日々のこと
ブログ一覧
春分の日
また、ひとつ区切りの日を迎えました。
西洋占星術では、きょうから新しいめぐりと考えます。
日本では、お彼岸。昼と夜がちょうど半分の日を迎えました。
最近、片山洋次郎さんの『骨盤にきく』と『身体にきく』をパラパラ読んでいるのですが、
その中に「春の身体はのぼせやすい」という章がありまして、非常にしっくりきています。
ゆるんでいくイメージとねじれていく感じ。
文中にある「炎症を起こすことで、バランスを取っている状態」というのは、素人には
わかりにくいのですが、先日の「鼻水を封じたら、痰が出た」経験から、体は私よりも
賢くて、すべてに理由があるのだと感覚的には、わかってきた気がします。
きっと私だけじゃないと思うのですが、体に無理をさせてしまうことは多いですよね。
身体の声を聞く。
自分の本音を探る。
すごく大切だけど、難しくて。
ただ、体をケアして、きちんとコントロールしている方は、空気感がゆったりしています。
時間間隔もゆるやかで、一緒にいると、どれくらい時が経ったのかわからなくなります。
すごく長く一緒にいるような気がするのに、ほんの短時間だったり、
逆に、気づいたら、もうこんな時間?と驚いたり。
あれも、一種の魔法のようなもので。
体とうまくつきあうと、時間の感覚も変わるのだと感じます。
私は、どなたかのおこぼれで、体験しているだけですけれど。
笙の先生が、「葛断食がよさそうよ」とおっしゃいます。
演奏会の席で、自然食のプロたちからお話を聞いたそうです。
断食、私は、未体験です。
ざっくり調べてみると、期間は3日くらい。それ以上、個人でやると、
復食が難しく、逆効果になりやすいのですって。
断食は、熟練した指導者のもとでやるのが正しいのですが、葛断食は、
食べないわけではないので、負担は少ないようです。
ネットで検索をかけると、3150円でセットが売っています。
お手軽ですね。
身近にないかとスーパーで探したりしてみたのですが、うまく
探せません。健康食品の専門店には、なかなか足を運べないまま、
一週間が経ちました。
で、やっと注文しました。
本葛を。
お手軽セットと違って、自分で練り上げるのですが、うまく
できるでしょうか? でも、ちゃんとできたら、楽しいでしょうね。
そして、花粉で予定を入れていない今こそ、チャレンジする好機です。
まあ、葛断食を遂行できなくても、一、二食代行食にするだけでも
いいのかもしれません。胃腸の負担、減りそうですよね。
片山先生の本には、春はゆるむ季節とあります。
基本的に、ゆるゆると。
仕事だけ、ちょっと意識を集中させて。
そんな感じで、ヒノキの季節も、乗り切りたいと思っております。
春分の日のテーマは、バランス。
力が中和されて、一度静止し、また、動き出す日なのでしょう。
牡羊座のターンですから、ゆるく生きたいと望んでも、なんだかんだで
気ぜわしくなるのも、この季節の特徴といえるかもしれませんね。
葛断食、また、ご報告します。早く、届かないかなー?
匂いのある暮らし
人は誰でも、弱点を持っているものです。
私の場合は、呼吸器なのですが。
アレルギー性鼻炎には、子供のころから悩まされていて、
今思えば、名医に会えていれば、早期完治もした気がしますが、
医療の進歩、育った環境もありますから仕方ないですね。
それのバリエーションで、花粉症も重症ですし、咳ぜんそくの
流行りはじめのころに、「咳、止まらないなー」で放置していたら、
そのまま、喘息になってしまい、やっと病院に行った途端、
強制入院になったという経緯があります。
喘息で入院したのは、二週間程度でしたが、最初の一週間は
毎日、ステロイド注射を打たれました。
酸素も、もちろんもらっていて、体がどんどん楽になりました。
退院してから驚いたのは、秋の花粉症がなかったことです。
「ステロイドか!」
あるとき、気づきました。
その後も、ちょっと弱ると、呼吸器に異常が出まして、
一年の大半、匂いがわからないことが多いのです。
耳鼻科に相談すると、ステロイド投入で一時的に復活しますが、
やめると、わからなくなります。
で、だんだんうんざりしてきまして、
「今年の花粉は、薬なし!」って無茶をしたら、
喘息の小発作が起こり、先日の点滴となったわけですが。
で、喘息の先生の処方で、花粉対策の薬もいただいて、
また、ステロイドも飲んでいます。
すると、ウソのように体が楽です。
花粉で寝込むということがありません。
そして、予期せぬ幸せで、匂いがわかるようになってきました。
人間って面白いのですよ。一年の大半、匂いのない暮らしを
していると、匂いの名前を忘れるのです。
また、匂いを思い出そうにも、記憶には残っていないものです。
昨日で処方されたステロイドが終わったので、いつまで嗅覚があるか
わかりませんが、楽しめるうちに楽しんでおこうと思っています。
でも、わかるといっても、健康体のときに比べ、3割程度なんですけどね。
その3割も、「いい匂い」は集中しないとわからなくて、
自然にわかるのは、「くさい」とか、そっちなんですよ。
やっと、先日いただいたアロマエッセンスの香りをかげて、幸せです。
やはり、五感は、危険を察知するために発達したのでしょう。
匂いがわかるって、ホント、幸せなことです。
でも、これ、失わないと、わからないんですよねえ。
ステロイドや手術なしで、香りがわかる方法、ないんでしょうかねー?
機能はまだ残っているわけだから、なにか方法がありそうですが、
まあ、持病なので、気長につきあっていきます。
そうそう、花粉レスキューバン、笑っちゃうんですよ。
アレ、本当に鼻水は止まります。
しかし、その代わりに、1時間痰が出続けました。
そこで、私も気づきまして。
そうか、花粉が異分子だから、私の体は排出しようとしているのだと。
あふれるような鼻水は、体がバカになっちゃっているかではなくて、
ある意味正しい反応かもしれないのです。
面白いのは、この話をヘアメイクしながらしていたら、
髪の毛担当の子は、花粉症でつらい思いをしているから、
「へー」って真剣なんですね。
というか、彼女が花粉症だから、この話になったんですが。
メイクの子は、花粉は平気。だから、こんなことを言いました。
「痰なら、いいじゃないですか」
ねえ、それ、ちゃんと考えて言っている?
「痰だと、咳で出すしかないんですよ? 一時間せき込むってことだよ?」
「あ、そうですね」
たった、それだけのやりとりですけれど、メイクの子の無神経さに
呆れました。
同時に、こんな意識の子と仕事しないといけないヘア担当の子を
気の毒に思いました。
カチンとくること、たくさんあるはずです。
花粉症って、本当にくだらない病気で、ならないとつらさがわからないのです。
だから、患者同士の共鳴はすごいですよ。
私は今、勝手に人助けのターンですから、自分が持っている情報もサンプルとして
使えるものも、花粉症さんに出会えば渡しますし。
それが効けば、口コミで広がっていくでしょう?
パーティーのひとりぼっちのつらさと同じで、
花粉症のつらさなんて、本来感じなくてもいいものですから。
反面、無神経な発言をされると、ものすごく根に持ちます。
それまで良好な人間関係を築いていても、一気に崩壊します。
「痰ならいいじゃないですか」は、下の下ですが、
似たような無神経発言は、たくさんあります。本当に呆れるほど。
あ、あと、アレもイヤだなー。
「私は治ったんです。治し方、今度お教えします」
これまで、3、4人いたでしょうか?
こういうこという人は、まったく信用できません。
治し方を知っているなら、なぜ、出し惜しみするのでしょう?
ビジネスにしたいから?
それとも、恩を着せたいから?
最大限に、感謝されたいから?
もったいぶる人、私は大嫌いです。
そういえば、誰も、「今度教えて」くれませんでしたねー。
それ、山師の生き方ですよね。
自分が完治までに何十万かけたとしても、ご縁あって、
知り合った人には、公開すればいいんじゃないかと思うんですよね。
そこで、他の花粉症患者から少しでも回収しようなんて、
いやらしいなあと。
人の苦しみを飯のタネにしようとするのは、自分の苦しさを
忘れている証拠です。
その人の花粉症は治ったかもしれませんが、きっと違う苦しみが
乗ってくるでしょう。だって、花粉症から何も学んでないんだもん。
人生って、そういうものですよね。
花粉症ひとつで、だいぶ、いろいろなことがわかります。
今の私は、花粉が飛ばない季節に比べ、非生産的で、
ひがみやすく、傷つきやすく、恨みがましく、
あんまりいいことないのですが、でも、それも、自分だと
思っています。
無神経発言をする人は、どんどん格下げして、今後のつきあいの
指針にします。
たぶん、今、会いたくない、話したくないって人に対しては、
本当は普段から、違和感を持っているはずなんですよ。
自分が健康なときは、我慢が出来るだけで。
普段から「え?」は、あるはずなんですよね。
だって、それがなければ、悪く取らないでしょう?
カチンと来る前に、「あの人は、そんなつもりでは言ってないはず」って
修正が効くでしょう。
修正機能が働かないのは、おそらく、苦手なんですよね。もともと。
そういえば、編プロの社長さんがこんなことも言ってました。
「悪気がないって、それだけで、悪いんですよ」
うん、そうかも。
まあ、かくいう私も、末期がんのお友達を怒らせてしまい、
そのまま、二度と会えない関係になったりしました。
万事、お互いさま。
自分の身にならないと、わからない。
いろいろあっても、残るかどうかは、ご縁だし、相性だし、
お互いの歩み寄りだし。
なんというか、あんまり考えなくてもいいのかもしれませんね。
ただ、感じるまま、心に正直に。
自分が自分の味方であれば、それだけで、いいような気もします。
ブルガリ
昨日、今月最大のイベントが終わりました。
花粉のため、基本的に予定はなし、仕事と笙の稽古だけに絞っていたのですが、
結婚披露パーティーとなれば、うかがわずにはいられません。
しかし、表題通り、場所はブルガリ銀座タワーのプライベートルームでして、
これはもう、相当なプレッシャーでした。
まず、頭に浮かぶのは、「何を着ていけばいい?」です。
ホテルなら、カラーフォーマルドレスでいいと思うのです。
それは、かろうじて持っています。
でも、場所がブルガリですから、レストランウェディングに類するはずで。
また、プライベートルームというのも、ナゾを深めます。
どちらかといえば、スーツとか、そちら?
しかし、先日も書きましたが、フォーマルマナーはガチガチで、女性の場合、
ふたつに分かれるツーピースやスーツはふさわしくないとされています。
男性のスーツはいいんですかねえ?
もうホント、よくわからないのですが。
新郎新婦がひと世代下なのも、悩ましいところです。
同世代の結婚披露宴と違い、ある程度の落着きは欲しいし、
かといって、父兄になってもいけません。
ものすごく悩んで、二回もカラーフォーマル売り場に足を運び、
結局、アクセサリーからバッグ、靴と全部新調しました。
新調したところで、次に使うアテもないのですけれど(笑)。
ネットで読めば読むほど、わからなくなるのです。
「ある程度年齢がいけば、和服しかないのか?」
でも、その和服も、親族とのかぶりとか、いろいろ考えないと
いけないようで。
「年齢に応じて、スカート丈も長く。17時以降は特に」みたいな
表記もあります。
大勢集まるから紛れることはわかっていても、でも、たまに
「それはないんじゃない?」があったりして。
白っぽい色はタブーは有名ですが、今回もあれこれ迷う私に、
スタッフが生成りストールを持ってきたりして……。
「いや、それはないですよ」
ある程度知識を入れていかないと、お店の人のススメも結構、危険です。
ミュールは、やはりNGでしょうし。
でも、気楽に売ってたりしますしね。
大騒ぎして、なんとか服装を揃え、ネイルサロンにも行き、
さらに、ヘアメイクもお願いして、会場にたどり着きました。
今回は事前の情報が少なすぎて、知り合いがいるかどうかもわからないし、
着席なのか、立食なのかも見当がつきませんでした。
これは、かなり大変です。
幸い、行ってみたら、会場で知り合いにたくさん会えて、楽しく過ごせました。
ありがたいことです。
ただ、「もし、ひとりだったら」を考えて行ったので、お連れ様のいない人に
目が向きます。もしかしたら、お知り合いがいらっしゃない???
なんとなく、話しかけて場や人をつないだりして。
あちこちで、そんなことをしていたら、生まれて初めてといってもいいくらい、
みなさまにほめられてしまいました。
「えらいねえ」
いや、知り合いがいるから、出来るんですよ。ひとりじゃ、無理無理。
パーティーの一人参加って、本当につらいので。
でも、そのつらさ、意味ないじゃないですか。感じなくていいはずの
つらさじゃないですか。
過去にも、いっぱいありました。
友人の結婚式の司会を頼まれたはいいけれど、ゲストは国内外のバレエダンサーたち、
知り合いゼロのところに投げ込まれたり……、英語話せないのに!
仕事がらみの大規模パーティーで、ひとりポツーンとしたり……。
招く側がちょっと配慮しないと、2時間、3時間、
「なんだかなー」「もう帰りたいよー」の状態になりますよね。
いやー、切ないものですよ。ひとりぼっちパーティーは!
最初のきっかけさえあれば、場に入れるものですが、それがないと、
難しいですよね。ひとりから、お連れ様がいる方には話しかけにくいですから。
中には、自分の連れとしか話したがらない人もいますしね。
ともあれ、無事にお開きに!
新婦は美しく、新郎は素敵で、ふたりともとても幸せそうで、
嬉しくなりました。
新婦の表情がいいのですよ。
くるーっと見渡して、「ああ、自分の好きな人ばっかり!」って。
あの表情を見れただけで、大騒ぎしてうかがった価値があります。
2人の女性のテンションが明らかに違ったので、好奇心が働いて
聞いてみました。
「あの、どんなお知り合いなんですか?」
「大学の友達です!!!」
ですよね!!!
そうそう、学生時代の友達の結婚は、楽しいんですよね!
よくわかります!
そのうち、ひとりでいらしていた同じ大学の後輩ちゃんもみつけて、
「先輩がいるよ」とお引き合わせしたら、感謝されました。
「おかげで、会えました!」
新郎新婦との写真を撮り損ねた人に気づいて、カメラマンさんに
「彼、撮れていないから、すみませんが、誘導してあげてください」と
お願いしたり……。
地味に、働いてましたねー。なんで、働いているのか、
よくわからないですけれど。
でも、こういう風に動ける人、いると便利ですよね。
本来は、パーティーコンパニオンは、そういう役目も担うのかしら?
そこまでの接客、見たことないですが。
パーティープランナーでも、こういうところは落ちちゃいますよね。
新婦の遠縁にあたる女性は、こんな風におっしゃいました。
「あなた、人が好きなのね。人に対する好奇心がすごいわ」
そうですね、私は人が好きなんです。
初対面のときに、特に、すごくアンテナが働くのです。
「あ、今、ちょっと居場所がないと感じられているな」とか、
「のど、乾いているよね?」とか。
転職するなら、接客業かなーって思います。
パーティーの前には、ひとりで10階のバーに行きました。
万一、一人ぽっちだったら、いけないので、場慣れしておくつもりで。
でも、ちゃんと時間見計らって動いたのに、お店の人に止められたり
しました。
「お客様、お待ちください」みたいな。
えー???
もう受付時間なのに???
つまり、パーティー前に、バーを使う人はいないんですね。
それが、よくわかりました。ふつうなら、ある程度のスケジュール、
共有しているでしょ? 付属施設は。
また、日曜日の昼下がりのブルガリのバーのお客様は、普段着なんですよ。
へえ、意外に、みなさん、気楽に使っているんですね。
いろいろ勉強になりました。
やっぱり、自腹切って、やってみないとわからないことがたくさんあります。
で、「これくらいは、必要かな?」って思う基準で、だいたい間違いがないことが
わかってきたので、そこは、よかったかなーって思いました。
プライベートルーム前に、バーに行かなくてもいいことも学びました(笑)。
というわけで、ブルガリ騒動、おしまい。
新郎新婦、リッチな時間と貴重な経験をありがとうございます。
おふたりがいらっしゃらなければ、ブルガリには一生縁がなかったかもしれません。
でも、おかげで、また、バーくらいには行けそうです。
末永く、お幸せに、仲睦まじく暮らしてくださいね。
トレンチコート
きょう、ちょっと楽しみなイベントがあります。
仲良しの編集さんの結婚披露パーティーです。
昨日は、それに向けて、いろいろ準備をしていたのですが。
勢い余って、トレンチコートを買いました。
このところ、引きこもっているため、ちょっと季節感が変なんですよね。
自分の中では、「これから必要なもの」って感じていたのですが、
お店としては、「これが最後の一枚」みたいなニュアンスでした。
あれれ、そうでしたか?
確かに、昨日は、上着がいるような、いらないような春の陽気でした。
春のトレンチコートの出番は、あらかた終わっているのでしょう。
いやー、花粉症は、季節感も狂いますね。
基本、引きこもっているせいなんですが。
今回、「20年着られます」、「一生モノですよ」を衝動買いしたのですが、
つくづく、老舗の造りは、すごいですね。
試着のとき、試しに着ていた革ジャケットの上からはおらせてもらいました。
革ジャケットの上に着ても、全然びくともしません。
すごい!!!
これには、感動しました。というか、それが、決め手になりました。
そうかー、そういうことかー!!!
高いだけの理由があるんですね。
これ一枚持っていれば、「ジャケットの上にコートだと、ピッチピチだなあ」とか、
「丈の長いあの服が着たいけど、上にはおるものがないぞ」とかいうくだらない
悩みから解放されるわけです。
別にトレンチコートじゃなくてもいいのですが、要は、私は自分に必要なものが
わかってないまま、何十年も暮らしていたのだと理解しました。
スーツを着る想定でコートを選んでいないから、いざ、スーツで出かけるときに
毎回困っていました。ジャケットを別に持って出かけたりしていました。
どうも、基本的なことを学ぶ機会がなかったようですねえ。
いやはや、お恥ずかしい。
でも、言い換えれば、やっと今になって、自分に必要なものが何かわかってきたって
ことかもしれません。
おそらく、人生は、非常にシンプルな法則で動いているのでしょう。
ただ、それに気づくまでは、いろいろ試行錯誤しなくてはいけなくて。
同じ視点で、靴も買いました。
「とにかく、シンプルなパンプス。サイズは、コレ」でお店の人にお願いして、
出てきたなんのひねりもないものをひとつ買いました。
今までなら、「選んで」しまっていたと思うのです。
だから、私の靴箱には、オープントウも、バックストラップもあるけれど、
極々ポピュラーなパンプスがないわけです。うーん、大人なのに、どうなのよ?
で、これで、「なんでも来い」になりました!
定番商品って、素晴らしい。
とりあえず、マナー違反は避けられるでしょう。
というか、日本のブライダルマナー、ガッチガチですよね。
なんで、つま先が出てはいけないのかしら?
妻が先じゃ、ダメというあたり、前時代的です。
また、調べれば調べるほど、何を着ていいのかわからなくなります。
自分の年齢、新郎新婦との関係、会場のステイタス……。
複合していくと、和服押しになったりして(笑)。
また、違う修行が必要になりそうです。
20代のころに、もっと華やかでかわいいカラーフォーマルを
着ておくのでした! でも、昔は今よりもお金がなかったし、
結婚式も頻繁に来て、ご祝儀貧乏になったりしてましたからね。
気がかりは、「20年着られます」で。
私、この先20年も今の体型のままなのでしょうか???
また、きょうは「一生もの」を衝動買いしちゃったわけで。
一生ものって、そんな風に買うものじゃないと思うんですよね。
もうお店の人が親切で、リアルに相談に乗ってくれるのです。
「今、フォーマルコーナーで大枚はたいてきたんですよ。
さらに、コレを買っていいものかどうか」
「分割ですよ! ぶ・ん・か・つ!」
店頭で、コートを見た瞬間、「あ、コレを買ったら、旅に出るな」と
直観しました。
数年前に買って、あまり出番がないスーツケースと同じ国のブランドです。
ん? よく考えたら、ずいぶん前に一目惚れしたバッグも、イギリスの
老舗ブランドです。あのときも、衝動買いでした。
結局、私は英国かぶれなのか?と思ったら、ちょっと楽しくなりました。
ちょっとクラシカルなテイストが好きなんでしょうね。
山羊座だからかしら?
いつかトレンチコートをはおり、スーツケースを持って出かけましょう。
いかにもですねえ。わはは。
気構えについて
昨日、恵比寿にあるパワーストーンバーを再訪しました。
人との待ち合わせで、最初はストロベリーストーンというカクテルを一人で飲みました。
無事、合流し、、今度は裏メニューだというアクアマリンをいただきました。
今回は、カメラマンさんは不在だったので、章月撮影です。
素人の撮影ですが、背景にあるパワーストーンの意味わかんなさ、
伝わります?
3週間ぶりの再訪でしたが、やっぱりいろいろな意味で「すごい」と
感じる場所でした。
ある友人が私の話から、「へえ、明日、行けたら行きます」みたいなことを
言うので、慌てて止めました。
お店ですから、行きたければ行けば入れますが、
なんというか、何かのついでに立ち寄るような場所じゃないんですよね。
ちゃんと「あそこに行こう」と心定めて寄るといいというか。
時間のスキマでのぞいて見えるものと、ちゃんと時間を作って見えて
くるものは、違ってきます。
「わー、すごい石があるね!」は同じかもしれませんが、
「すごい石があったよ」で終わったら、もったいないというか。
格について、私はよく考えるのですが、それを意識するかしないかで、
楽しさが変わると思うのです。
たとえば、一流ホテルのバーは、静けさも味のうちだと思うのです。
会話をしていても、静かというか。
でも、たまに、何も考えない人がいます。
バーの人は、何も言いません。
他のお客様も、何も言いません。
何も考えない人が連れの場合、私も言うかどうか、半々です。
親しい人なら、「もうちょっと声を落とそうか」とたしなめますが、
目上の方、知り合ったばかりの方だと、そうもいきません。
厳しいですね。
文豪たちに愛されたバーに初めてうかがい、バーテンダーさんに
「こちらは、ずっと憧れていて。でも、うかがうのが怖かったです」と
打ち明けたら、
「ここでお酒を出す側に回るのも、怖かったですよ」と
お話ししてくださって、なるほど!と思いました。
有名バーは、求められるものも多いでしょう。
憧れも、ある意味、値踏みです。
どこまで噂通りなのか、どんなに素敵なのか、素晴らしいのか。
このやりとりのおかげで、格式の高い場所も、自分にはちょっと
立派すぎる場所も、前ほど怖くはなくなりました。
つらつら考えると、格式というのは、気構えから生まれるのでしょう。
最高の場所になろうとしないと、格は生まれません。
そして、それを保ち続ける意識がないと、すぐに消えてしまいます。
あるとき、お育ちがいいと感じる人に共通するのは、求めすぎないことだと気付きました。
引き際が鮮やかで、「え、それだけでいいの?」と若いころはよく思いました。
やがて、出したお金のモトを取ろう、それ以上のものをもらおうとするのは、貧しく、浅ましく、
そうやってガツガツしている間は、本当に欲しいものは手に入らないとわかってきました。
「え、それだけでいいの?」と驚く私が気付かないところで、彼らはもっと豊かで、
多くのものをもらって帰っていって。
そんなに、ガツガツしなくていいんだと思えるようになったのは、ここ数年かもしれません。
人生は、自分が思っているよりも長いと気付いたのです。
一度にすべてを手に入れよう、一度で理解しよう、一度で気に入られよう、好かれよう、
そんな風に考えていると、たいてい取りこぼします。
周りも疲れてしまいますよね。
「あの人と会うと、なんだかエネルギーが吸い取られる気がする」
だって、一方的に吸い取っているのですもの。
本当はあげたくないものも、奪われているかもしれません。
そんなことを続けていたら、「あの人に会うと疲れる」
「会うの、気が重いな」
「行きたくない、体の調子も悪くなってきた。ごめん、行けない」みたいに、
どんどん離れてしまうでしょう。
逆に考えれば、また会いたくなる人というのは、自分に何かをくれる人かもしれません。
もちろん、物ではなく。
前向きになれるパワーとか、心やすらぐ優しさとか。なんでもいいのですが。
そういうのも、人の格かなと思ったりします。
格を作るためには、気構えは大事で。まだまだ、修行中、勉強中です。
まあ、もろもろ、つらつらと。
きょうも、いいお天気です。みなさまも、楽しい週末をお過ごしください。

