「嫌い」という感情

あっけなく、ダウンしました。
先週、がんばりすぎたせいでしょうか?

眠いのに、2時間くらいしかもたなくて、睡眠が細切れになります。
約2日休んで、やっと長く眠れるようになり、きょうは今から笙のお稽古に参ります。
体力、気力を消耗していて、出かけに楽譜を探す始末です。最近、またさぼっていて、先生に合わせる顔がありません。まあ、それでも、行けば多少の進歩はあるかと、むりやり出発です。本音をいえば、きょうは寝ていたいです。

占いでいえば、寝ていたい、さぼりたいが、月のベクトル。
行かないといけないが、太陽のベクトル。
きょうは、太陽が勝ちました。

体調が悪いと、テンションも下がりますよね。悪いことばかり考えるし、後悔ばかり浮かぶし……。夢見もよろしくありません。

で、落ちた気分の中で考えたのですが、やはり相性ってあるんですよね。
好きだけど、疲れるとか、合わないとか。
ある人に「それは、その人のことが嫌いなんですよ」と言われましたが、嫌いではないです。私は、嫌いという感情を知っています。

昔、大好きだった友達がいて、彼女のことは、親友と呼んでも良かったと思います。しかし、いろいろあって、最後に会ったとき、私は彼女がそこにいるという理由だけで、お世話になった方のお通夜の席を中座しました。そして、翌日、喪主の方に出席を約束したお葬式にも行きませんでした。
理由は、簡単です。不義理をしても、帰りたかったのです。お葬式をパスしても、もう一緒にいられなかったのです。
顔を合わせるまで、自分がそんなに彼女を嫌っていた事実に気づきませんでした。びっくりしました、我ながら。

激しい拒絶、理性ではコントロールできない嫌悪感、それが、嫌うということです。なんとなく疲れる、合わないなんて、軽い軽い。
私は、疲れる人とも、談笑できますし、合わない人とも、仲良くできます。しかし、嫌うと、ダメですね。次の瞬間に、消えています。
こういうことを書くと、「ブラック章月」とか言われちゃうんですが、でも、影がないと、光もわからないですしね。深みがあったほうがいいですよ。

20代、30代は、不自由でした。もちろん、10代も。
そのときの人間関係だけが、すべてのように感じてしまって。
今は、楽です。選べるし、いずれ変わっていく前提で、人と一緒にいますから。

必要があるから出会い、必要があるから一緒にいて、必要がなくなれば、自然に離れていきます。
さらに、自分の意思で、選ぶこともできます。

基本的に、来るもの拒まずですが、最近は、浅く広くでもいいような気がしています。
浅く広く、とりあえず、知り合い、また、生きる波長があったときに、親しくなればいいような気がするのです。
ずっと仲良くなくていいのです。

出来ることなら、お互いによいところを引き出す関係でいたいですね。
あの人といると、グチばかり……みたいなのは、時間がもったいない気がしますね。
いろんなアイデアが出て、次の約束が生まれるような関係がいいなあと思うのです。

相性がいいと、お互いいいところが引き出されますが、悪いとネガティブさが出てしまい、離れたあとも「なんであのとき、あんなこと言ってしまったんだろう」とか後悔する羽目になります。あれは、なんなんでしょうね。軽い自己嫌悪に陥ります。

簡単にいえば、調子が狂うのかもしれません。
この狂い、放置すると、あんまりよくない気がしますね〜。

発熱には、浄化作用があり、だから、風邪やインフルエンザなんかも悪いことばかりじゃないのですが。
2日寝て、やっと狂いが取れてきた気がします。

そうそう、私は、「練って」、「溜める」んでした。すぐ、忘れちゃいます。流されやすいのです。

では、いまから笙を吹いて、また、清らかな流れに戻そうと思います。いってきます!

練り上げる力

建国記念日を含む三連休、みなさまは、いかがお過ごしでしたか?

きょうは、お友達が先生をしているルーシー・ダットンに参加してきました。
ルーシー・ダットンは、タイの自己整体法(おお、初めて知りました! wikipedia、ありがとう!)。
呼吸法に特徴があります。

毎回、ご一緒する参加者のメンバーが変わります。
きょうは、丹田強化デーだったような気がします。
安定させ、流して、練り上げる……、そんな印象です。
いつもは、一人で参加でしたが、きょうは連れがいまして。
初体験の連れが、「うう」とか、「あう」とかうるさくて、ちょっと笑ってしまいました。
そうそう、初めてだと「うう」とかなるんですよね。

でも、ルーシー・ダットンの良さは、できる人はより高度に、
できない人は、それなりに……、やれることではないかと思うのです。
私は、それなりに派です。「うう」、「あう」、よく出ます。

力をためて、練り上げていく。
意識を集中させて、磨いていく。

もしかしたら、そういう時期に向かっているのかもしれません。

ルーシー・ダットンの指導者である友人は、オラクルカードをいろいろお持ちです。
きょうは、日本の神様カードをひかせてくれました。
月読命さまのカードが出ました。

実は、うちにも、ございます。マイ「日本の神様カード」、ありますとも。
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改めて見てみますと……。
「このカードをひいたあなたに今、神秘の扉が開かれました」だそうです。

天鏡占いとかうたっているわけですし、その前に、章月だし……。
月をモチーフに、ちょっと考えていることもございます。
これは、なかなか幸先がよいのではないでしょうか?

「この世界はすべて響きで成り立っています。響きに呼吸を合わせれば、
五感を超えた知らせを受け取れるようになるでしょう。
時を読めるようになるのです」

このくだりも、タイムリーです。
雲龍さんの息吹之笛、万年初心者の笙など「響き」は、今の私の
裏テーマかもしれません。
先日ご紹介した息吹之笛たまごんは、友人に差し上げてしまったのですが、
また、新しい笛をわけていただく気満々です。

息吹之音は、一音だけ。
ひとつの音を響かせることで、そこに自分がいると感じられるようになるそうです。

最近、いろいろなことが起こっていて。
いろいろな人に出会い、お話をうかがい、刺激を受けて……。
さまざまなことが起こっているのですが、根はつながっている気がいたします。

自分と向き合うこと。
練り上げること。
ざわめきを抑えて、そこから湧き上がるものを待つこと。

動から静へ。でも、それは、停滞ではなく、もっと深い動きで。
この先、何が起こるのか、どう変わっていくのか、楽しみです。

陰暦元旦

月の暦は、新月から始まります。
きょうは、立春前後の最初の新月の日、陰暦の元旦となります。

立春からちょうど一週間、どんな時間をお過ごしでしたか?
私は、家を空けがちの7日間でした。
何か新しく始めて素敵な習慣にしたいと思いましたが、思うようにはいきませんでした。
きょうから、仕切り直しです。幸い、きょうは自宅で過ごせますし、時間もたっぷりあります。

ある友人がセドナの占い師に見てもらったそうです。
友人は、「私は、こうなるらしいです」と報告してくれました。

正直、「それは、どうかなー?」な占いなんです。
セドナでは、有名な方だそうですが、でも、今回出た結果のまま進んでも、苦労するだけって
気がしました。

ねえ、あなたは、どうしたいの?
もしかしたら、まだ、決めてないんじゃない?
「決めてないです」

じゃあ、選び直しましょうよ。
「え?」

私は、こんな風に考えます。
未来は、ある程度決まっているかもしれせません。
でも、ある種の多様性を持って。
たとえば、東京から新宿に向かうとき、JRで行くか、地下鉄で行くか、タクシーかバスか、
あるいは、歩きかで、見えてくるもの、知り合う人が変わってきますよね。
新宿に行くつもりが、乗り間違えて、スカイツリーにのぼっちゃうかもしれません。
そんな風に、いろいろ「あなたが選べる要素」があると思うのです。

事件や事故に巻き込まれる可能性もありますが、同様に、ほんの少しタイミングが違ったら、
回避出来るかもしれません。

人間のカンって、あなどれないですよね。
なんとなく、こっち……、それで、トラブルに遭わずに済んだりします。
また、あらがえない流れもあります。
行くつもりだったのに、渋滞で間に合わないなど。
前は、「なんて不幸な私!」とか、「運が悪いなー」とか思ったりしましたが、
最近は、「ああ、必要なかったのか」と割り切れるようになりました。

これ、面白くて、たまに、どうしても不幸にならないといけないときもあるみたいですね。
バランスを取っているのかもしれません。

おっと、話が逸れました。
もうひとつよく考えるのは、この世界は見えない層になっているということです。
どこの層に属するのか、それは、自分で決めればいいのだと思います。
生まれ育った世界があり、そこがすべてのように感じますが、思い切って離れてみれば、
違うレベルで物事が動いていると気付くと思うのです。

身勝手さやジェラシーなどが原動力で動く世界があれば、
優しさや思いやりなどで動いている世界もあって。
それなら、後者のほうがいいわけですが、また、偽善とかもあったりして、
いろいろ面白いですよね。

生まれながらに階層が決まってしまう国が多い中、日本人として今、生きている
私たちは、かなり幸福だと感じます。
もちろん、我が国にも、階層も、差別もありますけれど、それに縛られずに
生きていく自由が残されています。

未来は、選べると私は考えます。
その人にふさわしい結果につながっていくのです。

占いは、ちょっと怖いんですよね。
暗示になって、操りますから。
自分で決められなくなってしまうのです。
何かあるたびに、占い師やサイキックに聞くなんて、本当に危険です。

そのとき、必要なメッセージは、あちこちにあるのです。
占いは、薬みたいなもので、使いすぎると毒になります。
ほんの少しだけでいいのです。
病気でも、大事なのは、自然治癒力とか、免疫力とかを高めることでしょう?
占いに触れて、ちょっとだけ、気持ちが切り替わる……それくらいで
いいと思うのです。

だから、セドナで不本意な未来を予言された友人の場合、正しい解釈はこうです。
「このまま、あいまいに生きていると、そっちに流れてしまう」

あなたが変われば、未来も変わります。
そこは、非常にシンプルだと思うのです。

忘れてはいけないのは、あなたの人生はあなたのためにあるということです。
誰よりも、まず、自分に正直に、そして、親切にしないといけないと思うのです。
本当のあなたは、今、何を望んでいるでしょう?

去年の12月に出席したセミナーで、こんな試みがありました。
「5分で、今年やりたいことを24個書き出してください」
これ、面白いです。タイマーかけてやってみてくださいね。
案外、浮かばないのです。いつもは、「あれもしたい、これもしたい」と
悶えているのにね。
24個は、まず無理です。でも、書き出すことで、ちょっと自分がわかったりします。
タイマーかけて、やってみてくださいね。
大丈夫、誰も、それを覗き見したり、悪用したりはしませんから、安心して。
なんでしょうねえ、何をするにも、誰かに見られているような気がしてしまうんですよね。
自分の中に、評論家がいるというか。
そこを黙らせないといけませんね。

というわけで、陰暦の元旦です。おめでとうございます。
よい一年にいたしましょう。

クラーク・コレクション

三菱一号館美術館へ。
クラークコレクション、見てきました。

これは、すごいです!
逸品揃い!

どれもこれも素晴らしかったのですが、一枚だけ選ぶなら、きょうの私は、ピサロ「エラニー、サン=シャルル」です。
本当に、美しい。光の粒子が空から降ってきたような気がします。

もうどこもかしこも、光のヴェールに包まれていて。ただ、ただ、ため息が!
先日、高橋明也氏が「印象派が人気なのは、画家たちを取り巻くシビアな環境は絵に現れずに、幸福感しか伝わってこないからではないでしょうか」のようなことをおっしゃっていましたが、本当に幸せな色彩に溢れています。
モネのチューリップ畑、ルノアールのタマネギ、ジャン=レオン・ジェロームの蛇使いに、奴隷市場。
そうそうルノアールの習作をみたら、「自分に子供がいたら、ルノアールに描いて欲しいかも」と思いました。幸せをとじこめて描くのがうまいですよね。
ロートレックの「待つ」も、よかったです。好き、好き。
ドガの自画像、コローにミレー、ラトゥール、シスレー、もう贅沢!

初日の土曜日で、多少混んでいたのですが、次回は、もう少し空いているときに見てみたいです。

ふたつの講演会

昨日一昨日と、二日連続で講演会にお邪魔しました。

一昨日は、丸の内アートサロンへ。
『クラーク美術館とアメリカにおける近代美術コレクションについて〜奇跡のクラーク・コレクション展開催によせて〜』
講師は、三菱一号館美術館の館長 高橋明也氏です。

日本の近代フランス絵画のコレクションは、世界的にも珍しいそうです。印象派などを好んで集めているのは、アメリカと日本くらいではないかとおっしゃっていました。国立西洋、ブリジストン、ポーラ、大原など。
ただ、絵を見るのが好きなだけの私には、衝撃でした。なんだか、印象派があるのが、当たり前のように感じていた気がします。

アメリカのビッグコレクターたちは、うなるほどの資金力で、好みの絵画を集めます。
今回のクラークコレクションも、お爺様がシンガーミシンで財を成した方だそうです。
フランスの近代絵画に絞って、ご夫婦で集められたこと、特に、ルノアールが素晴らしいこと。また、美術館がニューヨークからも、やたら遠い郊外に建てられたことなどが特徴だそうです。
これは、クラーク氏が二度の世界大戦を経験しているせいで、大都市でコレクションを置き、戦火による焼失を恐れたためと考えられています。

いまでこそ、印象派は、当たり前のように存在していますが、当時は、非常に革命的なことだったそうです。政治的革命が起こり、産業革命と続き、それが、絵画の世界では、印象派という動きにつながっていきます。
高橋氏は、「目と手の民主主義」という表現をなさっていました。

きょうから三菱一号館美術館で開催されるクラークコレクションは、日本初公開の作品でいっぱいです。あとで、のぞきに行ってきます!

昨日は、セルバンテス文化センター東京へ。
アントニオ・ナハーロ氏『ダンスに捧ぐ人生』。そう、スペイン国立バレエ団の芸術監督さんです。

セルバンテス文化センターは、スペイン政府により設立された施設だそうです。ずっと気になっていましたが、今回初めてうかがえました。
セルバンテス文化センター東京の館長さんが聞き手となり、対談が始まります。

35歳という若さ。
ご自身もダンサーなのに、芸術監督という大任を果たすために踊れないジレンマ。
スペイン国立バレエ団だからこそ、やりたいことがあり、同時に批判も甘んじて受けないといけない現実が伝わってきました。

スペイン舞踊は、フラメンコだけではないから、いろいろ融合させ、多様性を見せたいと考えているのに、それは、フラメンコを壊すことではないかと批判も生まれているようです。

鬼才と持ち上げられ、フィギュアスケートの振付でも成功をおさめ、脚光を浴び、でも、批判もついて回るわけです。

「チャンスが来たときに、準備はできていた。プロのスポーツ選手が、いつでも試合に出られるように」
「作品を作るためには、長時間が必要だ」
「スペイン国立バレエ団では、いろいろなスペインのダンスをショーケースのように、見せたい」
「ダンサーたちと一緒にいる」

アントニオ・ナハーロ氏の言葉の中で、記憶に残ったフレーズです。

丸の内アートサロンでは、日本語なのにヒアリングが難しかったり、セルバンテス文化センター東京では、同時通訳イヤホンをお借りしての走り書きメモを頼りに書き起こしているため、聞き間違い、ニュアンス間違いがあるかもしれません。なんとなく、ムードだけ、お汲み取りくださいね。

高橋明也氏、アントニオ・ナハーロ氏が対峙している世界を、少しだけ垣間見れた二日間でした。

自信について

「自信がなくて」

20代の女性が、つぶやきました。

そんなとき、形だけ、自信たっぷりに振る舞うのも手ですが、やはり自分は騙しきれませんよね。しばらくは良くても、すぐに限界がきます。

では、どうすれば、いいのでしょう?

一番は、継続です。
なんでもいいんです。自分と約束をして、それを守れば。

早起きをする、勉強する、運動する……、いまの自分に必要だと思うことを続けていきます。
すると、強さが出てきます。
「私は毎日、やっている」

一足飛びに、仕事でヒットを出すとか、片思いを実らせるとか、わかりやすい自信の源になる成果があれば、話は簡単な気もしますよね。でも、そういう結果から生まれる自信は、案外クセものです。

もし、ヒットを出せなくなったら?
もし、別れたら? フラれたら?

自信は、またたくまに消えてしまうでしょう。栄光は、過去になりやすいのです。
でも、自分と交わした約束を守り続けたら、どうでしょう?
「実力不足かもしれない。でも、やるだけやっている」

ほら、このほうが効きそうな気がしませんか?
積み重ねは、やはり強いと感じます。
また、自信は、自尊心やプライドにも、関係してきますよね。
自信はないけど、プライドは高い人、多いと思うのです。
本当は、自分をすごいと感じているけど、まわりが認めてくれない、評価されない、だから、自分を下げてみるしかなくて。そうなると、すごく苦しいですよね。

たぶん、年と共に変わっていきますよね。自信の根拠も、方向性も。
たとえば、私は、外見は諦めました。そこでは、勝負にはなりません(笑)。
代わりに、別のジャンルのご用意があります。ね? これなら、自信がない人には、なりませんよね?

自分比で、物事を考えるのもいいですよね。人と比べない。
見習う、参考にする、やり方を盗むはあっても、落ち込む、蔑む、凹むなんて、時間のムダですよ。やはり、まわりの目、評価が気になるうちは、そのパターンになりやすいですが。

星占いだと、自信は、牡羊座や獅子座に関連します。12星座視点で、いつかまた、お話ししたいと思います。

幸福を呼ぶコイン

本日、幸せを呼ぶコインを手に入れました。一体、どんな幸せが来るでしょうね?

実はこちらは、映画前売り券の景品です。
映画は、四月公開の『ロイヤル・アフェア』。デンマーク王妃と王の侍医との道ならぬ恋がテーマです。

もう予告で、存分にそそられました。とても、ドラマチック!
しかし、サブタイトルは、萎えます。
「愛と欲望の王宮」って、まったく、どこに発信しているのやら?

お守りやラッキーアイテムは、直感だと思うんです。
そのとき、必要なものが、パンッと目に入ってきます。あるいは、どこからか贈られます。
効く、効かないを考える前に、ピンとくるでしょう。値段じゃないし、ましてや、人気の品でもなく、本当にご縁ですよね。

気づくと、ラッキーアイテムになっているものもありますよね。
「あのシャツを着ると、プレゼンに勝てる」とか、「あのピアスは、恋を呼ぶ」とか。
大事にしたいですよね。

また、突然の物欲もあなどれないですよ〜。
いきなり「鞄が欲しい」とか、「アクセサリーを買わなくちゃ」と浮かんだとき。たいてい、予算より高い品が欲しくなり、必要か、そうでないかなら、買わなくてもいいのに、どうしても、欲しいとき。
それは、運の引き上げ、人生の方向転換に必要だから、欲しいのかもしれません。
私の答えは、こうです。
「買っちゃえ! あとは、なんかなるよ」

もっとも、毎週のように、なにかが欲しいのは、ただの買い物依存症です。そこは、見極めないと!

鞄やお財布は、社会的なステータスや財力に直結します。靴は、運命を運びます。
「新しいものが欲しい」と感じたら、なにかが始まろうとしているのかもしれません。

また、物には、寿命がありますよね。壊れたり、なくしたりします。
持ち主の厄を引き受け、身代わりになることも、多いみたいですよ。
感謝して、未練は持たずに。
壊れたまま使う、ほつれたまま着るなどは、運を落とします。
直す、処分するなど、ちゃんとしなくては!

余談ですが、私は、石と相性がいまいちなんです。
なぜか、バンバン割れるし、壊れます。

あるときは、サイキックな方にお守りをいただいたのに、三日もしないうちに、自然分裂しました。
え〜?
別のときは、気に入って買ったペンデュラムの石がやはり、金具から外れました。
う〜ん。

なぜなんでしょうね。

きょうのところは、デンマークの幸せを呼ぶコインで、幸せです。
あ、予告ではなく、本編は、「マリーゴールド・ホテルで会いましょう」を見ました。
前向きになれるお話しでした。

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20年経つと。

きょうも、スペイン国立バレエ団を見てきました。
プログラムは、先日とは、変わります。
◎ホタ〜スペインのオペラ『ラ・ドローレス』より
◎ファルーカ〜フラメンコ断章
◎ボレロ
◎メデア

今回、しみじみ思ったのは、20年経つと、人は入れ替わるのだということです。

ボレロが、若かったんですよ。
センターの男性ダンサーさんが、非常に端整でした。
プログラムを見てみたら、1990年生まれ。え? 23歳?
うわあ、本当に若い!

セルヒオ・ベルナル。
プロフィールがすごい。
さらに、明日はメデアのスピリットに入るのですね。ふむ、かなり踊れる方なんですね。

全体にすっきりした印象なんですよ。
オスカル・ヒメネスとかとは違って、最近の若者なんですね。ただずまいが。

で、すっきりした人がセンターだと、何が起こるかというと、ボレロの印象も、変わるんです。
これは、びっくりしました。スペイン国立バレエ団のボレロは、ダンサーの個性に左右される演目ではないと感じていたので。

明日、フランシスコ・ベラスコなので、そこに私が無意識に求めていたボレロがありそうな気がします。

しかし、スペイン国立バレエ団、よかったですね。
一時は、どうなるのかと、心配していました。
ボレロを見ていても、伝わってくるものが違います。一時期は、なんだか飽き飽きした空気があったりして。
宝塚でいうところのベルばらみたいなもので、踊り手としては、マンネリもあるのかなあ?と思っていました。

きょうは、「ボレロを踊るプライド、喜び、自負心」みたいなのが伝わってきて、なんだかよかったです。気構えは、やはり伝わりますよね。

ただ、「あ、真ん中、若いなあ。そうか、世代交代なんかもあるよねえ」とか思っていたら、すっかり冷静になってしまい、感動しそこねました。
あの若さには、「セビリア組曲」みたいな新しさが似合うかもしれません。
あるいは、数年後、また、彼で見てみたいです。

「メデア」は、マリベル・ガジュルド。
名前に覚えがあります。
たぶん、なんか見てます。でも、本当に素敵だと感じたのは、きょうが初めてかもしれません。
本当に、美しいメデアでした。完璧でした。

幕前のシーン、あんなに長かったでしたっけ?
鈴だけだった気もするのですが、スペイン国立バレエ団を見ている友達はいないので、誰にも確かめられません。

メデアは、色っぽく、力強く、魔女全開。
イアソンのフランシスコ・ベラスコ、クレオンのクリージョ、手堅く、かっこいいのです。

ファルーカも、センターが変わると、たぶん印象がガラリと変わるでしょう。

たぶん、すべて一期一会で。
今がずっと続くように思えても、実は、そうではなくて。
過去は、未来に上書きされ、世代は移り変わり、そういう一面が人生にはあり……。

20歳のころに、20年後の話をされても、ピンとこないと思いますが、40歳になると、20年後は、比較的リアルに感じられるようになりますよね。

今は、永遠には続かない。
だから、今を大事にする。
あるいは、今に絶望しない。

なんか、そんなことを考えながら、見ていました。
しかし、若き鬼才アントニオ・ナハーロは、バランスがいいです。
本当に、「参りました」という感じです。よく空中分解しそうだったカンパニーを立て直し、また、日本に来てくださいました。パチパチパチ!

そういえば、今回は男性ダンサーさんたちの頭ビシャの演出がない気がします。
あれ、廃れたのですか?
男性がくるくる回る度に、汗みたいに水飛ばすやつ。

ああ、わからないことがいっぱいです。でも、楽しいから、いいのです。

20年後も、見たいですね。
で、ボレロを見ながら、過去に思いを馳せたいです。

友人への手紙

こんばんは。

きょうは、友人への手紙を書かせてください。

「うさぎのリーブラちゃんのママへ」

メールをいただいてから、ずっと言葉を探しています。
あまりのことに、私の思考も止まってしまいました。

誰にも、予想がつかなったことです。
だから、現実に心が追いつきません。

私ですら、こんな有様ですから、あなたは、きっと
ぐちゃぐちゃでしょう。
そんな中、ご連絡をくださって、ありがとう。

つらさの中でも、きちんと気丈にふるまえるあなたが、
ずっと心を砕いてきたこと、そこに、不足があるわけありません。
あれをすればよかった、こうしてあげればよかった、
きっと、いっぱい浮かぶと思うけれど。

大事なことは、ちゃんと伝わっていて。
リーブラちゃんは、弱った体で、それに応えて、頑張って。
でも、約束の時間が来たのでしょう。

最後まで寄り添ってくれるあなたがいて、ご家族がいて、
きっと心強かったと思います。
愛情とか、心配とか、優しさとか、思いやりとか、
いっぱい感じながらの旅立ちだったと思います。

ただただ、ご冥福をお祈りします。

 

追伸
きっと、息吹之笛ですね。
伝えきれなかった思いも、きっと、届くでしょう。
遠くまで響いて、きっと、この先の旅路もさびしくないと思います。
音楽って、そういう力、あるでしょう?
大きい耳で、きっと、ママの息吹をキャッチするでしょう。
そんな気がしませんか?
離れたけれど、でも、ずっと心が寄り添っていて。
それなら、安心できるでしょう?
そしたら、迷わず、まっすぐ進めるでしょう?

吹いてみるといいかもしれません。
私は、笙をそんな風に、吹くこともあります。へっぽこだけどね。

立春、癸巳の年

1時13分、立春を迎えました。暦が変わって、壬辰から癸巳の年に変わりました。

1月、2月と、少し重い感覚がありませんでしたか?
一般に使われているカレンダーは、あくまも社会のリズムで、
体の感覚、心の状態は、旧暦で動いているような気がしてなりません。

きょうから旧暦の元旦となる10日までの1週間は、ぜひ、最初の一歩を。
今年やりたいこと、進みたい方向へ向かって、一歩でよいので踏み出しましょう。
資料を請求してみる、アポを取ってみる、もっと簡単に、
会いに行く、見に行く、まあ、なんでもよいのです。

意識して、人生の軌道を切ってみることが大事だと思います。
私もやりますよー!
今年は、痩せるし、創るし、稼ぐし!

運気としては、両手放しで、バンザイ!みたいにはいかないと思います。
なにかいいことが起こっても、ちょっと気に入らないことがついてきたり、
これまでなんとかなっていたことが、パンッと弾けちゃったり、
完全無欠な幸運というのは、難しいかもしれません。
でも、それなら、それでいいって思えばいいんじゃないでしょうか?

不足している、不手際がある、不満が残る……、
でも、ハッピー!

そういう生き方は、いかがでしょう?
ダメな部分もある、でも、OK!
ずっとダメじゃなければいいんですよ。
いつか変える、もっとよくなる伸びしろとして残しておく感じで。

この前、マイバースディWEBさんの取材で、チラッとお話しさせていただいて、
会話の中で気づいたのですけれど。
運は、アップダウンするものです。
でも、それに、いちいち振り回されていると、疲れちゃいます。

基本的に、運は勝手に上がったり、下がったりします。
そのときに、自分のテンションも一緒に上がったり、下がったりしちゃうと、
いいときはいいけれど、ダメなときに、どんどん落ちてしまいますよね。

日常の中で、「ん? ツイている?」って思うときもあれば、
「なんか、ダメだ」と感じるときもあるでしょう?

その感覚を、もっと大事にしていくのです。
「ツイている?」のときは、大きく賭けて。
ただ、あなたがツイている分、誰かがつまらない思いをしているかもしれません。
そこへの配慮を忘れずに。
「なんか、ダメだ」のときは、手堅く、マジメに。
反面、小さくまとまらないように、心を開いていきましょう。

よくわからない?
そうですね、進めとゆっくり、慎重にとオープンには、一見相反する要素です。
それでも、頭で難しく考えずにやってみると、案外しっくりくると思います。

大丈夫!!!

運不運の波は、あります。
ありますが、あまり影響を受けず、活かしていく生き方を選べばいいのです。
どんな風に?

まず、きょうから7日間を大事に生きましょう。

あなたは、何をするために生まれてきたと思いますか?
今、それをやっていますか?
やっているなら、どんな段階でしょう?
次はどんな風に動いてみますか?
でも、もし、自分がなんのために生きているのかわからない、
あるいは、やりたいことがあるのにやれていないなら……。

立春から旧暦元旦までの間に、探しましょ!

私もいろいろ思いつくこと書いてみますね。
1年後、「うわー、ここまで来たね!」って言い合えるように。
では、癸巳の年のスタートです!