ボストン美術館「ミレー展」

きょうは、本当に疲れてしまったみたいで、仮眠を取ってやっと復活いたしました。

「ミレー展」は、森林浴という感じで始まります。
その後、労働者にフォーカスされて、ミレーに影響された画家たちへと広がり、
晩年の作品で終わります。

労働者を描くということが、その時代にとって新しかったこと。
色使い、生活感、リアリズム、そして、労働の後の憩いの時間。
ゆったりとした時間の中でも、縫物をしていたりします。

大地に足をつけて暮らしていた人々の中で、描きにきた画家はどれほど
異質の存在だったのでしょう?
糸巻、バター作りなどが印象に残っています。

バルビゾン派から印象派へ、色調の変化、疲労感が消えることなどは、
音声ガイドの説明で納得しました。なるほどねー、そうですねー。
途中、「なんだろう、このつまらない絵」って思った一枚があったのですが、それはモネでしたよ。
あははは、失礼極まりない!

ワナにかかったキツネとか、森の中のイノシシとか、どうやって描いたのでしょう?
キツネが苦しむ横で、描いたのでしょうか?
では、イノシシは???

ルソーがフォンティーヌブローの森を守ろうとナポレオンに嘆願し、運動の先端にいたことは、
初めて知りました。音声ガイド、すごーい!

来年の1月12日までデス。

うきうきドーサにがっかり特典

きょうは朝から打ち合わせ。

お昼になりましたので、かねてから行きたかった南インドカレーを食べに京橋へ出ました。

ドーサ

ダバインディアのドーサランチ。

ドーサがどれほど長いか、ご覧ください。

ダバインディア

 

おいしく、幸せな気持ちになり、3時からの三菱一号館の会員特典の内覧会に行くか迷いながら、とりあえず、八重洲ブックセンターに寄りました。

八重洲ブックセンターは、なんだか故郷に帰った気分になります。しかし、さすがに時代の流れか、とうとうコミックを扱うようになったのですね。

8階から地下まで歩き、4冊買いました。

ほどよい時間になったので、カフェ1894へ。ミレーを見て帰ることにいたしました。

カフェカフェ

お茶を飲み、ゆっくりしてから、美術館に行ったら、悪い予感が当たりました。いきなり行列です。

あーあ、やっぱり!

15時スタートで、先着順で16時からのギャラリートーク受付があったんです。だから、混む気はしたんですよね。案の定でした。

会員総数を考えたら、ギャラリートークの回数増やすとか、受付方法を変えるとか、ギャラリートークじゃなく、セミナーにするとか、なにかやり方がありそうな気がしますよ。午後3時スタートで、みなさん、どうせなら4時からのギャラリートークを聞きたいと考えているんじゃないでしょうか?  いくら6時からの回はまだありますって言われても、今、3時だからね?

早く来た会員の同伴者さんが聞けて、会員が聞けないとかさー、なんかおかしくない? いや、いいけどさ。そりゃ、みなさん聞きたいですよね。会員限定の特別鑑賞、ギャラリートーク、聞きたいですよね。私なんざ、のんきに茶を飲んでいましたから、諦めもつきますが、定員20名の後ろの21人目だった方がお気の毒で仕方ありません。

で、なにしろ、いきなり行列ですからね、最初の部屋は大混雑ですよ。えー、バカなの? これ?

もう仕方ないので、さくさく先へ進み、あとから前半を見ました。

最初の行列とバカげた混雑、ギャラリートークに振られたこと、本日は無料イヤホンガイドを適当に渡されて扱いに困ったことの三連打で、絵を見ていてもイライラして仕方がありません。

こんなんなら、わざわざ会員限定の日じゃなくてもよかったわけで。イヤホンガイドがタダくらいしか、お得感がありません。わずか500円だし、いつもと違って適当に「はい」みたいな渡され方だったし。もうオープンラッシュで仕方ないわけですが。

こんな日に、のこのこ行った私が悪いのかなあ? いや、行きますよね?それが特典なら。

とにかく、非常にがっかりして、どっと疲れが出ました。しかし、一万円払う人、意外にいるんですね。やはり美術鑑賞ブームなんですね。

ミレー展については、また今度。行列に疲れました。たぶん、夜なら空いてましたね。そんな感じがします。ハイ。昼の美術館、わりと失敗が多いです。頑張って時間合わせたのに、きょうは残念でした。

好酸球性副鼻腔炎というらしい

過日、ご心配をおかけしました鼻問題なのですけれど、
「手術は出来ないから大きい病院に行ってって言われたけど、
もらった薬で、嗅覚復活したぞ?」ということで、近所の病院に
もう一度行こうと思いました。

が! なんと、お医者さんが辞めちゃっていました!
えー???

三週間分お薬をもらったので、ちゃんと三週間後に行くつもりだったのに!

まあ、いずれ転院するにしても、当面同じ薬を出してもらってしのごうと
しょぼしょぼ、同じご近所耳鼻科を訪ねたのでございます。

そしたら、新しい先生は辞められた先生よりもキビキビしていまして、
「これは、好酸球性副鼻腔炎です。うちで診ます!」と言い切られました。

「喘息持っているでしょ?」
「はい」
「肺に出来ているものが、どんどん上に上がってきて、今は鼻だけど、耳まで行くから」
「えー、イヤです。止められないのですか?」
「喘息をコントロールして、薬で抑えていくしかないです。手術しても、再発します」

うん、知っています。再発するんですよねー。

「匂いは、現状では、鼻ポリープが嗅覚の細胞の前を物理的にふさいでしまっているせいだと
思うけれど、もしも、嗅覚の細胞が炎症を起こし、ダメージを受けると、それはもう復活しないから」と
教えていただきました。そっか、了解デス。

経過チェックのために、とりあえず、CTを撮りました。

「典型的な症状です。ステロイド使えば、緩和されるけれど、ずっと飲み続けるわけにはいかないから」
「わかりました。先生、これ、手術をしないとまずい状況ですか?」
「いや、しなくていいと思います」

しなくていい? キラキラキラキラ~☆

いや、喜んでいる場合ではないのですが。

アレルギー体質、大変!
喘息、大変!

とりあえず、治療方針が決まってめでたしめでたしなのですが、ひとつだけ気になることがございます。
きょうの先生は、非常勤だということ! 先生、あんなに自信たっぷりに「うちで診ます」とおっしゃったのに?
先生!!!
処方箋でお名前をチェックしました。
受付でシフトを聞き出して、狙い撃ちで行くしかないかもしれません。ああ、もうややこしい。

でもなー、辞めた先生よりも腕がいいような気がしますよ。改善を期待しましょう。
そのうちに、アレルギーの専門の病院にも行ってみようかなーって思います。

究極のところ、「何を食べるか」、「どう生きるか」というところに行きつくのかもしれませんなー。
とりあえず、匂いは6割くらいは復活しました。お薬さまさまでございます。

パワージュエル・ビューティーフェイス

一般社団法人パワージュエルセラピー協会のパワージュエルビューティースクールの
パワージュエル・ビューティーフェイスの講座を受けてきました。

パワージュエル
代表理事の岡島紀見恵さんに直々に教えていただきました。

エネルギー療法の一環で、エネルギーが入ったスワロスキーシールを
耳に貼ることで、ぴゅゆんとリフトアップできたりします。
シールですから、3日~1週間程度で取らないとなのですが、
体が正しく、美しく変わっていくきっかけになるわけです。

お免状

お免状もいただきまして、私、パワージュエルセラピストになりましたのよ。ホホホ。
もっともマスターしましたのは、筋肉反射テストのやり方、
ファーストステップの美顔のパワージュエルの貼り方なのでございますが。
こちら、きっちりやっていきますと、やがては、ボディワークになっていくのでございます。

なぜ、セラピストの資格を取ろうかと思ったかといえば、
天秤座さんのお誕生会で、岡島先生が披露してくださったパワージュエルで
ご参加のみなさまがとても幸せそうに見えたからなのです。

「イベントで、開運カラーのシール貼ってお帰りいただくのも楽しいかなー」って
ふと思ってしまったのでございます。
占いをして、未来を開くキーワードを見つけて、耳元キラキラして、元気になって
お帰りいただく……。ちょいと楽し気ではありませぬか?

岡島先生のように手際がよくないので、お誕生会の一環でやるのは少々難しく、
でも、専用のプランでのイベントはアリですね。また、何かの機会に考えまーす!

のんびりの代償っ

昨日、ビジネスランチをしました。
おたがいに後ろの予定がなかったこともあり、ついのんびりお茶をしたりしまして、
電話やメールに気づかず……。
昨日、ご連絡くださったみなさま、反応鈍くてすみませんでした!

1人になってから各種連絡、急ぎの処理などをやったのですが、
あらら、もう丑三つ時ではないですか!

のんびりすると、代償を求められますね。
朝、起きられるかなー? 起きられるかなーって言いながら、ブログ更新している
いつもながらの迷走ぶりです。でも、こういう迷走、楽しいからいいのです。

本日は、ちょっとお勉強会です。また、ご報告いたします。

 

うっかりソニアリキエル

ルージュが欲しいって思ったのです。
ブランドはどこでもよかったのですが、口紅一本買うなら、
シャネルかなーって思いました。パッケージが絵になるしね。

でも、ちょうどルージュを買う先客がいて、横で待つのもなんだなーって
思って振り向いたら、クレドポー・ボーテがあったのです。
口紅買って、ファンデのサンプルをもらうのも悪くないかと声をかけたら、
それは、大きなカンチガイで、私がお声をかけたのは、
ソニアリキエルだったのですよ。

どんなうっかりさんでしょう。
というか、隣接していて、わかりにくいんですよぉぉぉ。

でも、ソニアリキエル、今年いっぱいでライセンスがなくなり、
来年3月にコスメブランドは消えてしまうんですってね。

ソニアリキエル

色を見立ててくれた売り子さんがちょっと涙ぐんでいて、
自社ブランドへの愛情がたっぷり伝わってきて、
こちらもよい記念になりました。
大事に大事に使おうと思います。

うっかりは、本当にしょうもないですけれど、
こういう巡り合わせは、面白いですね。運命の18番(という品番デス)。

『ブレス・オブ・ライフ~女の肖像~』、本編。

なんだろう? 本編って。
まあ、舞台美術だけであれだけ語りましたので。

さて、肝心な内容なのですけれど。これはねー、なんかね、よくわかんなかったです。
出演者はお二人共キレイだったけど、ロンドンでヒットするほど面白かったかしら?

役割として、久世星佳さん演じる寝取られ奥様フランシスのほうは、わかります。
しかし、若村真由美さん演じる愛人マデリンのほうがいまひとつ、理解が及びません。

ひとつは、翻訳の限界があるかなー?
特に導入部、寝取られ妻が愛人の家を訪ねてきちゃったあたりのやりとりがが不自然で。
おそらく、本国ではスムーズに聞けるのでしょうが、
日本語に置き換えたときに「はい?」ってなっちゃう。
中盤の「ケリをつける」も、アメリカ人がよく言うアレよ!みたいなこと言われても、
「えっとー」みたいになっちゃいますからねえ。

言葉は文化で、異国の文化を日本語に置き換える作業は難しいのでしょう。
でも、フレーズがパズルみたいになって、見えなかったものが見えてくる仕掛けですから、
ここのチョイスを間違うと、全体のクオリティが下がってしまいます。

が、日本語としての自然さを選ぶと、それは、創作とか、意訳になっちゃうから、
セリフ劇だと判断に迷うところですね。でも、ここはもっと踏み込んで、聞いていて
自然な仕上げにしたほうが女優さんたちもやりやすいし、観客もイチイチ現実に引き戻されなくて
よかったんじゃないでしょうかね? アメリカ人がよく言う「ケリをつける」を日本語でどう
表現すればいいのか私には、ようわからんけれど。

観終わって、非常に不可解で。座りの悪い日本語で頭が?になるせいもありますが。
私の感想は、「本当はもっと毒があるんじゃないの?」です。
マデリンはもう一段掘り下げられる気がします。
そして、マデリンが変われば、当然、フランシスも変化しますから。
そこまでやって、やっとカタルシスじゃないのかなー???

たとえば、押しかけてきた愛人の妻が自分ちに泊まるなんて非常事態になったとき、
もっと意地悪でイヤミな態度で、でも、その奥が温かいって仕掛けのほうが
「ああ、だから彼はこの人を選んだのね」的な奥行きが出ると思うんですよね。
細かい丁々発止も同様で、「聞いていたわ」、「知っていたわ」系が全部軽く
自然に流れちゃうから、「生きることに淡泊な人だなあ」って感想に終わっちゃう。
そこは、もっと女の底意地の悪さ、相手を傷つけたくなる衝動を出さなきゃ!
妻も、愛人も、どちらも「いい女」風で、そのポーズを崩さないまま、芝居が終わるから、
「え、なんのための二時間半?」となります。

これ、女性の演出家がやったほうがよくなかったですか?
よっぽどの修羅場を経験しないと男性にはわかんないんじゃないかなー???
やれって言われなければ、女優サイドは出来ないんじゃないかなー?

男に見せない意地の悪さ、張り合う気持ち、プライド、その辺を出し切ってやっとの
和解であり、戦友としての共感が生まれるわけでしょう?
途中の汚い部分、ご都合よくすっとばして、「新しい出発」になんかならないから!

あー、そっか、ここまで書いて不完全燃焼だった理由がわかりました。
もっと「怖い話」にならないとダメなんですよ。
妻、怖えええ!
愛人、もっと怖えええ!
そんな女たちを相手にして、適当に生きている男、おそろしー!みたいな
ところまで持って行かなきゃ、伝わってこないです。

今のままだと聡明ないい女が二人、不誠実な男にだまされました。
二人は話し合って、それぞれの道へ分かれたのでした。で終わっちゃうもの。

男を巡る女の戦いって、もっとエグいですよ。
そこ、こぎれいにまとめてどうしますか。もったいなーい!!!
でも、装置は必見。出演者は、美しいです。眼福です。

新国立劇場、10月26日まで。

『ブレス・オブ・ライフ~女の肖像』、理想の部屋。

演劇を観たいという気持ちと新国立劇場の「4作品買ってくれたら、安くしまっせ」という
企画がタイミングよくハマりまして、この秋は、4本観劇する予定でおります。

一弾目は『三文オペラ』。
で、二弾目がコレ、『ブレス・オブ・ライフ~女の肖像』です。
ロンドンで話題だったというディビット・ヘアの脚本、作演出は蓬莱竜太、
若村真由美、久世星佳さんの2人芝居です。

特筆すべきは、セットです。
あれは、私の理想の部屋かも!

中央に天井まで届く出窓、窓のところにクッションがあって、座ることも出来ます。
二幕で久世さんが座るのですが、とにかくキレイ! 絵になっていました。
その左右に、やはり天井まで届くハシゴつきの本棚。止まった大時計に、電気スタンド。
左奥に出入りのドア、その手前に胸くらいまでの高さの本棚、
本棚の前に大きな作業テーブル、肘掛つきの椅子。
テーブルのまわりには、入りきらない本、本、本! そして、床に直置き燭台。

テーブルと対になるように、デイベッドとテーブル。
デイベットの下に敷物があり、そこにティーセットが置かれたり、インド料理が置かれたり……。
右側の壁には、暖炉。暖炉の奥に、スツール。天井には、小ぶりのシャンデリア。

英国趣味が生きていて、全体に散らかっていて、そこかしこに箱があり、本が溢れています。
今、気づいたのですが、箱の中からストールやカーディガンが出てくるのは、ちょっと不思議かも。
ご都合主義っぽいなー。
せっかくの完成された美術だし、生きることに適当な家主の性格をよく表していますから、
さりげなく、混沌の中にまぎれこませちゃえばいいのに。そのあたりにおきっぱのほうが、
箱から取り出すよりもいいでしょう。と、細かい重箱のスミつつきをしたくなるほど、
めちゃくちゃ好きです。素晴らしいです!

たくさんの本、読むこと、学ぶことが大事で、あとは適当。
高い理想に生きていて、生活や現実感覚はない。お金は不自由しないだけある。
そういう家主のキャラを端的に表す美術で、秀逸です。

あら、語り過ぎました。まずは、ベタ褒め舞台美術の巻です。
あれを見るだけに、もう一回行っていいくらい。本当にステキです。私の理想の部屋であり、
登場人物のキャラを反映した素晴らしい出来栄えです。

芸術の秋

本日は、盛りだくさんでございます。

まず、朝から伺いましたのが、出光美術館。
マリィ・プリマヴェラ先生からいただいたチケットを片手に、最終日に駆け込みました。
「宗像大社国宝」展。

最終日ですから、混んでいるわけですよ。で、宗像大社はうかがったことがないのですね。
なので、さほど強く響くこともなく……。歴史的に窓口だったのだなあというぼんやりとした印象で終わりました。
きっと参拝したことがあると、もっと興味深く鑑賞できたと予測します。鏡と指輪の文様は美しかったです。
あと、三十六歌仙図の斎宮女御の構図がかわいくて、かわいくて。というか、「大丈夫か? これ?」のポーズも
いっぱいありましたね。自由でよいです。戦利品はこちら。

宗像大社

時満ちて
道ひらく

素敵です。グッときます。

三菱一号館と迷ったのですが、期間限定のチケットを持っていることを思い出して、
新国立劇場へと向かいました。

チューリッヒ美術館展です。

これは、オススメです。なんだろう、オルセー美術館展より楽しかったかも!
オルセーもよかったですけれどね。というか、まだやっていてびっくりしました。オルセー美術館展は、20日までです。

チューリッヒ美術館展の何がよかったのかといえば、非常にコンパクトに美術史の流れがわかることでしょうか。
あと、日本初公開モノが多いのですね。だから、なんだか非常に新鮮なのです。
「おー、こう来たか」「で、そう来るか」みたいな。

ド頭はセガンティーニが2つ並ぶんですが、これがおもしろくて!
それぞれ、淫蕩さ、虚栄心がテーマなんですが、これだけ美しく描かれたら、
仕方ないよねって思っちゃいますね。何が仕方ないんだかわからないんですけれど。

淫蕩さも、虚栄心も、美しい。どんな事件があり、どんな女性に出会うと、ああいうインスピレーションにつながるのか、
そこに興味があります。

で、モネの大作です。
あっけにとられました。よく、日本に持ってきましたね。

ホドラーのドラマチックさ、ヴァロットンはいろいろ並べるより、《訪問》一枚で伝わるような気がしますし、
バルラハの《難民》は監視のお姉さんにマークされるくらいジロジロ、ぐるぐる見ちゃいました。
大丈夫、触りませんよ。舐めるように見ているだけです(よしなさいって)。

個人的な収穫は、シャガールかもしれません。
今まで、いまひとつ好きになれなかったのですが、「ああ、奥様は亡命中に亡くなったのか」と
やっと作品の背景に気づきました! これから見方が変わりそうです。
ごめん、ずっと誤解していましたよ、シャガールよ!
まあ、それほど作風が響かないから、当然、画家の半生にも興味が持てず……。
きょう、たまたまついていた説明で、「あれ?」と目からウロコが落ちたのでした。
なんというか、「お幸せでよろしゅうございますね(棒読み)」みたいな距離の取り方でした。

フェルナン・レジェの《機械的要素》も、説明文でぐっと楽しくなりました。
戦争を経験して、作風がガラッと変わる、あるいは、深みを増す画家さんが多い中、
機械美に魅せられるって、なんだかもう興味深いです。
絵だけを見たら、なにがなんだかですけれど、でも、その背景を想像すると
「そうか、そうか、そうなんだね」みたいなよくわからない相槌を打っておりました。
絵の前でうなづく女、客観的に見たら、相当不気味ですが。

ジャコメッティで、幸せなひと時は終わりました。
ちょっと迷ったけれど、もう一度モネの大作を眺めて、締めました。

モネ

数あるグッズの中で買ったのは、一筆箋。

次に用事がなければ、絶対クッキーを買いましたね。
だって、「モネ」とか、「ゴッホ」とかカタカナでクッキーに書いてあるんですよ。
ツボに入ったけれど、荷物になるので、諦めました。

買えばよかったかなー???

バビーズ

アークヒルズに移動しまして、お昼を食べました。
バビーズ ニューヨークのブレックファストなんちゃら。
食べきれませんっ。無理、無理、無理!

パンケーキが分厚いんですよ。
で、ちょっとだけ、メープルシロップのつもりがジャカジャカかけるハメに。
鬼のようにポテトもあるし、ソーセージもあるし、ハムもあるし、ベーコンもあるし。
完全に負けました。

で、やっとサントリーホールのブルーローズへ。
宮田まゆみ先生の「調子・入調」です。

いやー、すごいですよ。
貴重な体験をさせていただきました。
調子のイメージ、変わりました。

私が雨のイメージだった(これは笙仲間さんたちにも「なぜに雨?」と聞かれてしまいました)
平調の調子(ちなみに、ひょうじょうのちょうしと読みます)は、
演奏前に宮田先生が「月の光が」とおっしゃったことから、イメージが一新され、
聞いているうちに、頭の中で月の宮殿が建ちました。
機織りのイメージも喚起されます。

平調の入調は、初めて聞いたのですが、月明かりの下の遊びのようです。
余談ですが、私が生まれて初めて見た商業演劇は浅丘ルリ子さんの『十三夜』、
冒頭、「影、影」と子供が影踏みをして遊ぶのです。
月遊びの連想で、ぼんやりと思い出しました。

春のしらべである双調は、春は春でも、春を告げる鳥のよう。
自然に湧き出る春の息吹ではなく、揺り動かす春の精のように感じました。
双調の入調は、閉じられていた扉が開く感じでしょうか。

黄鐘調の調子は、忘れられていた古代都市の風景が浮かびます。
黄鐘調の入調は、修復の魔法みたい。

あはは、勝手なことを並べております。
私、音楽を聞くのがニガテなんですよ。
いつも勝手に物語に置き換えて聞いています。

ああ、もう一回、最初から聞きたいです。楽しかったです。
あ、そうそう、意外に、一夜漬けが効きましてね、
「あ、今、五句だ」とか、「そうそう、五句からくりかえしで、十五、十六で終わり」とか、
意外に入っていました。ブラボー、一夜漬け!

12月に残り三つの調子が聞けます。とても楽しみにしております。

オーバカナル

最後に、台風が近づく中、オーバカナルでお茶をしました。
おなかいっぱいのくせに、目が欲しくて頼みました。
いちじくのタルトで、幸せな一日の締めくくりです。
え? 芸術の秋じゃない、食欲の秋だって? 放っておいて!

明日、宮田まゆみ先生のコンサートがあります。
「宮田まゆみ 『調子・入調』全曲演奏」

これは、聞き逃せないでしょう!

しかし、聞く準備は出来ていません。
せめて、「あ、今、あのあたりだ」くらいわかる感じでうかがいたかったのです。
だから、コンサートに合わせて、暗譜したいなーって思っていたのですが、
暗譜どころか、笙に触ることもありませんでしたよ!!! ああああ!
まあ、時間なかったですね。気力もなかったです。

きょうは、無理やり時間を作って、久しぶりに笙を温めました。
吹きました。
やばい! 笙を習い始めたころに、必死で暗譜したのに、
キレイさっぱり忘れています。
もう前世の記憶くらい遠いのです。

面白いなーって思うのは、当時、本当に難しかった
盤渉調のパートだけは、ぼんやり指が覚えていることでしょうか。
出来ないから繰り返し、繰り返し稽古して、
他は忘れているのに、そこだけ、とりあえず、指が動きます。
まあ、動いたからって、吹けるわけじゃないわけですよ?
もうヘタでねー。こっちに天分はない気がしますね。
あまりに調子っぱずれなので、外で幸せそうに歌っていた鳥が鳴き止んだという!
うまい方が吹けば、鳥も一緒に歌ってくれるらしいのに。ごめんよ、小鳥さん。

まあ、万年初心者ですから、致し方ない。

それでも、久しぶりに数時間向き合いまして、ちょっと楽しくなりました。
で、久しぶりに吹いたせいで、指がつりそうになりました。
いろいろなことを思い出しました。
笙を始めたきっかけ、その流れで、蹴鞠で遊んだこと。
調子を吹きたくて(明日聞く曲です)、毎日バカみたいに
ひとりで稽古したこと。その結果、間違えて覚えたこと。
神社のこと。奈良のこと。

近鉄からメールが来て、「お客様は5年ご利用がありません」って
ありました。
5年前は、近鉄線をよく利用していて、最近はまったく
行っていないということ。

大きなうねりの中で、変わらないつもりが変わっていき、
終わったつもりが終わらなかったりして、みんな、一続きなのかもしれないと
ぼんやり考えながら、笙を吹きました。
「え、なにこれ」
「あれー、こうだっけ?」とか、楽譜を見ながら、大格闘しつつ……。

平調の調子は、いつも雨を連想します。
双調の調子は、春の訪れ。雪解けの音、風の音、曙の光。
黄鐘調の調子は、きょう吹いて、「湖っぽい」と感じました。
音を確かめつつのイメージ、ぼんやりと浮かぶ感覚です。
明日また、違う風景が見えるような気がします。宮田先生の笙の音は、空から星のかけらが
キラキラ落ちてくるような気がするのです。

もう絶対に覚えられないので、素直に諦めました。
今の私には、簡単にさらうだけで、「よくがんばりました」です。いや、「もう少しがんばりましょう」か?
明日は「キレイだなあ」って聞き惚れるだけでよしとするつもりでいます。
笙を毎日吹ける人生がいいような気がしますね。出来ることなら、ね。