日々のこと
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歩け、歩け!
ウォーキングを始めて、3週間くらい経ちました。
どうにも時間が取れない日以外は、頑張って歩いているのですが。
一昨日、体重計に乗ったら、3.8キロも落ちていました!
まあ、モトがいっぱいあるせいなんですけれどね(大笑い)。
標準な方なら、1、2キロって感じですよ。割合でいけば!!!
それでも、ずっと体重が動かなかったから、これは嬉しかったです。
初めてのサイン会で、緊張していたせいもあると思うのですが。
継続は力なりですなあ。
一日一万歩を目指して歩いているのに、まったく体重が変わらなくて。
やっぱり年かーって思っていたのですが、それでも、続ければ、結果に
結びつくのですね!
なにも変わらないように見えて、変化は起っていて。
非常にささいな成功体験ですけれど、これが次へ進む原動力になる
気がいたします。きょうも、いいお天気。歩け、歩けでございます。
象鼻杯を体験してきました!
7月30日、社団法人園芸文化協会主催の観蓮会に参加してきました。
場所は、上野・不忍池。朝7時半から受付、8時スタートです。
上野動物公園のご厚意で、園内の池を拝観できました。なんと、園長さん直々のお出迎えです。
すごい企画に参加してしまったのかもしれません。
ガイドは、江戸園芸研究家の小笠原左衛門尉亮軒さん。
80人もの参加でしたが、イヤホンガイドで、離れていてもきちんとお話がうかがえます。
蓮は、開花してから4日で散るそうです。写真は、それぞれ、一日目、二日目、三日目。
そして、左奥が四日目。
早朝30分くらいかけて、ゆっくりとほころび始め、お昼には閉じてしまうそうですよ。
上野動物園の中の池に比べると、弁天堂の周りは、ヨシやガマに押されてしまって、
蓮の生息スペースが逼迫しているそうです。
「動物園の中に比べると、花の数が少ないでしょう?」
ホント、その通りです!
「本来、人の手で手入れをしないといけないもの。ヨシが枯れると、そのまま、島になってしまい、
やがては、池が消えてしまう」そうですよ。
場所を東叡山寛永寺辯天堂書院に移しまして、
寛永寺の寛永寺長臈(ちょうろう)の浦井正明さんによる「仏教における蓮」、
江戸園芸研究家の小笠原左衛門尉亮軒さんによる「江戸時代のハス」のミニ講演がありました。
蓮は、仏教にとって非常に大事な花。
そして、かつて、不忍池には、10種類もの蓮があったそうです。
一般に、象鼻杯で知られていますが、雅な言い方は、「碧筒酒(へきとうしゅ)だそうです。

蓮の葉を盃に見立て、お酒などをいただきます。
弁天堂の境内に戻ると、こんな風に用意されていました。
広げた葉を渡されます。
まず、葉の上でころがして、色香を楽しみます。非常にキレイです。
そして、ストローのように、クキを使って飲むのですが……。
すきっ腹の朝11時のお酒、回りますっ。危険です。
帰り道、枯れかけた葉も映してみました。かつては、こういう枯れた葉も、
美の対象だったそうです。枯れてもなお、美しい蓮。
散った花にも、「散蓮華」という名がついていたそうです。
優雅な時間を過ごさせていただきました。
「象鼻杯」で調べると、あちこちで企画されています。
ぜひ、一度、蓮の杯、お試しくださいませ。
蹴鞠と能
観世能楽堂の能楽講座に行ってきました。
なんだかんだで、皆勤賞です。ただ、肝心のお能は、ずっと見ていないですね。
定期能は、毎月日曜日なのですが、これが、妙に出にくい日で。残念です。
さて、昨日は、『遊行柳(ゆぎょうやなぎ)」という演目についてで、
歌人の水原紫苑さんがゲストでした。
世阿弥の「西行桜」を意識された作品で、
観世信光によって作られたのが、「遊行柳」だそうです。
シテは老人の設定ですが、青々とした青柳のイメージで演じられるんですって。
確かに、強い生命力を感じました。
ただ、講演として、これまでの能楽講座に比べて話に広がりがなくて、
同じところをぐるぐるしていた印象を受けました。
一つは、お家元が今月上旬のフランス公演の疲れで、「今頃調子が狂ってきた」こと。
加えて、進行の松岡心平先生の作品のお好み。
そして、なにより、ゲストが女性だったことが要因でしょう。
水原紫苑さんは、非常に女らしい方でした。和装でスキがなく、スゴイです。
でも、これがどうも、今回はマイナスに働いた印象を受けました。
また、松岡先生のご紹介もよろしくなくて、
「水原さんは最近、よく見るようになって」みたいな失言をされたため、
水原さんは「そんなことないです。前から拝見していて」と弁明になってしまい、
「あれも、これも素晴らしかった」と……。
その流れで、最後まで話題が感想の粋を出なかったような気がします。
お能は、出が勝負で、最初にしくじると取り返しがつかないとお話に出ましたが、
鼎談もあるいは、そうなのかもしれません。少なくとも、能舞台で行われるものは。
また、お家元の意識と水原さんの愛されよう、好かれようとするお人柄の相乗効果で、
どうもどこかのクラブかバーの会話が再現されているような奇妙なトーンで
進んでいきました。
でも、松岡先生は「いい時間でした」とおっしゃっていて。
え、そうなの??? 私は今までで一番内容がなかったと感じましたけれど?
なんだか、空間がモタついて疲れてしまって。
「飲み屋? ねえ、飲み屋?」って思いながら、聞いていました。
見所の空調がキツくて、しんどかったです。
正面は混むので、脇に逃げているのですが、空間的にスカスカのせいか、
寒いったら、ありません。
ちょうど、ゲリラ雷雨に合い、一回上がって、地上が蒸され、また、渋谷で
降られて、ちょっと濡れている状態で能楽堂の冷房だったので、本当にキツくて。
一応、ストールとか持っていましたが、そういうものでは追いつかないくらい
寒くて、参りました。
奈良の談山神社が、かつて能の試演場だったこと。
蹴鞠は、敵の首を蹴ったことから始まった説があること。
これが、個人的に響きました。

ロビーに参考に出ていた装束です。柳に蹴鞠の意匠なんだそうです。
面白いです。作った人がいて、買った人がいて。
いや、注文なのでしょうか?
遊行柳のモデルになった柳は、もう3代目、4代目だそうですが、
非常に青々として、いわゆる老人ではないこと。
「西行桜」は、比較的上演されるけれど、「遊行柳」は珍しいこと。
メモを見直すと、導入部で、水原さんは美しい言葉を使われています。
「健やかな狂気」
「自己と他者」
「時間と記憶の物語」
しかし、これが、だんだん合いの手に変わってしまって。
クラブのママと上客の世間話みたいなトーンになってしまい……。
まあ、珍しいものを見たといえば、それでいいのかもしれませんが、
ちょっともったいなかった、もっと引き出しようがあったんじゃないだろうか?と
素朴に感じつつ、凍えて帰って参りました。
編集さんに誘われ、数人で談山神社には行ったことがあります。
そして、装束を着けて蹴鞠体験を致しました。
蹴鞠、楽しいんですよ。高く球を蹴り上げて、「続く」ことが大事なんです。
談山神社は、遠かったです。
タクシーに分乗してたどり着いた記憶があります。
でも、昔は、彼の地がひとつの拠点だったのですね。
鹿の革を張り合わせた蹴鞠が、もとは、敵の首というのは、なかなか
シュールです。
私も、少しだけ、時間と記憶の旅をしたのかもしれません。
来年、談山神社で能の公演があるそうです。ちょっと行きたいかもって思いました。
遊行柳は、9月1日(日)、観世能楽堂にて、観世会定期能で上演されます。
知れば知るほど面白い谷文晁の魅力・他
土曜日は、欲張りすぎましたっ。
朝から、3日目のウォーキング。
海鳥の中に、黒いコもいました。なんだろー?
カワウですかね???
それから、笙をちょっとだけ吹いて、お出かけです。
えっと、長いですよ! すごく詰め込んだので!
オアゾに行きまして、まず、自分の本を買いました(三冊のうち、真ん中ですよ!)。


久しぶりに、「おとなりだあれ」をしてみました(笑)。
丸善さま、平積みしてくださって、本当にありがとうございます。
テクテク歩いて、三菱一号館美術館へ。珠玉の斉藤コレクション第二弾、
「北斎・広重の登場―ツーリズムの発展」です。
浮世絵、さっぱりわからないのですけれど、つくづく思ったのは、
「これは、行ってみたくなるなー」でした。
どんな国なの? このJAPANって!
もちろん、日本なのですが、今の日本とは違って、おおらかで、広々していて、
色鮮やかで。
14時からサントリー美術館にて、「知れば知るほど面白い谷文晁の魅力」という
特別講座を聞きました。事前の抽選制、参加費700円です。
講師は、秋田県立近代美術館館長・尚美学園大学大学院教授の河野元昭氏。
初めてお話を拝聴しますが、軽快で楽しい方ですね。
秋田県近代美術館は、頭文字を取ると、AKBだそうですよ。
谷文晁に関しては、過日のメンバーズ限定のスライドレクチャー、そして、
図録でだいぶつかんだ気がします。
美術史というよりも、歴史の教科書で「公余探勝図」が記憶にひっかかるか、
ひっかからないかの人物ですが、生前は大変な人気絵師でしたし、戦前までも
それは続いていたそうです。今は、なんでも鑑定団に出てくるくらいで、
「谷文晁に本物なし」などと言われちゃうくらい偽物が多いらしいのですが。
河野さんのお話、楽しかったのですが、朝から歩いたり、浮世絵見たりしていた
ため、もう眠くて眠くて、生あくびが出て大変でした。
ちゃんとコンディション整えていきなさいよって話ですね。
それでも、谷文晁というよりも、もうちょっと俯瞰的に美術史を見ることが出来たというか。
たとえば、江戸時代には、2つのピークがあったと考えられるそうです。
おなじみ、元禄文化。そして、谷文晁のいた化成文化。
後者は、町人文化で、谷文晁というのは、この時代においてシンボリックな人だったそうです。
谷文晁は「八宗兼学」で、いろいろな流派を学び、納めた人といわれているそうですが、
河野さんがあげていらしただけでも、八つの流派は余裕で超えていると。
いただいたレジュメから抜粋いたします。
・北宋画
・南宋画
・宋元画
・沈南蘋(しん なんびん・読むことすら、無理でした・笑。中国清代の画家、長崎に逗留)
・大和絵
・洋風画
・狩野派
・丸山派
これに、図録の板倉さんの論文を読んで河野さんも再認識したとおっしゃる「朝鮮画」も
加わるとおっしゃいます。
谷文晁は、初期の寛政文晁と後期の「烏文晁(からすぶんちょう)、蝶文晁」に
大きく作風が分かれます。これは、質素倹約を是とした寛政、そして、
派手で豪奢な文政といった時代性も関係しているだろうということです。
これまで、緻密な作風の寛政文晁が「よし」とされていて、後期は駄作ばかりと
考えられていましたが、それは、寛政文晁ひいきの萬鉄五郎氏などの評価が
強く影響しているのかもしれないそうです。
確かに、見る目がある文化人に「これはいい!」と言われれば、「そうなのか、
いいのか」と同調しちゃいますよね。
基本的になんでもこなす人でしたが、いろいろ学んだ谷文晁だからこそ、
出来たこともあるようです。
たとえば、松平定信……寛政の改革をやった老中です……に命じられて、
描いた風景画には、西洋画の手法である「陰影法」と「遠近法」が用いられていて、
定信が求める海防という観点からのニーズにこたえていたというお話でした。
当時は、カメラなどありませんから、国防を考えるうえで、要となる
ポイントをピックアップして描いていたのではないかという説もあるそうです。
だんだん、日本史の勉強みたいになっていますねー(笑)。
個人的には、前妻・幹々が亡くなった1799年、娘婿だった文一が亡くなった
1818年の前後で、何か変化がないかが気になります。
が、土曜日の美術館はダメです。人が多すぎて。
7月31日からの展示替えで、また、よいものが出るみたいなので、
再訪したいと思います。年代に注目して見てみます。
作風が多岐に渡り、鵺のようなとらえどころのない絵師なのですけれど、
なんとなーく、わかってきたというか。まあ、そんな感じでした。
サントリー美術館の後は、同じ六本木内で移動しまして、
ストライプハウスというギャラリーで行われた兄弟子の笙のミニコンサートに
うかがいました。
久しぶりに芋洗い坂、下りました。
途中、朝日神社さんを見かけ、ちょっとだけ、参拝してみました。
小さいけれど、いいお社ですね。
御祭神は……。
倉稲魂大神(ウカノミタマノオオカミ)
市杵嶋姫大神(イチキネシマヒメノオオカミ)
大國主大神(オオクニヌシノオオカミ)
大山祇大神(オオヤマツミノオオカミ)
北野天神(キタノテンジン)
お、予想以上にお祀りされていました。
なるほど、自分が惹かれた理由が納得いきます。なんだかご縁が
ありそうな神様たちばかりです。
ストライプハウスギャラリーでは、30日まで
「白井嘉尚ドローイング 白井洋子の光の繭」を開催中です。
この展覧会に「もりのなか 笙の音色」というイベントがあったのです。
豊かな色彩と音、コロンとした光の繭、楽しかったです。
大盛況でした。
ここから、さらに移動しまして……。
今度は、白金台の千年茶館どらロッソへ。
友人の誕生日パーティーです。
3階のテラスを解放していただき、ぼんやり飲みました。

帰宅は、ほぼ終電。ふらふらで、日曜日は半分、使い物にならなかったです。
それでも、ちゃんと歩きましたよ!
日曜日、ウォーキング開始4日目の海です。三日坊主は、免れましたっ!

夕方なのが、御愛嬌。
ふと思いついて、万歩計アプリを入れてみたところ、自宅から海まで
往復でだいたい10000歩と気づきました。
昔は、10000歩歩けば、痩せたものですが……。
いまでは、びくともしませんよ……。
実は、ちゃんとしたスニーカーが片方行方不明で、適当な靴で歩いていたのですが、
家人が憐れんで、新しいやつを買ってくれました。
アウトレットもののニューバランス。

これ、効きますね! 説明書に書いてある通り、「効く」ってところが、
完全に筋肉痛です。すごーい!!!
きょうも、後で歩くつもりです。頑張りまーす!
はあ、やっと週末が終わった気分です!
最後までおつきあいありがとうございます。みなさまも、よい一週間をスタートさせてくださいね!













