日々のこと
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気ぜわしい。
なんだか、気ぜわしいのです。
ここ3日のテーマは、生活の立て直し。まず、荒れ放題だった仕事部屋を片付けました。
机の上に、どんどん書類が溜まっていく惨事でございました。
猫たちは、「なんか変わっちゃったよ」的に、警戒しています。模様替えは、猫によくないと聞きます。私も、行きつけのスーパーの売り場の置き場が変わるとイライラするので、アレの猫版でしょう。どこかにあるとわかっているけれど、どこにあるんだよ?変えるなよ!的に。
ゴミを5袋出して、猫がメインのトイレを使わずに、サブを使いだしたので、3つある猫トイレの砂も全部取り換えて、ふー、なんでこんなに日常はかさばるのでしょう? 夏ですからね、人間にわからなくても、猫には、「こんな臭いところでできにゃいにゃー」なんでしょうね。
次に、易の予習を頑張りました。これがもう、すぐに授業に追いつかれてしまって。
予習というか、下準備、すごく時間がかかるんですよ。旧字体も、チマチマ打つから。手書きモードで読み取らせて……なんてやっております。やらないとね、先生に指されたときがつらいんですよ。
その場しのぎで適当に答えると、めっちゃつっこまれます。
同門の仲良しさんは、「え、講座のときしか、易のことは考えないよ」っておっしゃるのですが、うちの教室では、ちょっと許されない感じ。でも、その「講座の時間だけやる」は、感覚的にわかります。私の笙です。もう2年くらいまともに触ってないので、吹き方覚えているかしら?です。再開したいけれど、まだ余裕がないなあ。
また、易でひっかかったワードは、どんどん追いかけます。
「ん? このフレーズ、他でも出てきたよね?」で、関連性を探ったりして。ああ、この勉強熱心なこと!(笑)。義務教育のころに、コレをやっていれば、もっと立派な人間になれた気がします。
そして、うちの備品の補充。これがもう、大変!
あれがない、これがないで、毎日、買い物に行きます。
この暑さですから、配達の人には、印鑑を押すついでに、ペットボトルを渡しています。どなたも笑顔になります。買い出しは当然、重いのですが、荷物運んでいただいていますから、これくらいは……と思います。しかし、スーパーで、飲み物売り場の前に立つと、その種類の多さにクラクラしますね。
で、ようやく、仕事モードに……、あああ、新札がない!
慌てて銀行に飛び込んだら、カードなど一切なくて、有料の両替となりました。うー!!!
やりたいなと思ったこと、遊びじゃなくて、雑務のほうですが、感覚的に3日くらい遅れています。
ここ数か月、なんだかんだでバタバタしていて、家にいられる日がほとんどなくて。
やっと3日在宅してわかったことは、「週の半分は、家にいたい!」でした。
「え、週休2日だって取れないのに?」とか思わないでくださいね。この週の半分、仕事の時間も入っているんですよー。切れ切れの時間で、作業している感じです。
これ、本末転倒な気がするので、本当に生活を立て直したいです。
今、私に必要なのは、まとまった時間! 集中力! 頑張りたいです。
掃除第一弾
明確なヴィジョン
おかげさまで、熱中症疑惑は、止まりました。
昨日は、延び延びになった誕生日会、小さな子供もいたので、頑張っていきました。
みんなが楽しそうに勝手に酔っていくので、少々辛かったですが、気力で頑張りまして。
ただ、小さい子は途中で飽きてしまい、「おうちに帰りたい」言い出し、保護者はまだ飲む気まんまんで、申し訳ないなーと思いつつ、お先に失礼しました。
綾乃ちゃん、帰っちゃうの? うん、ごめん。またね、またね、またね。
帰宅したら、黒猫さんがニャーで、ニャーニャーと一緒にぐるぐるしました。旦那が代わりに行こうか?と黒猫さんに聞きましたが、おかまいなく、僕は彼女と行きたいんで、で、私は大急ぎで汗を流し、大急ぎで猫孝行に勤めました。
夢を見ました。
引っ越しをする夢です。都内に引っ越さないと能率が悪い、そしたら、私は部屋を持っていて、あの部屋、一年閉めっぱなしだった、忘れていた! 茉莉花先生に付き合っていただいて見に行こう、そんな夢。リアルには、忘れていた部屋なぞありません、もちろん。
少し前は、雪道スリップ事故の夢を見ました。また、その前は、シンデレラの靴をもらう夢です。
変化の兆し。
鑑定スペースは、持ちたいなー。
この体調不良、無理もしていたとは感じるのですが、場や人からもらってしまった厄という気もします。うかつすぎます、私。
守り、足場を固めて。
よし、頑張りましょう。
やっぱ、いずれ鑑定スペースは作りましょう。場を持たないと始まらない気がしますね。問題は、猫なんだよねー。難しー! 彼らは、私にうちにいて欲しいのよね。難しい。
体調不良
『コインロッカーベイビーズ』考
ちょいと未消化なので、もう少し書きます。
なぜ、ガラゲーやメールなしの設定じゃないといけないと思うのか、それは、イージーに連絡がつかない故に生まれる狂気と孤独が『コインロッカーベイビーズ』には、あるからです。
スマホが、ぶっ壊した人とのつながり。いまの時代は、つながっているようで、断絶があります。
原作が発表されたころ、携帯電話は高価で、まだ一部の人しか持ってませんでした。タイミングとしては、ポケベルがあったか、なかったか、くらい。
人との距離、つきあい方が、まるでいまと違います。
いまは、離れているのが前提で、みんな、「もしかしたら、あの人も病んでいるかもね」、「闇を抱えているかもね」、「人は簡単に離れていくよね」ですが、あのころは、つながっているのが前提で、「もしかしたら、離れてしまわない?」 、「そばにいる?」 と不安がわきあがると、苦しくなっていた気がします。だから、知り合いが、自分の一部が、いつのまにか狂ってしまうと、一連托生で自分も堕ちてしまうのです。
今は、切りますもんね。ブロックをかけます。
過去にはスマホがあったら、起こらない悲劇があり、現在にはスマホがあるから、始まる前に終わってしまう喜劇があるのです。
このあたり、明確にしないと、作品テーマがブレます。携帯がある世界、メールがある世界の孤独や闇は、もう少し、素早く進展します。勝手に転がり堕ちていきます。昭和、あの作品が生まれた時代背景は、身内が堕ちそうになったら、止めますし、隠します。このニュアンスの違いで、ドラマの方向性は、絶望的に変わってしまいます。
イージーに、今に寄せてはいけない。
寄せるなら、作品構成、時間の流れ方、感じ方も加工しなければ、キャラに違和感が残ります。
うまくいえないんだけど、「あいつ、おかしいよ」、「狂ってやがる」、「あぶねー」「やばいよね」は、平成の感覚だからね!ってこと。
昭和は、もっと手探りで、私たちは、人はちゃんと機能するものだと信じていました。だから、調子っぱずれの人がいても、排斥しなかった、隔離するのは、よほどやらかしたときだけ。みんな、少しずつ狂っていて、狂いや軋みが日常に紛れ込んでいました。
携帯、パソコンが、変えたのよ、意識を。つながりを。
いまは、遠慮する時代、忖度する時代、インスタ映えを狙う時代、最初からみんな、孤独。
孤独になることを恐れた昭和の空気、そこ、削るなら、作品の展開も変わるから!
イージーな現代寄せは、違うなあと思った次第。電話にコードつけたくなかったんでしょうが、昔は、みんなつながれていたんだよね。簡単には、切れなかったんだよね。
意外に大事、変えちゃいけない要素、無視しちゃいけない要素、あるんだよね。しかし、あの時代を知らないと、わかんないよね~という思いが、「蜷川さんの演出ならばなー」につながるのございます。ハイ。



