模様替え

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部屋の在り方を考えるきっかけをくれたのは、「部屋を活かせば人生が変わる」という本です。

動線を作る、空間に目的を持たせることから始めてみようと思いました。

まずは、リビングから。
テレビや棚の位置、ソファも動かしました。いままで二台並べていたのを離してみたのです。
若干、動線が犠牲になりましたが、キッチンにいても必要なときは、テレビ画面を確認できるようになりました。
また、ソファを離したことで、広がりが生まれ、ごろんと転がれる空間も作れました。
これは、いいかもしれません。

空にかかるのは、下弦の月。
今年の年末は、外出を避け、のんびりじっくり過ごすつもりでいます。
ほとほと疲れ果てまして、何もしたくないのです。うちを整頓するくらいが、ちょうどいい感じです。おこもり、人払い、なんか、そっちです。

煌びやかな季節ですから、みなさまは、ぜひ、私の分も、楽しまれてくださいね!
今年は、つきあいの悪い女で一年を締めます。悪しからずでございます。

 

『夏への扉』

有名な作品なのに、読んでいないことってありませんか?
私は、非常に多くあります。

この前、丸善で平積みされていました。ロバート・A・ハインラインの『夏への扉』。
パラパラめくって、「好きかも」と思って、レジに持っていきました。

夏への扉

わずか数週間で一気に書かれたものだそうですが、確かにスピード感があります。
ハラハラドキドキしながらこちらも一気に読み、気分よく本を閉じました。

夏への扉、私も探す人間でいたいです。

 

2013年12月23日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃

見つけたら、幸運かも?

セブンイレブン、何軒行っても、見つかりません。

『オレを知る100の質問』

著者の私も、担当編集さんも、手元にないのです。昨日お邪魔した「DORA ROSSO 千年茶館」のオーナーさんも「探しているけど、ないよ?」とおっしゃいます。
しかし、部数はそれなりに刷っていただいています。
おかしいなあ!

仕方なく、セブンネットで買いました。しかし、8冊のみ、24時間以内発送。残りは、1、2週間以内だそうです。

まさか、幻の本に?

見つけられた方、間違いなく、ラッキーです。幸運を逃さないように、ぜひお買い上げください。なんちて(笑)。

しかし、見つからない!
セブンイレブンさんに並んでいるの、見たいのに!

もし、見かけましたら、教えてくださいな。幻の一冊、どこにあるんだろー?

カイユボット展へ

ブリヂストン美術館で開催されている「カイユボット展」へ行ってきました。
会期後半、29日まです。ギリギリの滑り込みといったところでしょうか?

ブリヂストン美術館

この企画展で初めて意識したと思います。ギュスターブ・カイユボット。
説明をきちんと読んだわけではないのですが、弟さんが撮った写真と組み合わせて展示されていて、カイユボットが生きた時代の断片が伝わってきます。

厳格で、静かで、豊かなご実家。
変わりゆく街、美しい自然。

嬉しくなって、3周もして。ちびくろさんぼのトラみたいですね。ぐるぐる。
2周半で、ふと、おなかいっぱいになりました。
ああ、もういいやと。

カイユボットの作品群の中で見ると、ブリヂストン美術館の所蔵品が映えます。また、うまく絞って見せていますよね。そして、ピアノ!!!
まさか、絵の中にあるものとほぼ同モデルが日本にあって、それを貸し出してくださる奇特な方がいらっしゃるとは!!! びっくり、びっくり、ひたすらびっくりです。

珍しく、「好き!」と絵葉書が一致しました。
『見下ろした大通り』
2、3階くらいから見下ろした風景です。丸くレンガで囲まれ、植えられた一本の街路樹、隣にベンチ、行きかう人々の絵です。木から伸びた枝が画面の2/3を覆っています。
眺めていると、丸の内の三菱一号館付近を連想させるあたり、東京の街づくり、成功していますねー。

『セーヌのプティ・ブラ、アルジャントゥイユ、陽光』
長いタイトルだなあ。
こちらは、ありがちな田園風景です。住んだら、退屈しそうなくらいの田舎。
でも、とにかく、懐かしくて。子供時代、こんな環境で過ごせたら、いい大人になれる木がします。
「あの子のことは、放っておきなさい。好きにさせておくといいよ」
そんなことを言ってくれるおばあちゃんが住んでいそうな風景です。

さりげなく並んでいるブリヂストン所蔵のクロード・モネの『アルジャントゥイユの洪水』、『アルジャントゥイユ』
1872-3年、1874年の作品。モネが32、3歳、34歳のころの作品です。
これは、いきなり妬きました。
こんな風に描ける人がいたら、描きたいと思えるかどうか!

ゴッホの作品もありまして。
これは、見た瞬間、こんな言葉が浮かびましたよ。
「あの人がまともだったころ」
1886年、『モンマルトルの風車』。ゴッホ33歳。
アルル時代が1888年から、サンレミの精神病院は1889年5月からということなので、当たらずも遠からず。だんだん見る目が出来てきたということでしょうか?

そして、おなじみのエジプトコーナー。聖猫の前では、毎回足が止まってしまうのですが、昨日はふと、「この猫、何色だったんだろう?」が浮かびました。
黒?
いや、白? なんだか白って気がします。あるいは、金色???
黄金の猫、もしかしたら?

愚にもつかないことを思い浮かべつつ、幸せなひとときを過ごせました。

アーユルヴェーダの効果

お騒がせしておりますアーユルヴェーダ、ちゃんと数字に出ていました。
2.5キロ、落ちているぞ! おおお???
もっとも昨日はろくに食べていなくて、でも、深夜1時にご飯だったので、そこはいってこいで。

年齢的に、体重がびくとも致しません。
もうね、脂肪が何層にも張り付き、ちょっとやそっとじゃ剥がれませんよ。
ほぼ、年輪!!!
やだなあ、脂肪の年輪!

でも、9日間「食事を軽くし」、2日トリートメントを受けることで、「痩せ」に向かうのですね。なんだか感動的です。これで、昨年のいまごろ、ある出版社の社長さんに誓った「痩せます!」宣言、少しは実現に向かうかもしれません。章月の立場では、そんな偉い方にはお目にかかれないのですが、たまたま、社内を歩いていらして、ご紹介いただいたのです。企業のトップさんをつかまえ、初対面でダイエットトークかよというつっこみどころは満載ですが、まあ、よいでしょう。

そういえば、この前、ある男性カメラマンにつっこまれました。
「章月さん、今年の頭に言っていた『1ヶ月2キロずつ痩せれば、24キロなくなる』はどうしたの?」
このカメラマン、無礼にも、人の腹を触りやがりました。ぽにょーん。
でっぱっているから、つい押しちゃった感じです。
おいこら、私はお相撲さんでも、妊婦でもないんだぞー。
そこは、トランポリンでもないぞー!!!

ああ、普通ならどことなく、悲壮感が漂うか、あるいは、ヘルシーポジティブパワーにあふれるはずのダイエットトークが、なぜこんなにくだらない方向に流れるのでしょう?
おちゃらけ人生が恨めしい!!!

で、ぼんやり気づいたのですが、今年地味に痩せていました。分母が大きいので、分子が多少変動しても誤差のうちなのですし、体重で言っても、よくわからないので、こう表記しましょう。
5%減!
おー!!! 地味に「小さくなる目標」、実践しているではないですか。消費税程度ですが、よしとしましょう。
もっとも、コレ、本人の努力というより、アーユルヴェーダの施術のおねえさま方の頑張りです。他力本願人生、よくないです! よくないですが、きっかけは必要です。

よし、来年は、95%の5%オフ、いや、消費税も上がりますから、7%オフを目指しますか? 最終的には、10%! そして!!! いずれ、50%オフへ!!! いや、50%オフじゃ、さすがに病人だから、それはないか。
もう、なんだかわからなくなってきたので、日記、終わります。

というわけで、アーユルヴェーダトリートメント、いいかもしれませんよ。こんなにちゃらぽらでも、ちゃんと結果がでます。びっくりだねえ。

 

どこまで許すのか

占いは、一種の暗示です。
未来を占うと、型にハマります。
「当たるはずない」
「信じないから」

口でどう言おうとも、作用してしまうでしょう。
個人差はあります。同じ薬を飲んでも、へっちゃらな人もいれば、副作用に悩む人がいるように。

一部のマニアをのぞいて、一般には、気休めや安心が欲しいときに占いが目に留まるのだと思います。だからこそ、お気をつけて。うかつに占うと、ミスリードされる可能性もあります。

どこまで、占いの支配を許すのか。
ご自身で線引きをしないと、主従が逆転しかねません。
日常的、ごく平凡な事項、誰にでも起こりうることまで、占いに理由を求めてしまうと、運の流れに飲みこまれてしまいます。要注意時期には、必ず、悪いことが起こるようになるでしょう。ご自身が、そう望まれていますから。
占いが当たって欲しいから、当たるように暮らしてしまうのです。
そうすれば、いざというときに、迷わずに済むから。
「今はいい時期だから、いいことが起こるはず」
「今はダメな時期だから、ダメでも仕方がない」
これでは、占いが主で、ご本人が従です。そういうの、窮屈ではないですか?

「いい時期だから、何か始めよう、強気でいこう」
「ダメな時期らしいから、気を付けながら進もう」
これなら、道具になります。ご本人が主で、占いが従です。

私は、占いに自分の人生を明け渡したりしません。
占いですべてが決まっているなら、なんのために、生きているのでしょう?
予定調和の一生なんて、まっぴらごめんです。

平均値は、ココ。
でも、あなた次第で、大バケするかも? ヘタしたら、落ちぶれるかも?がいいです。
主従逆転がお好きなら、一喜一憂なさいませ。でも、私は、占いは道具や情報という位置づけだと思っております。どこまで許すか、これは、ご自身が決めるしかないことなのです。

まもなく、冬至。

まもなく、冬至。ここまで来ると、なんだかホッとしますね。

今年は、どんな一年でした?
充実? 満足? 予感? それとも、不満?

私は、流れに急き立てられるように過ごした気がいたします。12月5日の開運ランチと鑑定会が終わって、後回しにしていたものを少し整理して。やっと、落ち着きつつあるかな?というところでしょうか。

最近、「マジメだから」とか、「完璧主義だから」とか言われる機会が増えたのですが、これは、根がチャラポラしているからだと自己分析します。
根がチャラポラだから、意識して頑張るというか。後天的なパーソナリティーではないかと思うのです。

まもなく、冬至。ここから、未来を考えましょうか。
今年は、もう最後の満月も空に輝き、この先は、ゆるやかな収束へと向かっていきます。
2014年は、新月スタートですので、そこを意識すると、よい流れに乗れるでしょう。
一区切りへ、みなさま、お疲れ様でした。あと少し、2013年の締めへと参りましょう。

古代譜

古代譜と名付けられた時計は、悠久の時を刻む。描かれた女性は、貝の一部のようにも、人魚のようにも見える。曲線、ただ、ただ、曲線。

豊かな髪は、時計の側面にもこぼれ、ゆるやかに広がっている。貝なのか、尾なのか、こちらもまた、豊かに膨らんでいる。
彼女は、まぶたを閉じ、微睡んでいる。もし、瞳を開けたら?
彼女は、くちびるを閉じ、沈黙を守る。もし、話しかけたら?

 

彼女に見つめられたら?
彼女と会話が出来たら?
うねりは、右巻き。くるんと右巻き。曲線は、永遠。くるんと永遠。

 

見えない瞳は、何色?
聞こえない声は、どんな声?

 

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そんなことを考えながら、拝見しました。美しい『古代譜』の彼女には、青山のPinpointGalleryで、会えます。クリスマスまで。

 

 

よそよそしさと親しさのはざまで

昨日は、よそよそしさと親しさを感じる一日でした。

あ、踏みこんではいけないんだなと思い知らさるような会話がありまして、そのおかげで、それまでの不可解さ、違和感のありかが明確になりました。
この硬さが、すべての元凶と。
ある深さまでいくと、阻まれます。
ん? なんだ、これ?
なんだ、これと感じながら、手探りで向き合うわけですが。

2013最後の満月

まあ、硬さがわかったから、いいんですが。

その一方、親しさも感じる機会があり、しみじみありがたいと思いました。
こちらは、手作りケーキと少し早い誕生日プレゼントをいただきました。

アーユルヴェーダの集中トリートメントは、な、なんと、中断です。
発熱など、体調変化で、続けられないケースがあり、まんまとひっかかりました。せっかく、三日間、確保したのに! クリニックの近くに、宿まで取ったのに!

そうそう、初めての先生にお会いしました。
気持ちのいい方でした。先生がおっしゃいます。
「もう来年のスケジュール帳なんですね」
「はい。いつもさっさと切り替えます」

ここで、私は前倒しなんだと気づきました。毎年、10月くらいから、切り替えてしまいます。みなさまは、いかがですか?

集中トリートメントを中断するハメになるなんて、非常にタイミングが悪い気がしましたが、あるいは、いいのかもしれません。
三日は、必要ないのかもしれません。
もっとも、準備期間を思うと、本当にがっかりなんですが。仕事をしない日、ぽっかり空ける日を年末に三日、なかなか難しいのです。

昨日は、盛りだくさんでした。
ウッツァーダナ
カティバスティ
シローダーラ
ナスヤ

カティバスティが、初めてでした。
うつ伏せに寝て、腰にオイルの池をのせます。だんだん、熱くなり、火傷するんじゃないかと思うくらい。
ひゃー!

ひゃーひゃー思っているうちに、終わりました。ひゃー。
身体が一気に温まります。面白い!
セラピストさんがおっしゃいます。
「顔つき、変わりましたよね」
鏡を見て、納得しました。20代のころ、こんな顔つきをしていた気がします。強気でしたよ、あのころは(笑)。

三日間出来なかったのは、残念極まりないのですが、まあ、これも経験、よしとしますか。

少しは、良い章月になれたのかしら? そこは、永遠に謎のままでございます。

 

嘘の安心

きょう、嘘の食欲があるなら、嘘の安心もあるとひらめきました。

嘘の安心、いかにも、ありそうでしょ?
安心したいから、極めて疑わしいのに、ダメだとわかっているのに、信じてしまう感じでしょうか?

 

私は、不安いっぱいの幼少期を過ごしまして。安心を正しく理解するまで、時間がかかりました。その背景には、父の不安定さがありまして。

 

で、父について、少し思いを馳せました。たぶん、生まれて初めて。そして、父は第二次世界大戦開戦の年生まれだと気づきました。正直、このことについて、今まで一度も考えたことがありませんでした。

 

祖父は、戦死しています。
父の半生は、生後半年で日本は戦争に突入、物心つくかつかないかで、父親は戦死、その後、戦後を生き抜き、年老いてからちょいと珍しい白血病と共存しています。

 

父が我が子に安心を与えられなかったのも、無理のないことかもしれません。
我が父は、未だに安定感がありません。
孫をかわいがるのも、気まぐれで、ムラがあります。構いたくて仕方なくて、呼びつけるくせに、すぐに飽きてしまいます。根底に、揺らぎがあるのでしょう。

 

考えてみれば、同世代の親を持つ人はみな、似たりよったりの背景を背負いますよね。
それぞれ、個性で差が出るとしても、戦争の破壊力を前に、無傷でいられる人がいるかどうか。うちの父は極端にしても、それでも、無理もなかった気がします。

 

嘘の安心は、意外に根深いかもしれません。親の影響、祖父母の影響。手繰って行けば、思いがけない場所に着地するかもしれませんね。

 

 

 

2013年12月17日 | カテゴリー : 日々のこと | 投稿者 : 章月綾乃