を受けていて、お気の毒です。霊視画

「こちらは、ほどけないんですか?」とうかがうと、「今、あなたがどう生きるかにかかっています」とのこと。

「この方は、『ありがとう、助かりました』とお礼を言われた方々に糾弾されましたから、人を信じられなくなっていて、宗教の暗い部分に気づいています」

魔女と遊女の前世はありますね。やたら、ひっぱられます。

可愛かったのは、宦官のエピソードです。貧しい生まれで、非常に優秀。将軍たちの間をうまく立ち回れる人でした。が、芸術に焦がれ、螺鈿細工や美しい装飾品に引き寄せられていたそうです。

私の今後の課題は、占いは、「もう少し、見合うお金を取ってください」とのこと。

また、占いよりも、広く世界に響く何かを作らないといけないし、そちらに進む流れになるだろうとのことです。

教えるのも、悪くはなく、ただ、この場合は、マンツーマンで。

また、魂の成長に合わせ、ふいをつくような事件を起こすから楽しみにしてね、とのことでした。サプライズかい?

芸術と大衆性、共感力。正しい道を歩いているから、大丈夫ですよ、と。

実際、いま、問題はないんですよ。問題は、解決に向かっています。私は、日々、改善され、ベストに向かいます。私を経て、流れは、清らかになり、静かに善意が広がっていきます。

気がかりは、ひとつずつ、解消され、新しいつながりが生まれていきます。

横濱媽祖廟に惹かれるのは、宦官だった時代があるせい。魔女も、遊女も、自覚がありますし、平安時代の行儀作法の指導者だったイメージ、我が子を人質に取られ、トルコで王子を毒殺しようとした哀れな乳母だったイメージも、私の中にもあります。

そういえば、雲龍さんの演奏を初めて聞いて、次々に沸いたイメージの中の最後は、揚子江の上を龍に乗り、疾走するというヴィジョンでした。

私たちは、古き記憶、体験、思いの集大成なんですね。

連れを待つ間、会場のオーナーさんに、気の練り方を伝授され、霊視画についていろいろうかがっていたら、氷室先生に「静かに」と叱られてしまいました。霊視画体験で、怒られる人、あんまりいないと思うなあ。ごめんなさい、氷室先生。クライアントである友人。

 

四十九日

きょうは、父の四十九日でした。
納骨は10日前に済ませたのですが、母を思って、お墓参りに誘いました。

ちょうど、祖父の命日に当たりました。
父と祖父に、ビールとお酒、祖母にお茶を供えました。
叔母によると、「お母さんが出てくるときは、お茶が欲しいときみたい」らしいので、「じゃあ、次回、供えます」と約束していたのですが、すっかり忘れていて、出かけに思い出し、急いで淹れたのですね。慌てたのがいけません。
お供えの残りを移動中に飲んだら、「あれ、これ、めちゃくちゃ濃い」という感じで。
粗忽な孫だとバレバレな気が致します。おばあちゃんが文句言いに来たら、どうしましょう(笑)。

やっと一段落でしょうか。
まだ、細かく続きますが、でも、やっと、落ち着いた気がいたします。
自由業ならではですよね。平日にお墓参りが出来るのは。

それから、行ったことがないと主張する母を連れて、浅草へ。
004

なんか「雷門」のストラップを買っていましたよ。
弟が持っていて、うらやましかったらしいです。
そういえば、うちの旦那も、初めて浅草に行ったときに、「雷門」の提灯を買っていて。
あの赤には、人を惹きつける何かがあるのでしょうか?
私は、別に欲しいと思いませんが。いろいろ、ナゾです。
提灯の下には、龍がいるんだよって教えたら、のぞきこんで、写メしていました。
なかなか正しい観光客だと思います。

「スカイツリーに行く?」って誘ったのですが、メガネを持ってないとか言い出しまして。
じゃあ、今度ねってことになりました。よし、いい娘ぶりっこ、終了です。

しかし、身内の死というのは、時間感覚を狂わせます。
悲しみが薄い私でさえ、こんな調子ですから、お父さん大好きっこの人は、大変だろうなあと想像いたします。
年を重ねると、お参りしないといけない場所が増えますねー。
それぞれ、懐かしい時間を思い出せるから、案外よいのかもしれません。

そうそう、浅草、見事に鳩がいませんね。
あまりよろしくないウワサを耳にしたのは、数年前のこと。
それから、お邪魔する度に気を付けているのですが、確かに鳩がいません。
人形焼の中にも、鳩がいるのに、なぜ、現実の浅草に鳩がいないのでしょう。
非常に、不自然だと感じます。

日蓮大聖人御誕生会の日に。

恥ずかしながら、仏教にうといのです。
寺アンテナがないというか、なんというか。

ただ、家系として神道ではないので、葬儀は仏教のお世話になります。
私だけではなく、一族全員がこんな調子でして、「あれ、宗派はなんだっけ?」となりました。
葬儀屋さんはさすがで、仏具を手掛かりに「日蓮宗ですね」とおっしゃいます。
で、「そうか、日蓮宗か」ということになったのですけれど。
本当に頼りなくて、困ったものですね。

まあ、いろいろございまして、昨日が父の納骨でした。

今年になって、私、アメブロで「お誕生日占い」を毎日更新しているのですが、そこに、「きょうは何の日」もくっつけております。で、2月16日の分を書いて気づいたのです。
「あれ??? 納骨の日って、日蓮宗にとってすごく大切な日なのでは???」

法要直前に、慌ててお寺さんにうかがうと、「時間をずらしてやりますから大丈夫ですよ」とおっしゃってくださいました。
おそらく、納骨をお願いした段階で、「え、よりによって?」とは思われたと思うんですよねー。なにしろ、私の都合で、若干早い日取りなんですよ。でも、遺族の希望がそこなら、よろしい、やりましょうって考えてくださったのだと拝察するのですが……。

申し訳なかったです。ただでさえ、御開祖のお誕生日。そして、足元は、雪ですよ!!!
石屋さんによると、「昨日もあったから、きょうはまだまだ」ということになりますが、まあ、足場が悪いったら! 渋滞するったら!!! 延期すればいいのにねえ、と、いまごろ思ったりして。

申し訳なく、ありがたく。
本当に、無知、考えなしは、いかんですね。

そうそう、面白かったのは、父方の祖母の話です。
おばたちによると、「夢に出てくる」し、「姿を現す」そうです。
「お父さん、夢に出ない?」とおばに聞かれ、「父は出てこないですけれど、葬儀モチーフ攻撃に合っています。棺にお墓に、喪服に。なんか呼ばれていますよねー」って答えたら、「母の死後、三途の川の向こうから手招きする夢を見て」って話が続きました。おばの母ですから、私の祖母ですね。ものすごく、キレイなんですって。いつか見られるでしょうか?
「お母さんは、気楽に出てくる」というおばもいて。
どうも父方は、さびしがりなのでしょうか???

死は穢れ。
でも、人は、いつかその時を迎えます。
こちらも、あちらも、さほど違いはないのかもしれません。
ただ、生きている間は、ケジメはつけないといけませんね。

私には、霊を見る力はありませんが、いてもおかしくないと思っております。
見える人は、いろいろ大変ですよね。
まあ、ありがたくも、御開祖様のお誕生日に、お寺さんに無理をして法要していただいたわけですから、父も幸せな人といえるでしょう。しかしまあ、無知は怖いですね。

 

 

反則2

もうひとつ、重大なことを思い出しました。なので、続きます。

そんなわけで(ひとつ前の日記、反則1をご参照ください)、自分の感覚としては、「中学以降、新しいパーソナリティを獲得した」のですが。
恐ろしいことに、先日の葬儀の際、30年ぶりに会った従兄弟に言われました。

「昔と変わらないね」

え?
ええ?
えええ???

あ、もしかして、今が「じぇ」の使いどころ? まあ、いいや、見てなかったし!

これは、どういうことなのでしょう?
昔と変わらない???
え???
あの、あの、あの。ちびっこ時代のセルフイメージは、部屋の隅でいじけて泣いているカワイソウなワタシなんですが…あ、いや、隅にはいなかったですね。部屋の真ん中でドラマチックに家族の気を引こうと大泣きするタイプ……、ちぇ、イヤなことを思い出してきましたよ。
でも、昔と変わらない???

えー???

ちびっこだったころから、私はこんなに大雑把で、適当で、雑な性格だったのでしょうか?

また、血がつながっているとは思えないくらいキレイな従姉妹もいるのですが、この子も、こんなことを言うのです。
「昔から、普通の社会人にはならないだろうなって思っていた」

なんだとー???

人を見る目があるじゃないか、美人従姉妹よ!
どうして、わかった???
どこで見抜いた? いつ、そう思った?

これもまた、反則です。こちとら、記憶がすっぽり抜けておりますので、いとこたちがいう「昔の自分」が思い出せません。言われ放題、やられっぱなしです。なすすべなしです!

もっと言えば、人生のルールがわからないまま、カンでやっております。たぶん、ちびっこのころに、人生のルールを聞くのでしょうけれど、なにせ、すっかり忘れておりますので。

むー!!!

ま、いっか。
考えても仕方ありません。
アゲモチ連想、いったん終了でございます。

 

反則

昨日、手作りの揚げ餅をいただきました。
これ、胸がいっぱいになってしまい……。

昔のオトコで、家の中ではえばり散らしていて、何もしない父でしたが
そういえば、揚げ餅はよく作っていました。

他界して、思い出をたぐろうにも、いい記憶がほとんどありません。
思い出せるのは、小学二年のときに書いた作文のことだけ。
公園のボートに乗せてもらって。
子供ですから、稚拙につづりました。
「池の水が、キラキラきれいでした」的に。
帰り道はまた、父が短気を起こして叱られて、とぼとぼ泣きながら帰ったのです。
作文に、悲しいことは省いて書いたことも覚えています。

次の記憶は、蛍狩り。父が連れて行ってくれました。

そして、母を怒らせて、家を追い出されたときに迎えに来てくれたこと。

以上!!!

以上ですよ? これ以外、記憶がないのです。

そもそも、私には、子供時代の思い出がありません。全部飛んでいます。
つらくて、悲しくて、やるせなくて。
別に、頭を打ったとか、大病をしたとかではないので、忘れたいから忘れたのでしょう。そうそう、一緒に暮らしていましたよ。成人するまで。一緒に暮らしていて、いい記憶が、3つしかないって、本当になんなのでしょうね?

ハッキリと記憶がつながるのは、中学に入ってからのこと。
12歳ですよ? おかしくないですか? これ?

あとは、本当に断片的な記憶しかなくて。
いいこともあったのでしょうけれど、悪いことが多すぎて、全部まとめて忘れてしまいました。
だから、父の死に際し、時間が止まった感覚が、自分でも非常に不思議でした。
悲しくないのに、ショックを受けていること。
思い出そうとしても、記憶が消えていること。

手作りのアゲモチは、少しだけ、記憶のフタをあげてくれました。
こういう反則、この先も不意打ちで来そうです。
きっと、「いいこともあったよ」って、誰かが教えてくれているのでしょうね。
全然思い出せませんが。

子供向けの占いを書くことが好きです。
いっぱい、夢を見て欲しいから。
幸せで、満たしてあげたいから。

子供の言葉を聞くのが好きです。
自分は聞いてもらえなかったから。
さびしかったり、怖かったりするの、わかってもらえなかったから。

きっと、子供がいないから出来るのです。
子供を持ったら、負の連鎖になると考えて、「子供は、いらない」って言い続けて。
ずっと後になってから、自分は子供好きだと気付きました。

子供から見たら、お父さんはお父さんで、お母さんはお母さんです。
でも、お父さんは、お父さんをずっとやってきたわけではないし、お母さんもお母さんとして生きてきたわけでありません。
そこに、ズレが生じます。

生きること、親子の縁、めぐりあわせの不思議について、きっと今年は考える一年なのでしょうね。

 

 

 

 

棺の夢

眠り続けております。

やはり、年末からの緊張がほぐれたのでしょうか?
ずっと、眠って、眠って、眠っても眠っても、全然足りません。
そして、目覚める浅い意識の中で、毎回同じイメージが浮かびます。
棺のイメージです。

年末年始の変則で、実家にずっと棺があったためでしょうか?
ただ、そこにあるのです。

最近、完全にヒッキーなので、旧友が心配して誘いのメールをくれました。
ありがとう、もうちょっと落ち着いてからね。
私にしては珍しく、断っていました。

喪主である母は、驚くような馬力で、あちこちにお返しをしてくれたようです。
早い、早い。
私は、便箋を買ったところで、止まっているのに。
気力がわかないんですよ。とにかく、眠いのです。

親の死は、一年は落ち着かないという話も聞きます。
そうかもしれません。納骨、四十九日、新盆……、きっと、あっという間ですね。

iphoneの調子が、悪いんですよ。
着信音が鳴らないのです。ショップに持っていけばよさそうなものですが、なかなか腰が上がりません。基本、折り返しております。すぐに出られません。すみません。
来週は、火水木と外出の用事がありますし、週末には、締切もあります。
このボケボケの感じから抜けて、少し、シャキッと出来るでしょうか?

iphoneを修理、または、機種変更して。
お礼状を書いて。
そして、寒中見舞いも出して。

そしたら、日常が戻ってくるでしょうか? 棺の夢が止まるでしょうか?
ぼんやり漫画を読み、ライトノベルを読み、ちょっと廃人チックでございます。
大丈夫か―??? 長い目で見れば、一瞬。広い意味で言えば、休息。または、充電。
せめて、散歩くらい行けばいいのにね。
復帰まで、あとどれくらいかかるのでしょうね???

 

 

父への手紙

お通夜が終わって、葬儀場にあった用紙を、中一になる甥っこがくれました。
「これ、あげる」
故人へのメッセージカードでした。

そのまま、バッグにしまって忘れていたのですが、翌日、読経を聞きながら、思い出しました。
今、書かなくちゃ!

ちょっと話が変わるのですが、もう一人の小さい甥の口癖がかわいいんです。
「もう怒らないで」
そんな風に言われると、それ以上、叱れなくなりますよね。

チビ甥っこの口癖を借りて、父に最後の手紙を書きました。
「もう怒らないで、どうぞ、心安らかに」

本当に怒りっぽい人だったので。
すぐに読めるように、お棺の中、手元の近くに差し入れました。

戒名の説明をいただいたとき、お寺さんに「戒名に、短気の『短』や『怒』を入れていただいてもいいくらい」とお話ししたら、笑われてしまいました。
「なんとなく、お人柄がわかりました」とおっしゃっていましたが、本当に伝わったでしょうか???
まだ、住職さんになったばかりのお若いお寺さんでしたが、心に沁みるお話で、遺族一同感謝しております。ありがとうございました。

おかげさまで、葬儀一式、無事に終わりました。
まだ、いろいろございますが、少しずつ、日常に戻していこうと思っております。
様々なご配慮、そして、見守ってくださった優しさに支えられて、ちゃんと立っております。ありがとうございました。

気遣いの難しさ

葬儀って、いつもあるわけではないので、非常に難しいですよね。
まず、ルールがわからないし、気を遣い過ぎて、一周回っちゃったりしますよね。

今回は、鬼籍にはいったのが父ということもあり、基本的には、故人、ないしは、喪主である母と面識があるかないかを判断基準にしておりました。

本来でしたら、こっそり進めて、年末の欠礼葉書でのご報告がスマートだと思うのですが、年末年始のタイミングで、うっかり「年賀状を出さない」を選んだため、話がややこしくて仕方がありません。

年末に「ちょっと状況が悪くて」とお知らせした方には、「危篤終了のお知らせ」のつもりで、御報告は入れました。ホントは、全部片付くまで、内緒にするのが気が楽なのですが、それでは、ずっとご心配をおかけしちゃいますからねー。それに、途中まで進行形で話が入っていたのに、最終報告が「全行程終わっております」では、あまりにも水くさいというか。なんというか。

何人かの方には、細かくお問い合わせもいただき……。
「お気遣いなく」とお答えしつつも、同時に、「もしも、逆の立場だったら?」と考え直したりしました。
だって、私も、親しい方のお身内に何かあったら、出来るだけのことはしたいと思いますから。そんなとき、頑なに固辞されたら、悲しいです。

ここはもうダブルスタンダードで、「何もしない」、「何かする」、両方アリなんですよね。何もしない優しさ、何かする優しさ、両方アリですよね。
いろいろ考えさせられる体験なのでした。

 

 

ご厚意

自分のことは、自分でする。

これは、すべての基本ですよね。
一方、人にやっていただかないと出来ないこともあります。

たとえば、お通夜での受付。これは、どなたかの力を借りることになります。
葬儀屋さんは、いとこさんとかが適任と簡単におっしゃいますが、うちのケースでは、うまくハマる人がいません。
旧友に頼もうにも、何分にも遠方です。
父と面識がない人にお願いするのは、ちょっと違う気がいたします。

今の段階では、伯母、父の友人に落ち着いておりますが、ここはひとつ悩ましいところでした。知り合いにバイトでも頼む? 私が立とうか?
そんなとき、「人手がいるようでしたら」というメールをいただき、本当にうれしかったです。

お香典に関しては、葬儀屋さんもやってくれません。こういうことは、自分がその立場にならないとわからないものですね。
また、お花もあります。舅が「お父さんにハクをつけてあげないといけない」と贈ってくださったり、思いがけないところからいただいたりして、これも自分では出来ないことだと思いました。

人にやっていただいて、形になることがあるのですね。
だから、近所づきあいで、だから、人づきあいで。
見事だと思ったのは、過去に私がお身内のお別れにうかがった方からは、訃報の翌日にお心遣いが届いたことです。

冠婚葬祭は、人にちょっと無理をさせます。
でも、その無理が、人づきあいの中で、大事なのでしょうね。

過去に重ねてしまった不義理を悔やみます。思い至らなかった未熟さを恥ずかしく思います。
これからは、少しだけ、いい人間になれそうな気がします。

 

 

 

ふたつのお別れ

昨日未明、父が他界しました。
おかげさまで、安らかな旅立ちでした。
ご心配くださったみなさま、本当にありがとうございました。
当方は、元気にやっております。いなくなった寂しさ、悲しさは、なぜかほとんどなく、ただただ、無事に見送れた安堵でいっぱいです。

そして、危篤状態ではなくなったため、夜は、他のお通夜にうかがえました。
姑には叱られましたが。
「実父の命日に、よそ様にうかがうなんて!」と。
世間的にも、欠礼しても許される状況だとはわかっております。
わかっておりますが、うかがいたかったのです。

そして、うかがえてよかったです。
昨日のお通夜のご宗派は、浄土真宗ということでした。
「なむあみだー、なむあみだー」
わからないなりに、お経の断片でも拾おうと耳を澄ませて。
音の高低のうねりが、どこか神楽歌にも似て、「きちんと雅楽を学ぼうか」という気持ちにもなりました。仏教も、面白そうだと思ったりしました。
お坊様が、南無阿弥陀、南無阿弥陀と唱えるとき、広い広い空間で、ただ、ひたすら、阿弥陀様を求める素直な気持ちが見えたような気がしました。

宗教は、様々な問題を起こしますが、それでも、やはり救いがあります。
白水阿弥陀堂にまた、うかがいたいと連想も広がりました。

一夜明けてきょうは、亡父の納棺でした。

これまで、私は死がケガレという感覚がどうもわからなかったのですが、今回は、確かに通常の状態ではないと理解しました。

遺体の冷たさは、生者とは一線を画します。
この冷たさをお仕事に含んでいらっしゃる医療関係のみなさま、ご葬儀関係のみなさまに、深く感謝しました。

年末年始の変則で、葬儀などは、少し先になります。これもまた、残された母にとっては、優しい時間になるのかもしれません。
ふたつのお別れは、私の中で重なり合います。こういうのも、ご縁なのですね。きっと。