正しい理解

人間というのは、面白い生き物だと感じます。
感情的な部分で動いたり、本能的に反応しちゃったりするのですが、
頭で納得があると、ひとつ芯が出来てブレなくなります。

軸が出来る、核が生まれるというか。

「これは、赤である」
そういう定義づけが必要なわけで。

赤という言葉に行きつくまで、「なんだか燃えるような感じ」とか、
「イライラする」あるいは、「やけに高揚する」など、いろいろ
あって。そういう段階だと、不安定で苦しいですよね。

それが、「それは、赤だからだよ」で、すんなり腑に落ちます。
「そうか、赤だからか!!!」

あとは、ものすごく楽で、とっちらかった感情を整理し、
感覚的に余分なところはカットし、「赤」に対する構えが出来ます。

今回、「それは、『赤』だと思うんだ」と教えてくれた友人がいます。
彼女は、私の何倍もの時間を「これは、なんだろう?」って考え続けていて。
私は、「うーん、なんかモヤッとするぜ」くらいで、基本的にガマンはムダと
考えるタチなので、「モヤッとイラネ」と一瞬で判断して、さくっと切り捨て、
終わったこととして棚上げしようとしていたのですが(笑)、
友人のおかげで、棚上げの前に「赤」とラベルを貼ることが出来ました。
これ、「赤」だと判明しないと、また、忘れたころに「古ぼけたモヤッと」が
棚から落ちてきて、勝手にバラけ、ほこりにまみれて、未消化な感情がわきだし、
きっと、泣きたくなるような瞬間があったはずなのです。

でも、「赤」とラベルが貼れたから、もう大丈夫。完全決着です。
友人の考察に乗っかって、人生のショートカットをしちゃいました。
なんてありがたいのでしょう!
こういう友人は大事にしないといけません。とりあえず、拝んでおきます。なーむ。

今、起っていることを正しく理解し、きちんとラベルを貼り、仕分けをすれば、
人生は非常にスッキリ進みますね。

すみません、奥歯にひっかかった書き方で。
そもそも、赤ってなんだよ???ですよね。
わはは。まあ、赤い事件ってことで。わはは。

売りたいものを売るシステム

よく買い物に行くのは、かつて鳩のマークだった大手スーパーなのですが、
こちらの食品ラインナップ、ものすごく保守的なんですよね。
自社ブランドに力を入れているのは、まあ、仕方ないのですけれど、
それ以外の商品も、「よくあるもの」しかないわけです。

でも、この前、ちょっと珍しいモノを見つけました。
買ってみたら、おいしかったのです。

それは、伊藤ハムの「WELSEN(ヴェルセン)」シリーズ、
ホワイトヴルストです。

ホワイトヴルセン

ちょっとゆでてから、ちょっと焼くと絶品!!!

しかし、一週間もしないうちに、売り場から消えました。
きょうは、あきらめきれずに、売り場担当の人に聞いてみたのです。

「あの伊藤ハムの……」
「ちょっと調べてきます」
……10分くらい待たされました。
どんだけ、愛しているのでしょう?
黙って待ちましたよ!

「ああ、コレは、入りません」
「え? なんでですか?」
「催事用だからです。入りません」

けんもほろろです。うー!!!

つくづく、売りたいものしか売らないのだと思いました。
これ、鳩のマークのスーパーは、顕著な傾向なんですけれど。
でも、メーカーさんは、買ってほしくて一生懸命作って、
少なくとも、ここに一人、熱く所望する消費者がいるのに、
そこはつながらないのです。ああ、双方片思い!
日本の小売業はどうなっているのじゃー!!!と思います。
流通は!!!とか、適当に言っていますが、社会派じゃないので、
ここで終わりです。章月の限界です。

似た感じのソーセージは、世の中にありますけれど、
かなりお高くなります。
これ、お手軽価格でよかったのに……。
近所で手に入るなら、リピ確実でした。
でも、まあ、鳩スーパーさんで買い物する大半の人が買う価格ではないかもしれません。
たった4本で、400円弱しますから。ちょっと高級ラインというか。
仕方ないから、「メーカーの人においしかったですと言っておいてください」と
捨て台詞で帰ってきました。
どうせ、届かないに違いないのですが。ぐっすん。

まあ、ご縁があれば、いい入手経路がみつかるでしょう。
ただね、伊藤ハムさま。ひとつだけ、おうかがいしたいことがあるのです。
御社のニュースリリース、拝読しました。一部抜粋させてください。

》伊藤ハム株式会社は、シニア世代を中心としたおいしさへのこだわりをお求めになられているお客様へ、世界のおいしいソーセージを日本人の嗜好に合わせてお届けする「WELSEN(ヴェルセン)」シリーズを新発売いたします。

シニア世代!?
そうだったのかぁぁぁ!!!
そうきたかぁぁぁぁ!!!!
ご近所で見かけたら、一度ぜひ! シニアな世界へようこそ!

 

 

夏目漱石の美術世界展&河鍋暁斎の能・狂言画展

 

東京藝大の主さま

 

東京藝大美術館の出口におあします主さま。

圧倒されます。かっこいいです。

というわけで、きょうは、二本、美術展をハシゴしてきました。

■夏目漱石の美術世界展

こちらは、学芸員&岩波書店渾身の企画です!
私、別に夏目漱石のファンじゃないんですよ。
しかし、あきれるくらい優秀ですよ。彼は。
お札になっている人を捕まえて、何を言う?ですが。
本当に、すごい!

だって、私、きょう見た絵について、彼みたいに語れないですよ。
わずか二年の留学で、どれほどの濃さで海外の文化を吸収してきたのでしょう?

そりゃ、公費を使って勉強させる価値がありますよ。
しかし、美術評論は、どうかと思う内容です。
基本が好き、嫌いですから(笑)。

当代一の文化人に酷評された当時の画家さんたち、困ったでしょうねえ。
最初は、「ひどくない?」でしたが、だんだん、ツボってきまして。
最後には、「えー、もう漱石の美術評論ないの??」と禁断症状が出る始末!!!
だって、牛の模様、ぶちが気に入らないとか、そういうレベルなんですよ。
知らないでしょ? 夏目漱石がぶち好きかどうかなんて!
また、言い回しがかわいいんですよ。
「いけません」ときます。「いけません」って言われてもねえ?
なんか楽しくないですか? おかあさんみたいで。

相当、面白いですよ。この美術展。
夢十夜のネタバレもあったりして。

あらあら、これは、絵画からもらってきたのねとか。
でも、それでも、とにかく、すごいですよ。よくもまあ、ここまで
そろえたものです。関係各位の熱意、ご苦労が伝わってまいります。

イヤホンガイドは聞かなかったのですが、それでも、通常のキャプションに、
漱石の文章の抜粋がついてくるため、異常に時間がかかります。
普通の美術展みたいに、さらっと見ることもできますが、やはり、文章を
読み、しみじみ眺めるのが、ぜいたくの極みかと。
だって、きっと、発表当時の人は、何もわからないはずですよ。
「ターナーってなんだろう?」
で、今の私たちは、「ターナー? ああ、アレね」ってわかりますが、
でも、出てくるのは、「夏目漱石が見た『水の上を走る汽車のターナー』」なんです。
もうピンポイントなんですよ。
どれほど、大変だったでしょう? すごいなあ。

■河鍋暁斎の能・狂言画展

こちらは、下絵がすごいですよ。

惜しみなく、見せています。いや、美術館の企画で。
特に、『道成寺』の鐘の中の絵は、「おっ!」と目を引きました。
おそらく、普通なら外に出せない部分だと思うのですが。

きょうは、年間パスポートを作ったので、これは、また再訪いたします。

美術展ハシゴの後は、笙のお稽古でした。
きょうは、『伊勢の海』を習いました。うたえませんが。
奏でられもしません。ただ、習いました(笑)。

まあ、とにかく、夏目漱石の美術世界展、本当にオススメです。七夕までです。

今、何が起こっているのか?

社会派のタイトルです。
でも、みなさまの予想通り、ご期待をいとも簡単に裏切ります。
章月綾乃、生活密着派だからです。

はてさて、それでも、看板に偽りなしでございます。
「今、何が起こっているのか?」

キツくないですか? 最近。
今まで通りにいかなくて、ご苦労されていませんか?
私は、人間関係の大ソートがかかっていて、
「うわ、この人も?」「え、彼女も違うのかー」と
この先、一緒にいるべき人ともう離れたほうがいい人が
ハッキリくっきり明確になっております。

普段なら、「今は合わないね」くらいで、縁切りまでは
考えないのですが、ここ1、2ヶ月の感触は違います。
もう離れないといけないんですよ。
無理に一緒にいよう、関係を修復して、せめて表面だけでも
うまくつきあおうとすると、お互いに邪魔になって沈没します。

面白いことに、執着もないんですよね。
過去には、楽しかった思い出、うれしかったこと、
かけがえのない時間もあったのに、あれは過去のものだと
感覚的にわかるのです。

こんな感じ、仕事で感じる方もいらっしゃるでしょう。
これまで通りにお仕事をしたいのに、需要がなくなった、
方針が変わってしまった、担当者が移動になったなどなど。
そこで、苦しい思いをしていらっしゃる方もいると思います。

次が見えてくるまでの辛抱ですが、もう切り替え時期ですから、
早く気持ちを立て直して、次の可能性を探ったほうがよいです。
転職、離婚などにも、気持ちが傾くかもしれません。
疑問を抱かないならば問題ないのですが、ちょっと違うかも?、
もうやめたほうがいいのかな?など感じるならば、たぶん、
それが正解に近くて。

ただ、焦ってはいけません。この流れ、もうちょっと長く続きます。
だから、納得がいくまで、心がOKを出すまで、自分と対話すると
いいと思います。人に意見を聞いてみたり、生き方のヒントを
書籍に求めたり、そういうのにも、すごくよいときです。

あれ、文章が占いっぽくなっていますね。

変わらなくてはいけないときは、変わらなくては!
過去にしがみつくと、たぶん、渦にのまれます。
今以上、苦しい思いをすることになります。

「もう、イラネ」
口に出して言ってみると、不思議な納得があるかもしれません。
「いままで、ありがと。また、いつかね」
今なら、そんな心境でいられるのではないでしょうか?
もうちょっとすると、
「冗談じゃねえぞ。二度と顔見せるな!」みたいな
怒った江戸下町のおじさんになっちゃうかもしれません。
さらに進めば、
「あんなに楽しかったのに、どうして? 恨みます」と
ドロドロ演歌の世界になっちゃうと思います。

見切り時って、言葉があるのは、本当にそういう時が
あるせいなんですよね。
今は、本当にそういう時間帯なのだと思います。
「この人とは、この先も一緒にいられる」
「あの人は、ここまで」
「あっちは、つきあうけれど、心は預けない」などなど。

人間関係で難しいのは、点と点ではなく、面になったときかもしれません。
要は、グループで仲良いケース。
あなたが誰かを切ったら、そこで、グループやチームも崩壊しちゃう可能性が
あるときです。
だから、ガマンして、毎回、ストレスが溜めて……、それが日常にも影響し、
なんだかサエないなんてケースです。

切ってよし、キレてよし!です。
仕事の場合は違いますよ?
仕事は、私情を挟むあなたに問題があります。人間的にいろいろあっても、
それが報酬を伴うケースなら、粛々とやることをやり、心を動かさなければ
いいのです(イジメとか、イヤガラセは、またケースが違いますが)。
でも、プライベートなら!

いらないですよね?
なぜ、あなたの貴重な時間を、イヤなやつのために、不愉快な気分で
染め上げないといけないのでしょう?
みんなのことを考えると?
みんなは、あなたのこと、考えてくれますか?
考えてないでしょう? わかってくれていたら、もっと楽で悩まないでしょう?
抜ければいいんです。
で、しばらくは、一人かもしれないけれど、一人でいるうちに、
もっと合う人に出会えるでしょう。

一人が怖い?
でも、みんなと一緒でも、結局一人なのではありませんか?
あなたは、一人でも大丈夫です。自分で自分を過小評価しているだけです。

今、何が起こっているのか?
自分にとって、何が大切かをハッキリさせるために、まやかしが消えています。
うまく人間にバケていたモノノケたちが、しっぽや馬脚を現しています。
こんなとき、しっかり目を開いておかないと、真相から目をそむけると、
結局痛い目に合うのは、あなた自身です。
誰が味方で、誰が敵か。
何が大事で、何が取るに足らないか、いらないか。
しっかり、仕分けなければいけない時期に来ていると思うのです。

大丈夫!!!
もっといい出会いがありますよ! 大丈夫!

 

 

 

 

貴婦人と一角獣

国立新美術館で開催中の美術展です。
気になって行ってきました。

6枚の連作タペストリー。
それぞれ、五感、そして、「我が唯一の望み」というテーマを持っています。

長く、古城の壁を飾っていましたが、ジョルジュ・サンドの目に留まり、
それをきっかけに、中世フランス美術の至宝とされるようになったようです。

タイトル通り、貴婦人と一角獣が描かれています。
一角獣の対には、獅子がいます。
獅子、タイトルから外れて、かわいそうです。
ただ、確かに、一角獣に比べると、かなりぞんざいな描き方ですね。

連作ですが、6枚の完成度には、かなりバラつきがあります。
下絵を描いた人は同じだけど、工房がちょっと違うとか、織り手チームが
違うとか、なにかありそうな気がします。

もともとの織り手の技術の違いなのか、500年という時間が経過したせいなのか、
貴婦人たちの顔つきはかなり怪しく、私の目にハッキリ「美人」と映るのは、
『聴覚』だけでした。

織り上げていく根気を考えると、途方もない作品なのですが、
表情も探りにくく、同じ意匠の動物たち……たとえば、うさぎを比べても、
タペストリーによって、かなりニュアンスが変わってきてしまうため、
これで、何かの謎解きをするのは、非常に難しいと感じました。

なにか謎があるにしても、それは、その時代の符牒だったように
感じたのです。

織り手によって、デッサンがだいぶ狂っていますし。

しかし、ものすごく研究されていますよね。
動物の数や配置などから、何かを読み解こうとした人たちが
たくさんいたことが伝わってくる展示でした。

特に、「一角獣の子供」は、すごいと思いました。
なんだかわからないですよ。あれだけじゃ。
研究者なのか、持ち主なのか、どなたかが定義なさったのでしょうが、
一角獣の子供だと気づいたとき、うれしかったでしょうねえ。

個人的には、とにかく、うさぎです。
うさぎ、うさぎ、うさぎ、ものすごいインパクトできます。

そして、パイプオルガンの飾りの獅子と一角獣もかわいかったです。
動物がなんだか非常にかわいいのです。
全体に、少女趣味な構成ですよね。

そして、当時の流行や風俗の資料として展示されていた
聖人像が、めっちゃ怖いんですよ。塔つきの聖女です。
聖女? うそでしょ? 完全に、魔女でしょ???

ぞくぞくして、慌てて離れました。めっちゃ、怖い!!!

面白かったですが、見に行く前の
「なんだかわからないけれど、コレは見ておきたい!」衝動は、
まったく、満たされませんでした。
タペストリーは、私には、何も語ってくれませんでした。
私には、なんの謎も見つけられませんでした。

ま、こういうこともありますな。

もし、これからご覧になるのでしたら、単眼鏡などがあると
いいかもしれません。双眼鏡でも、もちろん。
デジタル映像で、拡大して見られるのですが、本物で確かめたい
じゃないですか!
でも、高い場所にある図柄は、どうしても遠いですし、
作品保護のために、照明は少々絞っていますから、
「あーん、もうちょっとちゃんと見たい!」になります。
映像は、クリアです。
でも、それで確認するのじゃ、本物いりませんよね?

美術館も、単眼鏡やオペラグラスの貸し出しをやればいいのにと
思います。高価な品ですから、劇場のように保証金とって。
普通の人は、そんなもの持っていませんから、需要あると思うんです。

私ですか? 観劇が趣味だった時期があるので、オペラグラスは
持っています。が、きょうは、「持っていこう」って思っていたのに、
まんまと忘れました。上のほうにいる見つめあううさぎとか、
戦おうとしている鳥とか、ちゃんと見たかったです。

魅惑のタペストリー、魅了されたかったです。

『おのれ、ナポレオン』代役公演を見てきました

奇しくも、きょうのチケットを持っていたので、見てきました。
天海祐希さん降板による宮沢りえさんの代役公演の一日目です。

宮沢りえさんは、ちゃんと舞台にいました。
流れは止まりませんでした。

正直、なぜ、引き受けた?とは思いました。
ただ、話が流れているだけで、中身はなかったですから。
天性のカンのよさとか、そういうのは、感じました。
だから、「宮沢りえ商品カタログ」としては、非常によいものだったでしょう。

ただ、公演終盤で「ある程度練りあがっているだろう」舞台を
期待して見に行ったいち観客としては、素朴になぜ?と思います。
これは、チケット代に匹敵する出来栄えでしょうか?
瞬殺で、プレミアつけて買った人もいるでしょうに。

ただ、興業側の都合で、間に合わせで作っただけですよね。
そういえば、このステージ、プレビュー期間がありましたよね。
せめて、そこまでチケット代落として、1000円返金すれば?って
思います。映像配信も飛んでますから、そんなこと、出来るわけが
ないのですけれど。でも、まあ、理屈としては、そっちですよね?

なぜ、中止にしないのかといえば、出来なかったからですよね。
わずか6人の芝居ですから、本来は中止が正しいでしょう。
そんな気がしますよ。

とはいえ、あと数回公演がありますから、おそらく、千秋楽までには、
宮沢りえさんは、きっときちんと仕上げるでしょう。
非常にカンがよく、器用な人だと思いました。

それだけに、中身がからっぽの代役を見て……。
なんだか、いろいろ考えてしまいました。

宮沢りえさんは、牡羊座。
天海祐希さんは、獅子座。
へえ、火の星座なのですね。ふたりとも。
まもなく、4ハウスに向かう牡羊座と
まもなく、12ハウスに向かう獅子座の違いが出たのかもしれません。

あとで、ホロスコープでも作ってみましょうか。

今回、見てみて、つくづく、思いました。
これは、悔しいだろうと。
役者は、降板してはいけないと。

どんなことにも意味がありますから、ここから得るものも、
学ぶものもあるのでしょう。
つなげていけばいいのでしょう。

天海さんで見るつもりだったのに、見逃したのにも
きっと理由はあるのでしょう。
持っているチケットが休演に当たらず、代役一日目に
ぶつかったのにも、意味があるのでしょう。

本意とは違いましたが、でも、貴重なステージを見ることができました。
しかし、私は「持っているのか」「持っていないのか」
この場合、どっちなんでしょうね?

天海さんのご快癒、そして、宮沢さんのご成功を心よりお祈りいたします。

 

 

 

 

湧き出す水の夢

夢の中で、水脈を探しておりました。
見事見つかって、水があふれだし、大変幸せな時間を過ごしました。
面白かったのは、夢の中で、夢占いをしていたことです。
「これは、吉兆」
そう、まさに!!!

幸せな思いのまま、目覚めて。
共に水脈を見つけて喜んだ方が、もう故人だと気付きました。

でも、思いだせたのです。
非常にキレイな方なのに、なぜか、デヘッと笑うのです。
そうだ、そうだ、そうでした。
彼女は、デヘッと笑う人だったのです。
覚えているつもりでも、忘れてしまうものなのですね。

忘れないで。
何を?

たぶん、故人の存在が、私にとってシンボルとなる時代でしょう。
遠く過ぎた時間。
その渦中にいるときは、それがもう二度と戻らない時間とは
気づかなくて。

水脈を探し、水が溢れ出す。
世界は、イエスといい、ゴーといい……。

さて、きょう一日を始めましょうか。

 

和の文化

いまさらですが、「ちはやふる」を一気読みしました。
この流行に乗り遅れている感じ、非常に自分らしいと思います(笑)。

えっと、あるお仕事で、漫画における「和歌」の感じを
つかみたかったからなのですが。
最近では、「うた恋い。」もありますよね。
でも、私の行動範囲の中で、こちらは、すっと入ってこなくて。
まあ、とりあえず、「ちはやふる」から。

いやー、大ヒットしただけの勢いがありますよねー。
うまいなー!!!と素直に。

ヒロインに自己投影できるほど若くないため(涙)、
ちょいと引いたところで読んでいるのですが。
それにしても、サブキャラのかなちゃんの和装のススメは、
耳が痛いです。

和装、視野に入れてもいいころあいです。
日本人として生まれてきたのですから、本当なら、
ちょちょいのちょいで、着られたら……、いいですよねー!

うっかり始めてしまい、辞めるタイミングがもうないものに、
雅楽がありまして。私の中では、周期的にヤル気があるときと
一気に無関心になるときのムラが激しいものなのですが、
これがもう、完全に和の世界なわけです。

これは、ただの偶然なのですが、習い始めのころ、
教室にいるみなさん、お茶のたしなみがあって、おののきました。
ええええ??? 笙に、必須ですか???

そして、雅楽を始めると、神主さんにいっぱい会えます。
神職の資格を持っている人なんて、世間でそういないと思うのですが、
いきなり囲まれる感じでした。

なんだか、この世界、面白いですよね。

ドアがひとつ開かれると、いきなりそれまで遠かったものが、
自分の現実になったりしますよね。

そうそう、昔からなぜか私は、
「お能を見る人になりたい」と願っていたのです。
お能なんて、さっぱりわからなくて。
でも、妙に惹かれていて、わからないくせに、
お能の面の美術展とか、足を運んだりしているのです。
お能を見たことがないのに、お能の美術館とかに
行っちゃうわけです。何かが変なのです。

笙のご縁が、観世流の能楽につながり、やっと、
少しずつ、能楽堂に足を運ぶようになったのですが、
やっぱり見たって、わからないわけですよ。

謡本というものがありまして、それを読みながら
聞けば、ちゃんと聞き取れるし、何がテーマなのか
わかるのですが、ある方に「舞台を見てください。
言葉なんか、わからなくていいから、空気を感じるといいですよ」と
教えられまして。
「本当にわかんないんだけどなー」と思いながらも、
素直に従っていたのです。
で、やっぱり、わからないわけです(笑)。

ただね、この前、謡曲のCD発売を記念して、
お家元による謡曲プチ講座みたいなのがあったのです。

お家元が能舞台の上から、見所、えっと客席ですね、
客席に座っているお客さん大勢にお稽古をつけるという
ものすごく斬新(だと思うのですが)な企画だったのですが。

もちろん、たった一回でうたえるようになるわけはないのです。
でも、ちょっとだけ、聞き取れるようになったのですよ!
「お能は、日本語だった!」
もう衝撃的でした。
バカ丸出しで、お恥ずかしいのですが。

独特の節回し、アクセントの違い、音の伸び方などの決まりごとを
学べば、あのただの音のつらなりが、きちんと言葉として
聞こえてくるのです。

いやー、びっくりしました。
すごく新鮮で、ものすごく、うれしかったです。
「私にも、聞き取れるじゃない!!!!」
いや、全部は無理ですよ。無理ですが、それでも、大進歩です。
わずか、2時間足らずで、「お能が聞きとれる耳」ができちゃうんです。
これ、国語の必須でやったほうがいいですよ。
やれば、日本人みんな、お能を楽しめるようになります。
合う、合わないはあると思うから、一回でいいと思うのですが。
でも、たとえば、野球が一塁からホームベースを目指すとか、
そういうの、みんな知っていますよね。
みんながみんな野球をやるわけじゃないですけれど、でも、
一応、知っているから、きっかけがあれば、観戦にいくかもしれません。
お能とか、ないですものね。いきなり古典芸能体験とかじゃ、
「イヤー、ホ」みたいな掛け声しか残らないですよね。

問題は、ある程度、耳が慣れているって条件が必要かもしれないってことです。
わからないなりに、飛び飛びで数年、見てますから。
まっさらの状態で、いきなり謡曲講座を受けても、やっぱりわからないかもしれませんねー。

やっぱり、慣れは大切なのかなーと思います。
ただ、お能にしろ、和装にしろ、慣れる機会がないですよね。
日常生活から遠くて、特別感がプラスされてしまいます。

とはいえ、もしかしたら、ちょっとしたきっかけで、
難しいとか、わからないがなくなるのかもしれません。

「着物が一番らくなのよ」とか、
「笙を吹いているときが一番幸せ」とか、
「きょうのお能は、素晴らしかったわね」とか、言える人間になりたいです。

うーん、こんなこと書いている段階で、ちょっと失格というか、
まったく、ダメな気がするのはなぜなんでしょね?

大金をもらう夢

きょうの夢は、大金をもらう夢でした。

それも、賞金と出版契約で。見たこともないような大金が
なぜか目の前に札で積まれました。

夢を見ながら、「ああ、妬まれる」と、まず、思い、
次に、「そうか、これはエールだ」と確信して、目覚めました。

正夢とは、ちょっとタイプが違うかもしれません。
でも、「現実に、コレは起こりうるよね」と素直に思えたのです。
無意識が応援してくれたというか。

夢には、前半もあり、それは、人が自殺するのを止める夢でした。
繰り返し、人が身を投げ、その度に、片手でつまんで、
何度も止めました。

おもしろい!!! どんな怪力なんでしょう?

「自殺を止める夢」の解釈は、意外にシンプルで、
人間関係の疲れなどを表すようです。
これは、素直に納得です。
まあ、確かに、疲れてますわ。

ただ、自分の中で、ひとつ決めたのです。
仏になろうと。

怒りというのは、やっかいですね。
「怒るよりも、建設的な未来につなげよう」と高い意識で
動こうとしても、ハラの底から「許せん!」がわきあがって
きたりします(笑)。ムカムカ、ムムム。
非常に原始的なエネルギーで、困っちゃうんですよぉ。

でも、「許せない」から、なんだというのでしょう?
「許せない」から、どうするのでしょうか?
同じだけの損害を加害者に与えたら、満足でしょうか?
告発し、相手の社会的な生命を断てば、それで収まりますか?
どちらも、違います。それでは、自分も外道に落ちます。

相手が卑劣なら、こちらは、高潔に。
あはは、ずいぶんな事件が起こった風でしょ?
いやー、ずいぶんな事件なんですよ!

怒りを鎮めて、沈静化して……。
それでも、腹の虫がおさまらなくて、イライラしたり、
単純に悲しくて、眠れなくなったり……。
ショックが大きかったです。
未だに心の一部が、麻痺しています。

そこに、大金をもらう夢を見て、
「ああ、やっと抜けた」と素直に思えました。

この日記、いくつかキーワードがありますよね。

たとえば、嫉妬。
大金から、すぐに嫉妬を連想するあたり、どれほど、
苦労しているのだ?って感じがしませんか?
でも、人の嫉妬で、非常に手ごわいんですよ。
初めて、嫉妬を実感したのは、20代前半のころでしょうか?
自分が人から嫉妬されるなんて、夢にも思わなかったので、
最初何が起こっているかわかりませんでした。

たとえば、万人が認めるキレイな子、
かしこい人、お金持ちに生まれてきた人、
身体能力に恵まれている人、かっこいい人は、
どれほどの嫉妬を潜り抜けているのでしょうね?

でも、嫉妬する側に回るのも、されるのも、一度体験したほうが
いいような気がします。そこで、人の幅が広がるからです。
嫉妬なんてしない人より、嫉妬を知っていて、そのうえで
人生を考えられる人のほうがつきあっていて深いと思うのです。

ただ、嫉妬のジャッジは、難しいと思います。
単純な「いいなあ」は、ホメ言葉的要素もありますし。
恋愛がらみの嫉妬、権力者の偏愛が生む嫉妬は、
人生や歴史を揺るがすほど危険な要素をはらみます。

たぶん、嫉妬は、伸びしろなんですよね。
自分がやるつもりだったのに、人にもっていかれちゃったとか。
先を越されたとか。

そういうときに、生まれる感情ではないかと。

あるとき、ある人が「結局、嫉妬でしょ?」と切り捨てました。
そのとき、話に出ていたのは、説明不足と行き違いで不仲になった
人たちのことで。
私は、「嫉妬じゃないと思いますよ?」と食い下がりましたが、
「ううん、嫉妬。嫉妬に決まっている」と聞く耳持たなくて
困りました。

ああ、これは、ダメだと思って。
要は、ご自身のモノサシの中に、世の中の事例をむりやり
押し込んでいるわけでしょう?
説明不足や行き違いで、わかってほしい、
おもいこみや誤解を正して、クリアな状態に戻して
また親しくつきあいたいから、怒っているだけなのに、
嫉妬というレッテルを貼って貶める、これは、大変失礼な話です。

でも、そういう無理解、世の中にあると思うんですよね。
話しても、言葉が通じないとか。
本質的に、ズレているというか。

嫉妬は、ネガティブなものと決めつけていると、
その奥にある建設的な要素に気づかずに終わってしまうと
感じます。
うまくつかえば、現状脱出の力になるんですけれどね。

なんの話だか、わからなくなってきましたが。

大金は、無意識からの頑張れってエール。
いや、無意識は、応援しないかもですが(笑)。
私の深いところで、頑張ろうって気持ちがわきあがっているっていうこと。
嫉妬は、伸びしろ。
多くの人が夢に見るような人生を歩みましょうってこと。

本日の夢は、非常に力強く、前を向く力をくれました。
長文、ははは、毎度のことか、ご拝読ありがとうございます。
これにおつきあいくださったあなたにもまた、
思い通りの未来を創りあげるパワーが宿る気がします。
人の意識は、底辺でつながっているといいますよね。
それが、言葉になって現れ、目に留まったということは、おそらく
何かを共有しているのだと思うのです。そんな気がしませんか?

では、前へ! 前へ!
きっと、何かが大きく動く、動かせると感じるのです。

いや、単純に大金が手に入る……でも、いいんですけれどね。あはは。

 

 

2013年5月5日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃

すぐ動く。

最近、気をつけていることがあります。

それは、「すぐに動く」こと。

後回しにしないで、さくさくやってしまう。

先月を振り返ると、ざっとこんな感じです。

第一週は、葛断食の調整期でした。
第二週は、頼まれ事、約束の遂行。
第三週は、シェアオフィス契約。
第四週は、トラブル処理。
第五週は、パソコン購入。

ひとつの問題を7日前後で解決しています。
こんなにわかりやすく動くのは、珍しい気がします。

予想を超えたトラブルが起り、やりたいことがひとつ飛んでしまいましたが、
それでも、比較的テキパキ動けた気がします。

このすぐ動く意識、これからも持ち続けたいと思います。
どんどん進んでいく感覚、建設的で快適です。

たとえば、3月の自分から見ると、5月の自分はだいぶ変わりました。
ただ、少し意識が外に向きすぎているきらいがあるので、
そこを内面に、充足へと向けていくことは大事かもしれません。

そうそう、今月の目標は、「廊下に出していた過去の掲載誌を捨てる」でした。
これが意外に手ごわくて。
なぜなら、掲載されたページを切り取らないといけないからです。
半日で終わるかと思いましたが、全然足らず、
結局、2日かかりました。
でも、これも、「進んだ」わけですよね。前とは違います。

とはいえ、断遮離が絶対かといえば、そうでもなくて。
今回のトラブルは、捨てられなかったことが功を奏しました。
「よく取っておきましたね」
弁護士さんに感心されました。
「それは、重要な資料になるので、手元においておくように」
ハイ、そうします。

全部捨ててしまおう、そして、スッキリしたいと願いながらも、
なかなか出来なかったことには理由があるのだなと思いました。

だから、「やりたいけれど、出来ない」にも、
なにか理由があるのだと思います。その理由は、すぐには
わからないことですけれど。

イヤなことが起こっても、それが、次の流れを呼ぶ側面もあります。
人生は、本当にあざなえる縄のようなものかもしれません。

幸福が不幸を招いたり、不運が幸運の始まりになったり……。
これは、本当に、しんどいですけれどね。
でも、そうやって進んでいくのでしょう。
次の展開につながるのです。

そうそう、この前、弁護士さんに会って、
つくづく、感服しました。
彼らは、シャープです。
「あなたが問題にしたいのは、感情的なもつれ?
それとも、現実に被った被害?」
精一杯冷静に、事実関係を資料にまとめて、持っていったのですが、
大半は必要がなくて、参考資料として添付したものだけで、
法的な判断ができるということでした。
誰が何を言ったとか、そういう問題ではないわけです。
ハッとしました。

ある友人に言わせると、「『だから、女は』って言われちゃうんだよ」ですが、
たしかに、私は、誰かが言った言葉やした行動に、意味を持たせ、読み取り、
それに縛られてしまう傾向は強い気がします。
また、人から聞く話も、同様です。
感情的な部分でがんじがらめになってしまい、先へ進めません。
でも、それは、枝葉なんですよね。
枝葉にとらわれてしまうと、本筋を見失ってしまうわけです。
まず、結果から見て、次に、どう動くかを決めるだけ。
このシンプルさ、聡明さは、修得したいと思います。

4月は、なんだかんだで、心がざわついていたので、
5月は、鏡面のようなイメージで、静かな水のように
生きようと思います。
清らかに、澄みわたり。波立たず、豊かに、深く……。
水面下では、速やかに。そして、高潔に!

能動的な内省の時間といいますか。
今月もまた、おつきあいいただければ、幸いです。