日々のこと

章月綾乃の日々のこと。

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マリアージュな夜

数年前、パーティーで、ある出会いがありました。
それが、森冬生先生。時期は重ならないけれど、先輩なのでした。

きょうは、森冬生先生のブログ開設のお手伝いにうかがいました。

そしたらですね、お礼という名のお食事がセッティングされていました。
高層ホテルのマリアージュコース。
食事に合わせて、シャンパンやワインがついてきます。
一体、おいくら万円なのでしょう???
ご、ごちそうさまです。
というか、さらっと予約、かっこよすぎます。

いろいろなお話をしました。
同業で、ルーツが重なるため、普通聞けないこともうかがえるし、
他の方には言えないことも打ち明けられます。
なんて心強い存在なのでしょう。

最後は、家族の話をして、おしまい。
隣にいた見知らぬカップルの注意を引いていることはわかっていましたが、
知らんぷりしておきました。
重い話から、軽い話、悩みから笑えること。

なんだかもう、本当にありがたい出会いです。
ご紹介くださったライターのAさん、感謝します。
本当に、素晴らしい先輩なんですよー!!!

「もう、やめてよぉ、章月さん」という奥ゆかしい先生の
声が聞こえてきそうなので(笑)、お話を変えましょう。

最近、私は「転機」を感じます。
これまでかたくなに「対面占いはやりません」とか
まあ、いろいろこだわっていたのですけれど。

そういうのが、なくなってきて、
何か新しいことを始めたい気分なのです。

6月の木星の移動に合わせて、きっと前倒しで動き出しているのでしょう。
ただ、まだ、「こう動く」を絞り切れていません。
もう少し、寝かせて、立ち止まって。

でも、きっと、何かが始まります。始めます。
そのために、少し、力をためていこうと思っております。
どうぞ、みなさま、今後ともおつきあいくださいませ。

10年超しの……

憧れて、憧れて、10年経ち、やっとうかがえました。
代々木上原、カエサリオン。
カウンターだけのバーです。

一杯目は、無難にジン・トニックを。二杯目に、本命の「上海」。

憧れて、憧れて。
10年目の「上海」です。

きっかけは、『マイ スタンダード カクテル』という本でした。三人のバーテンダーのレシピを集めた一冊でした。その中で、田中利明さんのコメントは、異彩を放っていました。

少し、抜粋しましょうか。
「マラスキーノという酒に男性は、ちょっと口紅のような化粧品臭を感じる。マティーニにチェリー・ブランデーが入ったようなキッス・イン・ザ・ダークというカクテルがあるが、暗い中で飲んでみると少しそれが感じられ、きかせすぎるとべっとりとして、口紅をつけたウイスキー好きの女性とのキスを思い出せる」

どうですか、この隠しきれない遊び人くささ(笑)。
私がカクテルが好きなのは、そこに物語があるからです。

でも、さすがに口紅を感じるカクテルには、そそられず……。
憧れは、上海になりました。

「ダーク・ラムのダイキリにアニゼットが入る感じで、少し混沌とした雰囲気を持つカクテル。アジア地域の雰囲気には、ラムやブランデーのイメージがある。ダーク・ラムは、使いやすいマイヤーズを使っている。アニゼットの量はこれがギリギリだろう。日本人はこれぐらいでも充分感じ取れる」

今、読み返すと、「どうして、これだけで、憧れカクテルになったの?」ですが(笑)。

マラスキーノのくだりで、「こんなに手強いバーには、とても行けない」となぜか思い込み、代わりに、あちこちでオーダーしました。しかし、上海を作れるバーは、あまりありません。アニゼットが非常にマイナーで、すぐに劣化するため、なかなか置いてないのです。生意気な客、無理を言う女として、あからさまにイヤな顔をするお店も多かったです。アニゼットの代用品で、代わりに作ってくれるバーもありましたが、あちこち試して、一軒あったか、なかったか。上海は、半ば、忘れさられたカクテルなのです。古い、古い、古いレシピ。

カエサリオンのことは、すっかり忘れていたのですが、あるとき、ふと思い出しました。
五反田のレストラン併設のバーで、バーテンダーさんとお話ししていたら、昔の私は、相当マニアックにカクテル本を読んでいたことがわかったのです。

「昔、お酒5本でカクテルを作る本があって、私はこの本はすごいと思っていたんですが、ほぼ自費出版みたいな感じだったんですよね。そしたら、すぐに大手がパクッたんですよ」
「え、どうして、その話、ご存じなんですか?」
「だって、本、持っているから」
「ふつうは、知らない話ですよ」

自覚しているより、かなりマニアックにカクテル本を集めていたことに気づきました。

で、そんな流れから、「そういえば、憧れていたバーがあったなー」と思い出しまして……。
でも、そのときは、タイトルが出てこなくて……。

そこから、また、半年くらい経って、やっとの訪問になりました。
静かに浸りたいし、逆に、少しお話もしたかったのですが……、連れが恋の話を始めたので、それが酒のつまみになりました。

アニゼットの足が早いのを知っているため、三杯、四杯目は、アニゼットで、リクエストしました。
クイーンエリザベス、あと、名前を聞いたけど、忘れてしまったアニゼットいっぱいのカクテル。
10年間、憧れ続けたバーテンダーの田中さんが、「アニゼットがお好きなのですか?」と言います。違います。私は、アニゼットの足が早いことを知っているだけです。

昔の本の話から始め……これは連れのはからいで。4杯もカクテルを飲み、ろくに話もしないで、帰っていく。なんだか、ハードボイルドの主人公みたい。でも、これで、いいのです。十分です。
いろいろうかがいたいことはあるのですが、片思いが長すぎて、どこから切り出したら、よいのやら。

恋を語り続ける友人がよい隠れ蓑、私は静かに、盃を重ねるだけ。
こんな夜、なかなかないです。

やっと、『マイ スタンダード カクテル』の上海を飲めました!

マイ スタンダード カクテル 五本でできるカクテル講座

場をつくる

きょうは、少し長い話になります。
え、いつも長いって? じゃあ、その倍くらいで。
お時間のあるときに、おつきあいください。

土曜の朝、私は沈んでいました。
先週、自分が人に振った話題から疎遠になった人のウワサを聞いたせいです。
「彼女、ツイッターでよくつぶやいているよ」
「へえ、そんな風に、つながっているんですねえ」

その場は、さらりと流しましたが、日を置いて、
自分でも思いがけない行動に出ていました。

「あ、これか」
彼女を見つけて、ざっくりログを読みました。
読んでいるうちに、なぜ、彼女と疎遠になったのかを思い出しました。
もし、仲直りしたとして……。
仲良くつきあえるかといったら、微妙だと思いました。
同時に、「おめでとう」って言ってあげたいなーって素直に思って。
なんだろう、この好きだけど、嫌いみたいなの(笑)。

究極のところ、これは、 捨てたはずの過去への執着でしょうか?
それとも、ゆがんだ妬みでしょうか?

ざわざわして落ち着きません。
ただね、こんな風に、今の自分に関係ないことが気になるのは、
私の核が揺らいでいるせいだということは、わかります。
自分に確信がないから、変なことで動揺するわけです。

で、沈んだ気分のまま、二ヶ月ぶりのルーシー・ダットンに参加しました。
まず、挨拶を始めるのですが、簡単な意識集中の途中で、唐突に、
20年前の知り合いのことを思い出しました。
「大橋さんに会いたいなー」

パフォーマーなのですが。
そう思ったら、涙があふれてきました。
大橋さん、元気かなあ?

ポロッと本当に涙がこぼれて、焦ってタオルで拭いて、ご挨拶をして。
「そうかー、大橋さん、まもなく還暦かあ」って思ったら、
面白くなっちゃって。
20年前38だか、40だったわけで。そうしたら、もう還暦です。
壮年期のころの大橋さんのイメージしかないから、
今、会ったら、全然違う人になっているかもしれません。

時の流れを感じました。
きっと、「大橋さん」は、私の若いころの夢や希望の象徴なのでしょうね。
もちろん、こちらは、「先週から私を悩ませている昔の友人」では
ありません。わかりにくい文章で、申し訳ないのですが。
きょうは、こんな風にダラダラと続きます(笑)。

「手放してください」
そんな定番の誘導フレーズが、妙に心にひっかかりました。
身体を動かすうちに、だんだん気持ちが落ち着いてきて。

ルーシーが終わるころには、なんだかスッキリしていて。
「私が今やってみたいのは、グループセッションだ」と
いうところに落ち着きました。

久高島に行った友人が、お土産をくれました。
くちゃ玉

くちゃ玉、かわいい。ありがとうございます。
その友人ともう一人の歴史好きな男性と3人で、
つぶつぶカフェで食事をし、やがて2人になって、
またもや、パワーストーン屋さんに行きました。

久高島の友人は、キラキラな石を、
私はなぜか、こんないかにも魔女石を買ってました。

魔女石

なんの呪術につかうのでしょ???
我ながら、不可解な行動です。

針が入りすぎたルチルの仲間とうかがいましたが、
正確な名前は、聞き忘れてしまいました。
ただ、効用?は、グラウディングと魔除けだそうで。
まさに、場をつくろうとする私には、ピッタリの石でした。

友人と別れて、次に向かうところに行くために、
手土産を探しに伊勢丹へ出ました。
この日は、ピンとくるものがなくて、ちょっと困りました。
結局、千疋屋さんにして、意外にウケまして、よかった、
正しかったかーとホッとしたのですが。
リアルなお知り合いはもちろん、続けて読んでくださっている
方も薄々お気づきだと思いますが……。

手土産、凝るほうかもしれません。
手土産のために、アンテナ張ってます。ははは、バカですねえ。

千疋屋さんを持ってうかがった場所では、二人の方と
お話しさせていただたいたのですが。
ここでは、ネットコミュニケーションの怖さが話題に出まして。
そうなんですよね。SNSやブログのせいで、
関係が崩れる、壊れるってありますよね。
実際、私もツイッター検索で、昔の友達を探し当てたわけですし。
名前なんか全然からめてなくても、その人の特性を知っていれば、
探せてしまうのが今の時代です。

でも、もう出来ちゃったものをなしにしようは、ちょっと
難しいわけで。
となれば、自分が変わるしかありません。

また、朝からの心変容のプロセスに立ち戻れば、
過去のひっかかりに心が奪われてしまうのは、要は、
不幸だからです。
さて、ここはハッキリさせて。
自分を不幸にしたままでいいのかということです。

いい思い出があるから。まだ、好意が、未練が残るから、
過去に気持ちが向かうのは、仕方のない一面もあります。
でも、もうよい時間は過ぎ去り、今は違う流れの中にいます。
むりやり、流れを逆流させて、果たして幸せになれるかどうか?
疎遠になるには、それなりの理由があります。

やっぱり、完結を選ぶしかありません。
それは、誰が決めるのかといえば、自分自身です。
自分で、新しいお話に紡ぎなおすのです。
一度、思い出に、過去に変えないと、現在が失われただけです。
その上に、未来が積み重なるかどうか???

というわけで、すっかり気持ちを立て直すことが出来ました。
こういう揺り戻しみたいなのって、なんなのでしょうねえ?
決着をつけたはずなのに、繰り返し、揺さぶられます。
簡単な理由づけは、「過去世の因縁が深い」なんですが(笑)。

だけど、やっぱり、私たちは、現世に生きていて。
変えられるのは、今と未来で。

過去にこだわることも出来ますが、それは、終わった時間の
中に自分を閉じ込めるだけのことですよね。
戻れるかわからないのに、戻ろうとあがけば、
その分、目の前の道から外れてしまいます。

縁は途切れたのではなく、変わったのでしょう。
縁の変わり目はあるもので。
正しく先へと進めば、また、結ばれるかもしれません。
くるしくても、消化して、形だけでも、完結させて。
次へ行きましょう。

ただ、書いておこうかなあ?
「ご出版、おめでとう。
よかったね、きっと、次のステップも踏めるはず。
あなたは、有能で優秀。誰よりも、向上心があって、
尊敬できる人です。
一緒にいられた時間は、大事な思い出です。
あまりにもいろいろありすぎて、戻れるとは思えないけれど。
あなたは、大事な友達でした。
直接言えないのが、苦しいけれど。
でも、本当に、おめでとう」

24歳の女性に、こんな話をしました。
「24歳じゃピンとこないと思うけど、
もう少しすると、恐ろしいくらい簡単に人と切れるんだよね」って。
本当に言いたかったのは、
「だから、今の人間関係は、絶対じゃない。
本当に大事なことなら、譲らないほうがいい」だったのですが、
ちょっと、焦点がズレてしまい、これは、言わずじまい……。

私よりも少しお姉さんもいらして、しみじみ、おっしゃるのです。
「本当に、自分が悪いのかと思うくらい」
話が違う方向へ向かいました。

たぶん、私も悪く、相手も悪く。
そして、怖いことに、どちらのせいでもないのです。
成長のスピードが変わる、お互いの事情が変わる、そして、
親しいからこそ、離れてしまうのです。
ケンカできるくらい仲良くなれたことを誇りに思えば、いいんじゃないかなーって
思ったりします。

昔、別役実さんの戯曲で、こんな言葉に出会いました。
「親しいからこそ、その人から犠牲にする」

正しく覚えていないのですが、ニュアンスは、こんな感じ。意訳ですみません。
中学生のころかもしれません。出会ったのは。
ハッとして、納得して。
でも、正しく理解したのは、最近になってからかもしれません。
当時は、「なんでだよぉ」って反発していたように思います。
今は、「だよね、だから、愛なんだよね」って感じます。

穏やかに、円満に。
誰とも、モメずに仲良く出来ればいいけれど。

そうそう、もうひとつ。
世の中には、2通りの人がいて(笑)。
ケンカが出来る人と出来ない人です。

モメやすい人は、ケンカしても、仲直りできると信じています。
でも、ケンカしたら、すべてが終わりになっちゃう人もいて。
そこ、見極めないと、お互いにつらいですよね。

土曜日物語はさらに続きがあり、絶品ミートパイの部とか、
オリーブ物語とかあるのですが、まあ、それは、
また機会が巡ってきたら……。長くなりました。

場をつくること。
幸せな場をつくること。
この週末で、新しい目標ができました!
そして、新しい週の始まりですね!

「逆算」開運法

最近、夢をかなえる、やりたいことをやるカギは、「逆算」にあることに気づきました。

まず、去年の暮れに出会った「マンダラ手帳」が、そんな発想です。
とにかく、「この先、こうなって欲しい」と書いてしまいます。
そして、細かく段階に分けて予定を組み、理想に向かって現実を変えていきます。

今年になって買ったさとうめぐみさんの
「マンスリー&ウィークリーで幸運を呼び込む「2度書き」手帳術」にも、
逆算の知恵があふれていました。
たとえば、なかなか「家をキレイにする」ことが出来ないならば、
「家をキレイにするために、しなくてはいけないプロセス」を書き出していくんですって。
窓を拭く
雑誌を片付ける
掃除機をかける
不用品を処分するなどなど。
そして、細かく分けた作業を未来の予定に組み込んでいくんだそうです。
「なるほどー」と思いました。

さらに、いつもの友人情報の苫米地英人さんがおっしゃっているという
「途方にない夢を掲げて、その前段階を想像していく」発想法も
すごくよい頭の整理になるんです。

昨日は、日中打ち合わせがあり、
夜は親しい編集さん主催の「新月の会」に後から参加したのです。
昼夜で、十人の方にやっていただきました。

夢実現のプロセスは、6段階くらいでいいらしいのですが、
私はピラミッド型にアレンジしたため、9段階もありました。
このため、書くのがすごく大変に(笑)。
逆算

みなさんの夢は、かなり面白かったです。
「世界一周旅行」
「直木賞を取る」
「200万部のベストセラーを出す」
「海外にアパートを持つ」
「島を持つ」
「世界で仕事をする」
「アラブの石油王の妻になる」
「貴族と結婚する」
「永久モテ」
「理想の家を作る」

で、これらの大きい夢の第一歩は、「早起き」とか、「体力をつける」とか、
ごく日常的なことになっていきます。
友人が教えてくれたときにも、気づいたのですけれど、
私たちは、自分の夢はわかっていますよね。
そして、直近で自分がやったほうがいいこともわかっています。
たとえば、家の掃除とか、早起きとか。
でも、そういう「すぐに出来ること」、「次にやれること」が
「いつかかなえたい夢」には、結びつきにくいのです。

だけど、逆算なら????
道筋が見えてきます。
こういうの、すごいなーって思います。

おっと、きょうのやることは、「きょう締め切りの仕事を仕上げる」でした。
逆算すると、もう時間がないので(笑)。
本日は、これにて失礼を。みなさまも、よい一日をお過しください。

 

 

 

長生き、しない!?

この週末は、いろいろ詰め込みすぎましたっ。

大嵐警報の中、2つの集まりに顔を出した土曜日。
パワーストーン屋さん、つぶつぶカフェ、お能、ルーベンス展、ネイルサロンとハシゴした日曜日。
そりゃもう、倒れても無理のない話です(笑)。
土曜日にうかがったお話が、とにかく強烈に残っています。

「占い師は、長生きするはずがないのよ。でも、それでいいの。
大事なことを人に伝えきって、そして、次へ行けばいいの。
それが、面白いじゃない?」

どうです?
この重く、かつ、軽やかなお言葉!
憧れの先生からうかがいました。

私はうっかり占いを仕事にしてしまいましたが、もちろん、最初は読者でした。
マイバースデイの毎日の占いを透明の下敷きに挟み、エルフィンを読んだりしていました。
不思議なご縁で、書かせていただく機会を得て……。
発売中の一号限りのマイバースディ復刻号では、公に「まつざきあけみ先生のタロットカードを
どんなに愛していたか。焦がれていたか」を語らせていただく機会までいただけました。

そして、この週末、幼かったころに憧れていた先生と、直接お話する機会をいただきました。
小さいころの自分に「先生にお会いしてきたよ」って言えたら、
目を丸くして驚くのではないでしょうか?

でも、その会話は、本当に大人な内容です。
これは、今の年齢だからこそ、とても深く響きます。

自分に人様にお伝えするような何かがあるかはわかりませんが、
廃業を選ばなかったのには、理由があるのだと感じます。
占いを仕事にして、今年で20年になるんですよ。
20年間、「幸福とはなんだろう」「運とはなんだろう」と考え続けてきたわけです。

そして、先生は、その先に、さらに遠くにいらしているのです。

生まれた以上、いつかはこの世界を去ります。
年を重ねるにつれ、親しい人とのお別れの場に立ち会う機会も増えてきました。
でも、本当に、教えていただいたことは、ずっと生きています。
あのとき、あんなことをおっしゃっていたなー。
そんな風に、記憶の中から今は亡き方が語りかけてきたりします。

長生きは、しなくてもいいのかもしれません。
ただし、きちんと、生き抜ければ。

お能は観世能楽堂で、『道成寺』を見てきました。
基本的に、「なにもない空間」に、別世界を下すのがお能だと感じるのですが、
道成寺には、大きな鐘が用意されます。
私はそれほど数を見ていないし、知識があるわけではないのですが、それでも、
かなりエンタメ寄りの作品だと思いました。
なにしろ、白拍子が、鐘の中で蛇に変わって現れるのですから。

過去に、歌舞伎で見たこともありますが、お能の道成寺、素晴らしいのです。
もう、切なくて。
特に、今回は、観阿弥、世阿弥以前の鎌倉時代の『泥蛇』という面だったそうです。
泥蛇はでいじゃ、面はおもてと読みます(あ、私も人に教えていただきました)。
そんな昔のものが、今も現役で使われていて。
面に食われない気迫と身体、そして、強い意志があってこそ、成り立つ世界で。

 

見ながら、「蛇に変化しても、手は人のままか」と、当たり前のことですが、
それがまた、切なくやるせなく、胸に迫ってきました。

こちらが、その面なのですが。こんな面、つけられます?
何かの間違いで手にしただけで、異次元にひっぱられてしまいそうではないですか?
能楽師というのは、すごいことをさらりとやってのけます。

泥蛇

きっと、このインパクトが強すぎたのでしょう。
ザ・ミュージアムで見た「ルーベンス 栄光のアントワープ工房と原点のイタリア」は、
さらりと流れてしまいました。

ただ、「足」は面白かったです。
「復活のキリスト」のキリストの足が外側に逸れて、現実逃避の相なのはよいとしても、
いざなうはずの天使の足がいじけていました。
天使の足は、のびのびしていないと!
でも、ルーベンスでさえ、そこまでは考えられなかったのでしょう。
当時のモデルたちが、そういう足の持ち主だったと想像します。

足で、その人の持つ傾向などが現れるというのは、
トウリーディングの考えです。
そうそう、トウリーディングの提唱者K・C・ミラーさんは、十中八九、
魔女だと思います(笑)。
去年、ミニイベントにうかがったのですが、一目で
「うわー! そりゃ、この人にはなんでもわかっちゃうよ」と理解しました。

最近は、耳で未来を読む術を伝授なさっているようですよー。
オーリキュラーセラピーで、検索かけるとヒットすると思います。

自分がどう生きていくのか、どこに向かうのか。
この世界には、いろいろな手掛かりがあるのかもしれませんね。
あれ、なんだかあっちこっち話が飛びました。失礼、失礼。
では、今宵はこの辺で。よい夢をご覧になってくださいね。