日々のこと
ブログ一覧
まもなく、冬至。
まもなく、冬至。ここまで来ると、なんだかホッとしますね。
今年は、どんな一年でした?
充実? 満足? 予感? それとも、不満?
私は、流れに急き立てられるように過ごした気がいたします。12月5日の開運ランチと鑑定会が終わって、後回しにしていたものを少し整理して。やっと、落ち着きつつあるかな?というところでしょうか。
最近、「マジメだから」とか、「完璧主義だから」とか言われる機会が増えたのですが、これは、根がチャラポラしているからだと自己分析します。
根がチャラポラだから、意識して頑張るというか。後天的なパーソナリティーではないかと思うのです。
まもなく、冬至。ここから、未来を考えましょうか。
今年は、もう最後の満月も空に輝き、この先は、ゆるやかな収束へと向かっていきます。
2014年は、新月スタートですので、そこを意識すると、よい流れに乗れるでしょう。
一区切りへ、みなさま、お疲れ様でした。あと少し、2013年の締めへと参りましょう。
古代譜
古代譜と名付けられた時計は、悠久の時を刻む。描かれた女性は、貝の一部のようにも、人魚のようにも見える。曲線、ただ、ただ、曲線。
豊かな髪は、時計の側面にもこぼれ、ゆるやかに広がっている。貝なのか、尾なのか、こちらもまた、豊かに膨らんでいる。
彼女は、まぶたを閉じ、微睡んでいる。もし、瞳を開けたら?
彼女は、くちびるを閉じ、沈黙を守る。もし、話しかけたら?
彼女に見つめられたら?
彼女と会話が出来たら?
うねりは、右巻き。くるんと右巻き。曲線は、永遠。くるんと永遠。
見えない瞳は、何色?
聞こえない声は、どんな声?

そんなことを考えながら、拝見しました。美しい『古代譜』の彼女には、青山のPinpointGalleryで、会えます。クリスマスまで。
よそよそしさと親しさのはざまで
昨日は、よそよそしさと親しさを感じる一日でした。
あ、踏みこんではいけないんだなと思い知らさるような会話がありまして、そのおかげで、それまでの不可解さ、違和感のありかが明確になりました。
この硬さが、すべての元凶と。
ある深さまでいくと、阻まれます。
ん? なんだ、これ?
なんだ、これと感じながら、手探りで向き合うわけですが。
まあ、硬さがわかったから、いいんですが。
その一方、親しさも感じる機会があり、しみじみありがたいと思いました。
こちらは、手作りケーキと少し早い誕生日プレゼントをいただきました。
アーユルヴェーダの集中トリートメントは、な、なんと、中断です。
発熱など、体調変化で、続けられないケースがあり、まんまとひっかかりました。せっかく、三日間、確保したのに! クリニックの近くに、宿まで取ったのに!
そうそう、初めての先生にお会いしました。
気持ちのいい方でした。先生がおっしゃいます。
「もう来年のスケジュール帳なんですね」
「はい。いつもさっさと切り替えます」
ここで、私は前倒しなんだと気づきました。毎年、10月くらいから、切り替えてしまいます。みなさまは、いかがですか?
集中トリートメントを中断するハメになるなんて、非常にタイミングが悪い気がしましたが、あるいは、いいのかもしれません。
三日は、必要ないのかもしれません。
もっとも、準備期間を思うと、本当にがっかりなんですが。仕事をしない日、ぽっかり空ける日を年末に三日、なかなか難しいのです。
昨日は、盛りだくさんでした。
ウッツァーダナ
カティバスティ
シローダーラ
ナスヤ
カティバスティが、初めてでした。
うつ伏せに寝て、腰にオイルの池をのせます。だんだん、熱くなり、火傷するんじゃないかと思うくらい。
ひゃー!
ひゃーひゃー思っているうちに、終わりました。ひゃー。
身体が一気に温まります。面白い!
セラピストさんがおっしゃいます。
「顔つき、変わりましたよね」
鏡を見て、納得しました。20代のころ、こんな顔つきをしていた気がします。強気でしたよ、あのころは(笑)。
三日間出来なかったのは、残念極まりないのですが、まあ、これも経験、よしとしますか。
少しは、良い章月になれたのかしら? そこは、永遠に謎のままでございます。
嘘の安心
きょう、嘘の食欲があるなら、嘘の安心もあるとひらめきました。
嘘の安心、いかにも、ありそうでしょ?
安心したいから、極めて疑わしいのに、ダメだとわかっているのに、信じてしまう感じでしょうか?
私は、不安いっぱいの幼少期を過ごしまして。安心を正しく理解するまで、時間がかかりました。その背景には、父の不安定さがありまして。
で、父について、少し思いを馳せました。たぶん、生まれて初めて。そして、父は第二次世界大戦開戦の年生まれだと気づきました。正直、このことについて、今まで一度も考えたことがありませんでした。
祖父は、戦死しています。
父の半生は、生後半年で日本は戦争に突入、物心つくかつかないかで、父親は戦死、その後、戦後を生き抜き、年老いてからちょいと珍しい白血病と共存しています。
父が我が子に安心を与えられなかったのも、無理のないことかもしれません。
我が父は、未だに安定感がありません。
孫をかわいがるのも、気まぐれで、ムラがあります。構いたくて仕方なくて、呼びつけるくせに、すぐに飽きてしまいます。根底に、揺らぎがあるのでしょう。
考えてみれば、同世代の親を持つ人はみな、似たりよったりの背景を背負いますよね。
それぞれ、個性で差が出るとしても、戦争の破壊力を前に、無傷でいられる人がいるかどうか。うちの父は極端にしても、それでも、無理もなかった気がします。
嘘の安心は、意外に根深いかもしれません。親の影響、祖父母の影響。手繰って行けば、思いがけない場所に着地するかもしれませんね。
ライオンの夢
最近、すごい空間の夢ばかり見ていましたが、とうとう、極めつけを見ました。
神殿です。
なぜか鳥居みたいなのがあり、聖域に生きた狛犬さんやライオンたちがいます。
ライオン!
また、君か!
やあ、久しぶり!
ライオンは、私にとって、非常にシンボリックな存在です。約20年前、占いを仕事に選んだときにも、夢に出てきました。
何か大きな変化が起こりそうです。楽しみです!
